『東京総合指令室 東京圏1400万人の足を支える指令員たち』(川辺謙一/交通新聞社)
ダ・ヴィンチニュース

 地方から東京に出てきた人が、まず戸惑うもののひとつが“東京の鉄道”だという。まずは駅。多数の路線が乗り入れて構内は複雑怪奇、そしてどこへ行っても溢れんばかりの人また人。無事にホームにたどり着いても、今度はやってくる列車に驚く。田舎じゃせいぜい3両編成だったのに、東京では10両は当たり前。とんでもなく長い列車がやってきて、ホーム上のたくさんの人を飲みこんで走りだし、「ああ、行っちゃった」と思う間もなく次の列車がやってくる――。

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 と、こんな具合に東京の鉄道は、地方の田舎町で暮らす人にとってはそれだけで驚きの対象なのである。これは、実は東京を訪れた世界中の人にとってもそうらしい。これだけ複雑で過密な路線網が、寸分の乱れもなく時間通りに動いていく。こんなことをやってのけているのは、世界広しといえども東京だけなのである。

 そして、その複雑かつ過密な路線網の正確無比な運行を支えているうちのひとつが、JR東日本の東京総合指令室だ。首都圏の鉄道輸送の頭脳とも言うべき場所で、セキュリティの関係上所在地は極秘。JR東日本の社員といえども簡単には足を踏み入れることはできない。『東京総合指令室』(川辺謙一/交通新聞社)は、そんな東京総合司令室を特別に取材し、その様子をまとめた1冊である。

 東京総合指令室では、山手線や中央線を始めとする首都圏の在来線1日あたり約8000本の運行を管理している。列車の現在位置が表示されたモニター画面を見ながらダイヤ通りに運行されているかをチェックし、不測の事態が起きたら正しいダイヤに戻るように適切な処理をするという。こうして文字にすれば簡単そうな話だが、本書を読めばそれはとんでもない神業であるということがわかる。

 例えば、中央線。朝のラッシュ時には約2分に1本のペースで列車が走っている。1本の列車に乗っているのは約3000人。つまり、たった5分でも運転が止まってしまうと、6000人分の輸送力が失われるのだ。ホームには乗れなかった乗客が行き場を失い、後続の列車はさらに混雑し、乗り降りに時間がかかるのでますます遅れが拡大し、乗れない乗客がどんどん増えていく…という悪循環。こんな状況から、少しでも早く通常の状態に回復させようと悪戦苦闘しているのが、指令所で働く人なのである。

 具体的にどのようなことをしているのかも本書では詳しく解説してくれている。専門用語で「運転整理」と呼ぶのだが、後続との間隔調整のために停車時間を延長したり、本来は途中駅で折り返す列車をその先まで走らせたり、普段は折り返し運転をしない駅で折り返しをしたり。どの方法を使えば正解なのかは、やってみなければわからない。長年の経験が頼りだ。今では運行管理のほとんどがコンピューター化されているが、こうした作業は未だに機械任せにはできないという。

 本書では、指令室で働く人たちへのインタビューなどをもとにこうした作業の実際を紐解くとともに、現在のシステムが導入される以前のエピソードも盛り込んでいる。現在のシステムは1996年に中央線で導入されたのが始まりで、それ以前の運転整理は駅のポイント切替などで行っていたという。指令室もあるにはあったが、駅に連絡を取らないと列車の現在位置すらわからない状況だったそうだ。それこそ当時の鉄道員たちは神業の持ち主ばかりだったのだろうと驚くばかりだが、彼らのそうした経験の蓄積が現在の輸送管理システムにつながり、今もコンピューターではなく人の手によって複雑な運転整理が行われている。利用するだけの我々にとっては機械のように淡々と動き続ける鉄道だが、その裏では“プロの鉄道員”たちの働きがあるというわけだ。

 これから忘年会のシーズン。終電間際にダイヤが乱れれば、酒の勢いで駅員に詰め寄り罵声を浴びせる…なんて光景も目にすることになるだろう。もちろん、鉄道会社の対応が批判されるケースも少なくない。けれど、その裏ではダイヤをいち早く復旧させようと奮闘している人たちがいる。この本の中には、指令長や統括指令長をはじめとする多くの鉄道員が登場する。彼らの奮闘と鉄道員としての心意気を理解すれば、きっと電車が遅れても駅員に文句を言うことなんてできなくなるはずだ。

文=鼠入昌史(Office Ti+)

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