『コレモ日本語アルカ?――異人のことばが生まれるとき』(金水 敏/岩波書店)
ダ・ヴィンチニュース

コロン「たいしたもんじゃのー、婿どの」
シャンプー「女装だと思いこませてしまたある」
あかね「すごいっ!! すごい口車だわ、乱馬!」
ムース「おのれのいいたいことはよくわかった」

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 高橋留美子『らんま1/2』の一場面。女性が武術を競い合うという「女傑族」の美少女・シャンプーは、語尾に「アル」をつけている。さらに、「しまった」の「っ」が抜けて「しまた」と発音。中国人らしい片言の不完全な言葉づかいがかわいらしい。…………などと思った方、これって本当に中国人らしい?

 鳥山明『Dr.スランプ』の超能力少女・鶴燐、雷句誠『金色のガッシュ!!』のリィエン、空知英明『銀魂』の宇宙人・夜兎族の娘・神楽など、チャイナ服を着た美少女キャラはなぜかみんな、語尾に「アル」をつけて話す。『コレモ日本語アルカ?――異人のことばが生まれるとき』(岩波書店)の著者・金水敏氏が指摘するように、実際にはそんな話し方をする中国人など見たことがない。彼女たちはどうして、「アル」を語尾に付けて話すのだろうか?

特に意味なく「アル」を語尾に付ける、いわゆる<アルヨ言葉>。そのルーツは、残念ながらはっきりしないらしい。だが、明治初期、横浜に住む外国人のため日本語を指南した語学書にこんな記述があるとか。

「わたくらくし、塩梅悪いある」(私は気分が悪い)
「あなた五〇〇両あるならば、わたくらくし拝借できるあるか」(500円お持ちならお借りしたい)
“Exercises in the Yokohama Dialect”(横浜ダイアレクト演習)、付録“Nankinzed-Nippon”(南京訛り日本語)より

 この頃、どうやら本当に「アル」を語尾につけて話していたようだ。ちなみに、中国人以外の外国人は、「アル」ではなく、「あります」を使い、例えば「わたし、塩梅悪いあります」と話すことになっている。いずれにしても変な日本語だが、「アル」が、一定の状態にあるのか、ないのか、ということを表す言葉だったようだ。

 では、これが特に意味のない語尾「アル」になったのはいつなのか? 金水敏氏は、<アルヨ言葉>の完成に近いものとして、大正時代に成立した宮沢賢治の童話『山男の四月』のセリフをあげている。

「さあ、呑むよろしい。これながいきの薬ある。さあ呑むよろしい」

 主人公の“山男”が、中国人の行商人に薬を勧められる場面。「薬」という名詞に「だ」「である」と断定を意味する「アル」が使われる(ちなみに、「よろしい」は命令を表すとか)。

 さらに用途が広がるのが、「のらくろ」シリーズ。戦前から戦後にかけて少年雑誌で連載された漫画で、アニメ化もされた人気作。アニメのかわいらしい野良犬黒吉こと「のらくろ」を覚えている人も多いだろうが、戦中は現実の中国・満州・日本の情勢を反映したシュールな展開だ。例えば、中国人を表す豚(日本人は、のらくろに合わせて犬)の兵士たちの会話がこちら。

「こりアたまらん あんな強い奴にあつちや かなはんあるな」
「逃げるよろしいな」
「こらツ 逃げてくるよろしくないぞ 堅固な陣地をこしらへて 飽くまでくひとめるよろし」
「それがその なかなか思つたやうにゆかんあるよ」
「黒い犬が強いあるでな」

 名詞に限らず、「アル」が多用されている。シリーズを通して、「アル」が多彩な使われ方をするらしい。金水敏氏は、ここで<アルヨ言葉>が完成したという。

 だが、戦前・戦中に見られる<アルヨ言葉>は、単に中国人風のキャラクターに使われただけでなく、豚のセリフに感じられるように、「弱い」「いくじなし」「卑怯」といったなんとなくマイナスのイメージ。そう言われると、『山男の四月』の中国人も、長生きの薬を強要するあたり、怪しくて感じが悪い。金水敏氏いわく、このイメージを塗り替えたのが、戦後、70年代に流行ったブルース・リーやジャッキー・チェンなどによる香港映画とか。さらに、カンフーによるアクションが80年代の『霊幻道士』に引き継がれ、キョンシー退治で人気を博す美少女・テンテンが登場する。

 もちろん、テンテンは語尾に「アル」など使わない。しかし、当時社会現象になり、日本に強い影響を与えたのは周知の通り。小説や漫画などにその中国人のイメージが反映された結果、<アルヨ言葉>を話す中国人の美少女キャラが誕生したというわけである。

 時間を費やして形づくられた<アルヨ言葉>。独特のニュアンスは、登場人物に一気に表情を与える。現実で使われない言葉だからこそ、貴重な日本語としていつまでも廃れないでほしい。

文=佐藤来未(Office Ti+)

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