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 反原発デモやフジテレビに対するデモ、ニューヨークにおける反格差社会デモなど、デモが話題になることが多い昨今。身近な事例から社会について考えるニコニコ生放送「ニコ生社会学ゼミナール」の2011年11月19日放送分では、「デモ論~デモで社会は変わるのか?」と題し、デモの有用性について議論された。このなかで社会学者の宮台真司氏は「デモはあまり意味がない」との立場をあらためて表明した。

 いくつか条件はあるものの、「デモは意味がなくなった、もしくはあまり意味がないという立場をとり続けてきて、それは基本的に今も変わらない」というスタンスであるという宮台氏。「デモとは何か」という問いに、「かつてのデモは多くの場合、マルクス主義思想や左翼的思想と結びついていたものであった」とし、街頭行動による意見表明が政治参加のオーソドックスな手段として許容されてきた歴史を語った。

 だが、そうした古典的デモも「1970年代に入ってから『新しい社会運動的なもの』が目立つようになってきた」と宮台氏はいう。デモは次第に生産圏ではなく消費圏で起こるようになり、環境問題においても、かつての公害問題のように弱者である自分自身が被害をこうむっているから活動するというものから、「まだ見ぬ子々孫々のために」声をあげるというように、従来の「当事者性」とは違ったイメージで定義するものになっているとした。

 また、漫画家の小林よしのり氏が「目的を達したなら(デモを)解散しろ。居場所を見つけるために無理やり社会問題を見つけてくることは愚昧である」と主張したことに触れ、宮台氏自身も自己満足的なデモについて批判していたというが、現在、社会学の流れはそうしたデモを肯定する方向に向かいつつあるそうだ。

■「多くの人はデモと無関係の人生を送っている」

 1999年、周辺事態法や盗聴法、国旗および国歌法などに対する反対デモの集会に招かれた宮台氏は、その場で「このようなデモは無駄である」と発言して顰蹙を買ったと語る。発言の理由について宮台氏は、

「昔のデモは国民運動の象徴であり、デモの参加者が1万人だとしてもその周りには同心円状にシンパサイザー(同調者)がいて、『わざわざデモに来る者が1万人いるということは、これは大規模な社会運動だぞ』という風にマスコミも政治家も理解した」

 だが上記の盗聴法や国旗・国歌法に反対するデモが行われているとき、知り合いの政治家に尋ねたところ、「デモについては知らない。そういえば霞ヶ関は最近車が混んでいる、アレはデモだったのか」といった程度の認識であったからだという。

 宮台氏はこれを、同じ価値観を持つ者同士だけで"場"を作る「島宇宙化」という言葉を用いて、

「政治家にはまったく声が届いていない、またマスコミもほとんど扱っていない。『島宇宙化』が進んでいる中で、多くの人がデモと完全に無関係な人生を送っている。1万人のデモ参加者がいても、そのシンパサイズが同心円状に広がっているという認識はナンセンスなものになっている」

と指摘し、現状ではデモの周辺に「共感の輪はない」との認識を示した。

 これを受けてスピーチライターの蔭山洋介氏もまた、

「潜入参加した脱原発のデモで『中央官庁では、脱原発についてどういった空気なのか』と尋ねられた。それに対して『(中央官庁は)全然気にしてないよ』と現状を答えたら(参加者は)愕然としていた。脱原発という思想自体は共感を得ているのかもしれないが、官僚組織の空気感とは大きく違うという実態がある。完璧に島宇宙化している」

と、宮台氏の考えに賛同した。

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送]宮台氏が語る「デモとは何か」から視聴 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv70923911?po=news&ref=news#20:46

(尾前孝之)

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