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 明治以降、日本にもたらされた「近代」という概念。思想だけはなく、法律、建築、教育などのあらゆる分野にその影響が及んだ。さらに戦前は、近代を乗り越えようとする動きまでが起こった。戦後、民主主義が導入され、"真の近代化"を果たした日本人は、自分で考える力を持った「近代的個人」になったはずだった――。

 2012年1月30日に放送されたニコ生トークセッション「愚民社会」では、社会学者の宮台氏と評論家の大塚英志氏が登場。両者はともに、空気に縛られやすく、政治を人任せにしてきた日本人は近代への努力を怠ってきたと指摘する。番組では宮台氏と大塚氏が、「愚民」というキーワードを軸に、3.11以降よりあらわになった日本の問題点を暴いていった。

 以下、トークセッションを全文書き起こすかたちで紹介する。

・[ニコニコ生放送] 全文書き起こし部分から視聴から視聴 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv78999016?po=news&ref=news#0:00:50
・「インフラとしての近代はネットが可能にした」 大塚英志×宮台真司 対談全文(後)
http://news.nicovideo.jp/watch/nw191036

■「愚民」とは何か

司会者: ニコニコ生放送をご覧の皆さま、こんばんは。これよりニコ生トークセッション「愚民社会」をお送りします。本日は過激な社会学者・宮台真司さんと実践的評論家の大塚英志さんにお越しいただいております。東日本大震災を経て、より明確になった日本の問題点を60分に渡ってじっくりお話していただきたいと思います。この番組では、皆さまからのご質問を受け付けています。宮台さんや大塚さんに聞きたいことがある方は、プレイヤー画面下のメールフォームより、どしどしお寄せ下さい。ハッシュタグは「#nicoron」をお使い下さい。それではさっそくお話をうかがっていきたいと思いますが、まずはお2人の対談集のご紹介を編集者の藤岡さんからお願いいたします。

藤岡氏(以下、藤岡): こんばんは。太田出版編集部の藤岡と申します。このたび2011年11月に『愚民社会』という本を太田出版から出させていただきました。近代への努力を怠ってきたツケが今この社会を襲っているということで、社会学者の宮台真司さんと評論家の大塚英志さんの対談集になっております。さっそく、ここで一つ目のアンケートをお願いしたいのですが、皆さん『愚民社会』を読んでいただいてますでしょうか?お待ちしております。(結果を見て)「読んでいない」・・・。なるほど。すごく読んでないですね(笑)。はい。91%の方が「読んでいない」でしたね。これはまぁ、この皆さん買ってくださったらまぁいいということなので・・・。はい、この機会に読んでいただければと思っております。はぁ・・・。頑張ります。ちょっと宣伝とかですよね。宣伝とか頑張ります。はい。

 では、さっそく本題に入っていきたいんですけど、実はこの『愚民社会』というタイトルは編集部が付けたものでして、本の中では大塚さんは「土人」という言葉を使っていらっしゃって、宮台さんは「田吾作」という言葉を使っていらっしゃったんですけれども、そこの2つを統合することが1つと、いきなり「土人」という言葉が、なんのエクスキューズもなしに世の中に出回るというのは、ちょっと恐ろしいなということがあったので、編集部の方で勝手に「愚民」と付けさせていただいたという次第です。なので、この頭のところで大塚さんと宮台さんそれぞれに「愚民社会とは何なのか」というところを改めて定義と言うか、ご説明していただけたらと思っております。では、宮台さんの方からお願いします。

■「日本は民主主義社会ではない」

宮台真司氏(以下、宮台): えっと、僕はよく「田吾作」という言葉を使ったり、あの「民度が低い」って言葉を使ってきましたよね。その意味は分かりやすく言えば、日本は民主主義社会を営んでいるようでいながら、実際には民主主義社会ではないし、資本主義社会を営んでいるようでいながら、いわゆる資本主義かどうかも非常に怪しいわけですよね。

 それはどういうことかと言うと、いわゆる資本主義社会と言う場合に想定されている"資本主義的な合理性"が必ずしも貫徹しない。それは今、日本がどんどん経済的に沈下していく理由とも非常に関係があって、基本的にはよく社会学者だったら「共同体的な縛り」というふうに言ったりしますけど。残念ながらその新興国と競争するバカな選択にまだかなり拘泥しているんですよね。新興国が入ってこないような市場を開拓して、そこで競争する。そうしないと企業が残っても人々が貧しくなるという利潤率均等化の法則というふうに言いますけど、そういったことを全く理解しない人たちが多いので、未だに経済団体の中心部には既得権益産業が座っている状態ですよね。そういうことが一方にあったりとか。

 あるいは政治についてはもう言うまでもないんですけれどもね。沖縄の問題をとっても、尖閣の問題をとっても、日米関係・日中関係すべての問題をとっても、呆れ返るような非合理性、戦略の無さ、あるいは「木を見て森を見ず」。外交や政治の基本は、「損して得とれ」っていうことだとすると、こういう戦略の基本はまったく存在していない。日本だけじゃなくて、多くの先進国が今グローバル化の下で民主主義とグローバル化の両立する可能性の問題に悩んでいるわけだけれども、日本は悩むどころか、かなり早い段階でもう敗北をしているということですよね。

 その理由は残念ながら、僕の言葉で言えば、未だに任せてブーたれるだけの「愚民」だらけということですよね。引き受けて考えることをしない。その意味で、社会学で言ういわゆる個人性がほとんど存在しないと言ってもいいかもしれません。同じような意味で今度は任される側が、知識や合理性を尊重するコミュニケーションをせずに、ひたすら空気に縛られるコミュニケーションをする。こうした時点でもう・・・。昔、江戸時代とか、それ以前の時代だったらば農民が、そのほかの人々もそれで良かったのかもしれませんけども、日本の場合、残念なことに政治家を含めて、そうした状況になっているということ。これが問題だということでしょうね。

 アジアを含めて、日本以外の国々の多くは、別に皆が、キリスト教あるいはユダヤ・キリスト教文化圏のような個人性を獲得しているわけではないし、自己決定性を獲得しているわけでもないわけですよね。血縁の縛りが強かったりとか、独裁国家だったりとかするわけですけども。その場合でも今度はその近代の資本主義的、あるいは合理主義的な原則を知らない人間たちが大勢いるとしても、その人間たちをインターフェイス役、あるいはメディエーター役、あるいはリーダー役、別として、近代資本主義の中で生き残らせるような、括弧付きかもしれませんけれども、エリートが存在したとすると。日本にそれがいないんですよね。

 そのことが要するに、日本人だけではなくて、諸外国の人たちにも急速に分かってきているということですよね。だから、経済の大きさ云々かんぬんということはそれはそれとして、残念ながら日本は民全体もさることながら、それを導いたり、簡単に言えば、それが有害な働きをしないように機能する存在が企業経営者とか政治的なリーダー含めて、非常に少ないということですよね。だからそれは「1億・総田吾作状態」ということをもって「民度が低い」と言っていたわけでございますね。

■近代をやり損なった"日本"

大塚英志氏(以下、大塚): はい。宮台さんと何度か話す機会があって、一貫して宮台さんはそういうふうに仰っていたわけだよね。以前だったらば「まぁまぁ宮台さん。それはもう身も蓋もないですから、もう少し日本人の可能性というか、民度みたいなものに期待はしていきましょう」というふうに諌めてきたわけですよね。「まぁまぁまぁ」と。ただもう前回の対談で、もうなんかすっかり嫌になっちゃってて、もうなんか「田吾作」だったら優しすぎると。「土人じゃないか」といきなりプチンと放言して、そのまま止まらなくなったような気がするんですよね。

 宮台さんが仰ったようなものとは、また違う視点なのかもしれないけど「この国は、結局近代をずっとやり損ねてきたんだよ」っていうのが、ずっとこの10年くらい僕が小声で言ってきたことなわけです。その「近代を損ねる」っていうのはつまり、すごく評判が悪い民主主義システムみたいなものを、最低限機能させていかなかったら、やってけないのと違うのかと。その前提となっていくような人の在り方みたいなことは、まだ創っていけるのではないのかというふうに、多少の希望と責任みたいなことを思っていたんだけれども。

 去年の(東日本大)地震を見たあとくらいから、なんだかすっかり「ああ、土人なんだな」という言葉がふっと頭に浮かんだわけです。「土人」という言葉の中にいろんな意味を込めたんだけれども。だいたいは僕ってもともと左翼ですから、「土人」なんて差別用語は使わない方の人なんですけれども。なんかもう、ふと使ったら面白くなっちゃって、使ってるんですけれども。今日も不穏当だな。

 えっと、どうせ顰蹙(ひんしゅく)買うんだから言うけれども、本の中でも喋ったけども、3.11の後、例えば寄付合戦が始まったでしょう。あれを見てポトラッチとかねカーゴ・カルトとかを思い出したんですよ。僕もともと民俗学ですから、ナマズ絵っていうのが安政の地震のあとにたくさん出てきて、その中でもね、お金持ちが寄付しろみたいにナマズ絵をいっぱい売ってるわけですよ。まるでなんか江戸時代に返って、ポトラッチっていうのはそれ以前の前近代社会かなにかの、要するに蕩尽合戦みたいな無駄遣い合戦ですよね。なんかそんなことが始まったように思えたりして、どこかで「あ、日本人の中にもう少し近代っていうのがあるな」って思ってたらば、それが意外と脆くて、その下にあるのがヒョロッと出てきちゃったのかなって思うと、なんだかすごく脱力しちゃって。

 そう言えば、柳田國男って普通選挙の導入に必死になって、昭和の初頭に普通選挙が行われた後で、「日本人なんて所詮、魚の群れじゃねぇか」と。なんも考えないで、皆のあとを付いていって、しかも中心的人物がいないよね。魚の群れってリーダーがいるわけじゃないですから、「皆で一つの方向に泳いでいくだけじゃないか」っていうふうに憤って。それでも柳田はまだ、選挙システムや民主主義っていうものが日本に可能じゃないのか、可能になっていくような枠組みみたいなものを作るべきなんじゃないかと言っていて。そういう柳田を僕は未だに好きだけれども。その時の柳田國男の「魚の群れじゃないか」って言った感覚が、すごくしっくりきて、多分あの時ずっと、「土人、土人、土人」、と言っていたわけですよね。

 責任転嫁しますけども、「土人」て最初に言ったのは浅田彰ですね。昭和天皇が崩御した時に、皇居の前に集まった日本人の姿を見て、彼はそういうふうに言ったわけですね。で、その時は僕はさすがに「浅田さん言いすぎじゃないか」と思ったんですけどね。なんか、その言葉を自分の方が繰り返しているのも不思議なんだけれども。土人と言ってみてしっくりきたみたいな。やっぱ近代という枠組みの中で、僕がなんとなく期待していたものが、やっぱり不成立だったんだなっていうのを実感した言うか。「ああ、こういうものなんだな」って。あと、「皆これでいいと思ってるんだったら、もういいじゃんそれで」みたいな気がしてきてね。「好きにすれば」っていうね。

■3.11以降、「終わりなき日常」は終わったのか

宮台: 僕は「"終わりなき日常"は終わった」という議論が(作家の)猪瀬直樹さんとかから出てきた時に「もうだめだ」と思ったんですね、はっきり言って。『読書人』のインタビューの時に、僕は爆笑したんです。総力戦研究所のシミュレーションの話とかしているあの猪瀬さんが、戦後と戦前の継続性について知らないはずはないわけですよね。

 例えば日本には「ロジスティクス」という概念は存在しないので、レイテ島戦では90%以上が餓死している。インパール作戦でも同様ですよね。実は誰もが武器弾薬どころか水も食糧も補給もないところで戦えば作戦失敗することは知っているわけで。陸軍参謀本部の連中だって分かっているわけですけれども、極東国際軍事裁判等でそういうことは問われると、「自分には権限はなかった」とか、「今さら止められないと思った」とか、「空気に抗えなかった」とかって話になるんですよね。

 これは「原発・原子力村」と人々が呼んでいるものの動きとまったく同じものであり、そこにはまったくその継続性しか存在しない。やはり敗戦のようなことがあると、これから新しい時代が始まったという議論が出てきたりとか。なにか震災があると大挙して、ポトラッチあるいは寄付、あるいはボランティア的なことが起こるということも繰り返し繰り返し今まで起こってきているのであって。この福島の原発を引き起こした震災程度のことで、「終わりなき日常が終わる」ということが、まずあり得ないんですよ。歴史的に考えてみてね。まずその歴史を勉強してきているはずの方々が、一体どういう感覚をしているんだということを、まず僕は非常に強く思いました。

大塚: だから、地震が起きた直後には「新しい日本が始まるんだ」みたいな感覚ですよね。それが結局、これも安政の地震の時と同じで、要するに日本のフォークロア(古くから伝わる風習)は、1回地震が起きたり、あと百姓一揆が起きちゃったらば、そこで1回チャラになって、そこでリセットして陸地をまたゼロに戻して、またやり直していくとなったらまたチャラですよっていうね。その繰り返しでしょう。

 なんか、今さら「ハレ」と「ケ」と「ケガレ」とか言いたくないんですけどもね。なんかその「ハレ」と「ケ」と「ケガレ」を繰り返してるだけじゃないかって。もう20年も30年も前の民俗学の言い方をするのが、なにか今の震災後の日本を見ていると、それが一番しっくりくる気がして。だからそれが多分、「愚民」だの「土人」だの、あるいは「前近代」でもいいし、與那覇潤(日本近代史学者)さんなんかは「ずっと江戸が続いてるんだ」って言ってますけどね。

 要するに前近代的な枠組みっていうのかな。だからこの国を語るとすれば、何か近代的なフレームじゃなくて、やっぱ民俗学の、昔やってたみたいなフレームで語った方がしっくりくるんだよなという感じですよね。それかなにか地震の後にまた繰り返されたし、こんなに露骨に繰り返されていくっていうのは、もう嘆いてもしょうがないので、「あっ、そういうものなんだ」っていうね。

宮台: うん。あの、僕たちで喋らなきゃいけない。司会がいないんですよね。

大塚: そう。ただでさえ中森明夫に批判されてましたけどね。「お互いに勝手なことを言ったっていうだけだろう」って言うけど、しょうがないだもん、そういう人たちなんだから(笑)。

■「愚民社会」で読み解く橋下現象

藤岡: じゃ、そういうことなので、何か司会的なことを一瞬しますか。本の中では、ノルウェーのテロ事件を日本がスルーしたっていうところで、まぁその「愚民社会ってどういうものか」というところの実例が終わってたんですけれども。まぁ最近の日本で話題になっている出来事と言えば、大阪市長の橋下さんが、とても人気があるということがあるんですけれど、それについて、2人がどういうふうにお考えかというのを今日うかがいたいと思うのですが、いかがでしょうか。では、それは大塚さんでいいですか?大塚さんは関西で働いてらっしゃいますので、お願いします。

大塚: だって、大阪の人がいいって言うんだから、いいわけでしょ。そんで、東京の人が「橋下と石原(都知事)がくっついていい」って言うんだったら、それいいじゃん。ほっとけばもう。神戸と行ったり来たりしてるんで、たまに大阪で降りて、難波の「自由軒」とかでカレーを食ったりするんですけども。そうするとやっぱり「地元のおばちゃんたちは橋下好きなんだなぁ」ってしみじみ感じるんですよ。テレビ見ながら石原新党とかニュースでやってると、「ほら石原さんまで橋下さんに擦り寄ってきたわ」とか嬉しそうに言って。その悪気のなさを見たときに、何かもう言う気もなくなっちゃってね。

 一つ、橋下市長を巡って面白かったなと思ったのは、選挙の時に(雑誌の)『新潮』がすごいネガティブキャンペーンやりましたよね。その時に「やれ橋下氏」と。それから「親族にヤクザがいる」とか、あるいは「被差別部落のエリアで彼が育った」とかね。そういったネガティブキャンペーンをやって。これ『新潮』の得意技ですよね。こういうネガティブキャンペーン持っていくと、だいたいそこでそれこそ、「愚民」だの「土人」でもなんでもいいんだけども、やっぱそこであっさり先導されてきたわけじゃないですか。『新潮』は、やっぱりそういうふうに大衆を先導することに関してもお家芸だったわけだけども、『新潮』が言わば先導できなくなって、逆に反撃くらったみたいなね。そこで僕はすごく人ごとのように面白かったですね。『新潮』が先導してきた人が、もう先導しきれないんだ。でもそれがネットの世論じゃなくて大阪のおばさんたちを、もう『新潮』が先導できないんだと思うと、そこがすごく面白かった。

 それから、たしか本の中でも少し言ったけど、あの前後くらいにそれこそ『新潮45』とか、それから『中央公論』あたりが「もう震災後の自由には戻りえない」「空気がおかしい」みたいな、保守系の論壇とかのくせに、なんか左翼みたいなこと言い出してみたいな。そういう形で、旧来のメディアみたいなものから、大衆でもなんでもいいんだけど、それが離れていっちゃって。その悲鳴みたいなのが聞こえてきて。なんかもう僕は、論壇ともなんも関係ないから、なんかあっちのほうで悲鳴が上がっててちょっと面白いなという気もするし、橋下も大嫌いだしみたいなぐらいのスタンスでしかないんだけども。

 ただ、『愚民社会』の趣旨に引きつけていけば、橋下市長が200人だか400人だか、広報と言うのか分からないけども、その人たちの質が問題になっていくわけでしょう。結局、それこそ、「愚民」が立つわけでしょっていう。「それでいいわけ?」っていうとこだけは、嫌味として言っておきたいと思うわけです。

 だって、すごい質悪いわけでしょう。維新の会の議員なんてはっきり言ったらば。それが民主党の、名簿の下の方の連中とか、自民党が勝った時の名簿の下の方の連中とか、もっと昔だったら間違って社民党が勝った時だって、どっかの大学院生がうっかり当選しちゃったみたいな。そういうふうなレベルの人が結局はブームになったらば、議員になっちゃうわけでしょ。そういう人たちをまた当選させちゃって、そんでもってせっかく期待したのに何てことしてくれたんだって、どうせまた怒るわけでしょ。「だったら好きにすりゃいいじゃん」っていうね。もう。なんか石原新党と橋下でなんかの過半数ぐらい・・・というか3分の2くらい獲っちゃって、もう憲法も改正してさ、それで徴兵でもやって1回戦争行ってくりゃいいんだよと思いますけどね。

■「"民主主義の危機"は日本に存在しない」

宮台: ちょっと同じような調子で喋るのが難しくなったんだけども。僕は、橋下さんについてそんなに悪い感情を持っていないし、橋下現象についても特異なことが起こっているとは思わないけれども、橋下さんに対する批判に関して、やはりちょっとおかしいなと思うところがたくさんあるので、ちょっとそれを申し上げると絡むかなという気がするんですね。

 たしかに民主主義社会の多くは、特に先進国の多くは非常に危険的な状態にあるんですね。よく言われるのが、例えば北朝鮮の核問題については、ブッシュ(元)米大統領が就任する前の時点で、実はかなりある種の図式が出来上がっていて。要は、核を持つ北朝鮮側の理由は「体制の保全と援助」を引き出すということなんですけれども。そうした方向のロードマップに合意しつつあったところで、ブッシュさんがポピュリズムで強硬路線を取るということをやったわけです。

 同じようなポピュリズムはイラク戦争においても見られたわけで、これが例えばアメリカの自滅を早めてしまったという帰結もさることながら、それが民主主義的なプロセスで動員されてきたというところに多くの政治学者達や社会学者の一部は注目しているんですよね。つまり、グローバル化が進みますよね。そうすると従来の中産階級が先進国でどんどん沈んでいくんですよね。

 それはさっき言った利潤率金とかの法則で。要は、どのみち中国・インド・ロシア・ブラジルに追いつかれるような産業領域で、先進国がそれでも頑張ろうとすると労働者がどんどん貧しくなっていくんですよ。それが中産階級の崩壊という現象の本質なんですけども、それが多かれ少なかれどこの先進国でも起こっている。そうすると、右肩上がりではなくて、まさに右肩下がりでしかありえないというふうな将来イメージになり、右肩上がりの時にあり得たような将来構想や自分自身のセルフイメージを持ちにくくなってしまう。

 だから簡単に言えば、信頼よりむしろ不信が、どんどん前面に出てくるわけですよ。あるいは、安心よりも不安がどんどん前面に出てくるわけですよね。そうした不安や不信を、いわば"餌"とするポピュリズムというのが、もちろんこれはアメリカだけじゃなくてフランス、その他の国でも駆動するというのはまったく自然なこととして起こっているんです。なので、多くの政治学者が従来の"民主主義的なるもの"へのナイーブな信頼を続けていく場合には、どのみち行政官僚がより大きな権力を握っていくことになるでしょうから。したがって、「分権化と自治を進めるか」でなかったら「政治的な独裁を進めるか」のどっちかしかないというふうな議論があったりしているわけです。

 こうした議論から見ると、日本も不安や不信でポピュリズムが起こっているというふうに見える側面もあるので、山口二郎(北海道大教授)さんほかのリベラルな方々が「この橋下現象は民主主義の危機だ」というふうに、日本がほかの先進国並みであるかのような議論をするのは、分からないでもないけれども。僕に言わせると「大笑いだ」と言うほかにない。なぜかと言うと、日本は"民主主義社会"じゃないからなんですね(笑)。だから"民主主義の危機"なんかは、民主主義ではない以上、日本には存在していないんですよ。

■"近代化のない日本の虚ろな議論"

大塚: だから"民主主義の危機"だったらよかったんですけどねぇ(笑)。

宮台: そうなんですよね(笑)。"民主主義社会の危機"と言ってる人たちって、何のこと言っているのか、僕は全然分からなくて。むしろ民主主義社会に相当するものが日本に存在していない。だから大塚さんは、近代主義的な振る舞いをしておられた。「近代化をすすめよう」「啓蒙化をすすめよう」としておられた。僕の方は、日本は昔からずっと田吾作であり続けたように、多くの人はずっと田吾作であり続けるでしょうから。要は、田吾作とユダヤ・キリスト教文明圏の間を橋渡しするような、メディエイター、インタープリター、あるいは中間地帯を作っていく必要があるんだとずっと議論していて、そういう存在を養成しようともしてきていたということなんです。

 そこの問題意識、大塚さんと僕の間で、とても重要な対立であるかのように以前思っていたんですよね。大塚さんは国民全体の民度を上げられると思っていらっしゃって、僕はそれは不可能だと思っているので、一点突破・全面展開的に一部の人材を、それこそ柳田が帝国官僚に期待しようと思ったのと同じように、期待しようと思った。それは能力ということではなくて、まさに愚民種の反対ですよね。自分を送り出してくれた故郷の人間たちに恩義を感じるがゆえにリターンを返そうという倫理観を持ったエリート。なおかつ優秀なエリートを生み出すことに賭ける。中国やその他のアジアの諸国が賭けてきたのと同じような構成で、「日本もそれを目指していたのに」と多くの人たちが思っているはずで。そうした方向を目指そうとした。この違いが今日に至ってみると、さして大きな違いではなかったということですよね。

大塚: うーん。まぁ、期待しすぎていたんですね。

宮台: そうなんです。どちらも期待をしすぎたというふうに言えるし、残念ながら日本が民主主義社会ではないし。いわゆる近代的といわれるような要素をいくつか決定的に欠いていることに関する自覚が、残念ながら思ったように広がらなかったので、今でも非常に無防備なまま国益の議論をしたり、外交の議論をしたり、日米関係・日中関係の議論をしているところが非常に御粗末でね。大塚さんが見放したくなる気持ちは僕も本当によく分かりますね。

■「維新の会」を利用する?

大塚: だから、大阪の人は、せめて今、橋下に乗っかれば絶対議員になれるわけだから、その時にもう自民党いっても民主党いっても当選しないような人が、市議会選で当選しないようなどうでもいいような政治ゴロみたいなのじゃなくて、もう少しまともにモノを考えていく人間たちが橋下のところに行って、維新の会を乗っ取って、気が付いたら橋下とか全部追い出して、少し真面目な政治をやるとか。そういうのだったら利用のしがいもあると思うんですけどもね。だから、そこの辺りどうするかとかは、大阪の人の選択なんじゃないですか。

 石原慎太郎さん(東京都知事)が亀井静香(国民新党代表)と一緒にくっついてどうのこうのって言うと、今度は国政レベルの問題になってきてしまうんだろうけども。どさくさに紛れて議員になれるような環境が多分、今回の新党騒ぎでできるわけだから、そのどさくさみたいなものを自覚して、宮台さん的に言えば「民度の低い人間」や自分の頭だけで「自分は賢い」「唯一(正しい人間)だ」「国を変える」とかを思っているトンチンカンな人間ではなく、もう少しまともな人間がどさくさで当選してしまったら、また変わっていくのかもしれないけど。そういうことはないだろうなとか思うんですよね。

宮台: いや、そういうことはないと思うんですよ(笑)。

大塚: ないですよ(笑)。

宮台: 維新の会等々でどさくさで議員が当選する前から、例えば小泉チルドレンとか小沢チルドレン、本当のチルドレンが議員になったりとか、単に親が議員やってるから(自分も)議員をやるというような頭の悪い世襲議員も山ほどいたわけでしょ。これって、ほかの先進国どころか中国でもありえませんよね。例えば、マスメディアの世界でも早稲田や慶應や東大を出たようなジャリンコが、名刺一つで仕事できちゃうわけですよ。(例えば)『朝日新聞』という(社名が書かれた名刺一つで)ね。

大塚: (故)金正日(総書記)の長男(金正男氏)のほうが、ずっとまともだもんねぇ。

■「"べき論"では変わらない」

宮台: そういうことができる(ジャリンコの新聞記者が、名刺一つで仕事できる)国っていうのは、実は日本以外にはまったく存在しないに近いんですよ。(アメリカでは)基本的には、地方からだんだんと中央に出てきて、最後にワシントン・ポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙に行く。それは中国もまったく同じシステムですよね。(アメリカでは)政治家もそうで、村長や町長から始まって、あるいは市議会議員になったところから始まって、州知事を経て、あるいは上院議員になり下院議員になり、そして大統領になる。こういうルートがまず基本的なんですよね。実際、中央政府の議員になるとか、議長になるということは、それだけである種の実績を積んできたことの証であるし。実績を積んできたことを前提とした議論がなされる期待が人々にあるわけだけれども。

 日本の場合、政治家にそういう実績による信頼醸成なるものは、実はまったくないので。単に「今まで通りやってくれりゃいいんだ」みたいな。政策的な頭・能力を、まったく期待をしないような、簡単に言えば、政治家に対して「既得権益を温存してくれりゃいいんだ」というだけの期待だけで政治をやってきているから、世襲議員も放置されてきていたし、選挙区の不平等問題もずっと放置されてきていたし、あるいはなんとかチルドレンという本当のチルドレンが議員になる愚昧な事態も完全に放置されてきているわけで。党を問わず、日本の中央の議会は、本当に人材乏しいんですよね。烏合の衆の集まりとしか言いようが無い状況で。それ自体は別に問題じゃない。彼らが悪いわけじゃなくてね。このようなシステムが、「なぜ放置されてきたか」というところに、やはり問題があるわけで。僕はよく思うんだけど、そうした議論は僕が初めて言ったわけではなく、戦後60年ずっと言ってきているわけですけれど。それを言ってきたのが一部の論壇手なわけだけど。日本は「べき論」では絶対変わらないんですよ。「何とかするべきだ」って、まだ言ってる人たちはいるし。最近では『WEDGE』(ウェッジ)っていう雑誌が大笑い状況で(笑)。

大塚: 新幹線のグリーン席においてあるやつですね(笑)。

宮台: そう(笑)。僕もグリーン車に乗ったときに、本当に爆笑させていただくので。本当に愉快な娯楽誌になったと思いますけれども。つまり、ああいうレベルのものが論壇と呼ばれていて。このニコ生も『ニコ論壇』と呼ばれているの、どうなのこれ? 大丈夫なのか?一体。こんなところで「べき論」なんか話したって変わりゃしないから。もう、さっき大塚さんと3分ぐらい話したたけで「もういいんじゃないかな」っていう気になっちゃったんですけどね(笑)。

■橋下現象に期待する人々

大塚: うーん、まぁ、なんだ(苦笑)。疲れたな・・・(笑)。

藤岡: では、大阪の話はひとまずということで・・・。

宮台: あー、じゃあ、大坂の話続けると・・・。

藤岡: はい。

宮台: 僕、この間ちょっと関西学院大で仕事があったので、西宮市とか芦屋市とか、あの辺の人たちの話を聞くチャンスがあったんだけど。やっぱり、兵庫県の人たちも、かなりの人たちが橋下現象に期待をしてるのね。それはどういう事かと言うと、橋下さんがポジティブな存在だということよりも、橋下を批判している人たち、あるいは「従来橋下的ではなかった議会や地域の首長たちは一体何をやってきたんだ」と深い失望があって。簡単に言えば、「こちらはクソだ」って分かっている。でも、橋下は未規定だと。もしかしたら、大クソかもしれないけど、クソだって分かっているものを選ぶよりは未規定のものを選んだ方が良いと思っているわけですよ。

大塚: そのギャンブルは怖いですねぇ。

宮台: はい(笑)。

藤岡: 大塚さんは橋下さんのことを、あまりお好きではないという趣旨のことを仰っていたんですが。

大塚: 僕は左翼だから、君が代とか日の丸を強制するっていう段階で、もう嫌だもの(笑)。ただ、宮台さんの話にくっつけていけば、ずっと神戸にいるでしょう?例えば、神戸震災(阪神・淡路大震災)のときにニュースで観た長田区とか、今ああいうところに行くとコンクリートの高層マンションがズラーッと並んでて。でも、かつてそこに居た人たちはそこにいないわけですよ。あの時の復興資金がいくらだったかは全然覚えていないけど、めちゃくちゃ集まったでしょ。それを全部、ああいうもの(高層マンションなど)に突っ込んで、挙句の果てに、くっだらない「鉄人(28号)」とかを最後に残っていた金で建ててね。ルミナリエもやったのか。

 いろいろ聞いたんで言っちゃいたいんだけど、「こんなのに金使ってんの?」っていうバカみたいな使い方しちゃってさ。それで仮設住宅で死んでっちゃってる人たちだっていたわけでしょ。みたいなことを自分たちでやっといてさ。嫌な言い方すると、10年後20年後には長田区みたいに、東北はなっているんだよな。その時に、「橋下氏に期待する」と言っても、例えば神戸の人たちなんかは「もうお金落ちてこないんで、なんか知らないけど大阪の方から降ってこないかな」ぐらいのね。所詮これもカーゴ・カルトっぽい感じで。

宮台: (苦笑)

■3.11後に起きたある変化

大塚: 神戸は何もできなかったんですよ。偉そうに東日本大震災の後、神戸の連中は「自分たちの経験の経験は碑石だよ」とか言ってるけどさ。「何言ってんの?」みたいな。駅前のくっだらねぇモニュメントとか、(そういうものを)ウチの大学のバカ学長が作ったりするわけですよ。そんなんで金使ってるみたいなことを、東北は繰り返してしまうんですよ。

宮台: そうですねぇ・・・。

大塚: だから繰り返したくなかったらば、東北の人は橋下とは関係なく、まともに考えて議会に立候補して、自民党も民主党も維新の会も関係なく、全部ほっぽって自分たちで議席とって、自分らで変えていくみたいなことをしない限りは、多分神戸の繰り返しだろう。その辺りは、神戸にいてよく感じますよ。あともう一つ、流れで神戸の話をしたので。前に宮台さんに、ウチの近所の高校に来てもらったじゃないですか。
宮台: うんうん。

大塚: そこで毎年毎年、絵本書いてもらうワークショップをやっていて、一昨日、またやってきたんですよ。その時、ちょっと面白かったんだけれど、すごく内省的っていうのかなぁ・・・。自分の事について淡々と一人で考えるみたいなモチーフの作品が今年はすごく多くて。9割がそうだったのかな。ちょっとそれが面白かったんですよ。こんなふうに、17歳の子達が内省的になってモノを書くのっていうのは、同じ高校で6年教えているけど、初めてそういうものが集中して出てきて、「一体、何が変わったのかな?」て思った時に、なんとなく地震のことを思い出して。

 10代半ばの多感な子たちが、変にボランティアだとか、社会的なこととか、公共的なこととかを言わないで、ただひたすら内向・内省的に考えていて。しかも彼らの書くものに、ちゃんと風景とか世界がしっかりしていて、こんなふうに、もし震災で17(歳)子が変わったと言えるのだったら、違う良さかもしれないけど、それはちょっとだけ「希望が持てるのかな」っていうふうに思ったりもしたんだけど。まぁ、そんだけですね(笑)。

(続く)

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(書き起こし・ハギワラマサヒト、吉川慧、武田敦子、藤平昌寿、登尾建哉、小浦知佳 編集・山下真史)

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