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 11月18日に東京の将棋会館で行われた叡王戦準決勝第2局は郷田真隆九段―行方尚史八段戦。前日の準決勝第1局、山崎隆之八段―村山慈明七段戦がトップクラスに迫ろうとする気鋭のアラサー対決だとしたら、こちらはトップクラスを維持するアラフォーの対決である。王将のタイトルを持つ郷田と前期名人戦挑戦者の行方、決勝進出を争うにふさわしい好カードと言えよう。

 本局のニコニコ生放送解説を務めるのは先崎学九段、両対局者を最もよく知る人物である。

 その先崎九段が開始直前の中継で「郷田さんは以前、将棋を『情念のゲーム』と語っていました」と言ったことにコメントが集まった。

 「深く心に刻みこまれ,理性では抑えることのできない悲・喜・愛・憎・欲などの強い感情」

 情念を辞書で引くとこのような説明がある。

 最善手を指すためには常に理性的な思考が求められるはずだが、それでは抑え切れない感情が指し手に現れるということだろうか。

■予想通りの藤井流

 本局は行方の先手で相矢倉に。行方の陣形は藤井流早囲いである。名人戦でも採用した作戦だ。郷田も「予想通りの展開です」と振り返っている。

 先手が角交換から馬を作る。後手はその馬に働きかける。第1図で▲6五同歩は△3九角があるため、この歩は取れない。行方は▲7七金右と上がった。力強い受けだが、まだしばらくは前例に追随した指し手が続く。

【第1図】http://p.news.nimg.jp/photo/422/1694422l.jpg

■先手ペースに

【第2図】http://p.news.nimg.jp/photo/423/1694423l.jpg

 第2図からの△8二飛で未知の局面に。前例は△7三飛▲6五馬だったが、これは長期戦が予想される。郷田が飛を8筋に残したのは攻めを目指す意図だ。

 だが先手の▲2四歩が一手早かった。△2四同銀▲1五銀△同銀▲同歩で棒銀がさばける。ここからは先手がペースを握った。なお▲2四歩に△同歩も考えられるが▲2三歩△同金に▲2五歩か▲6四馬か、あるいは△同金に▲2五歩も有力である。いずれも後手が苦しそうだ。

 局後に「前例通りやるしかなかった」と郷田はつぶやいた。

■削られる時間と精神

【第3図】http://p.news.nimg.jp/photo/424/1694424l.jpg

 第3図の局面で両者の持ち時間は既に10分を切っている。この△2三歩を「これはひどかったが他にやる手がない」と郷田。感想戦では△5九成銀や△7三歩が候補に挙がったが、いずれも後手が苦しいとされた

 △2三歩がひどいという理由は以下▲2三同歩成△同玉▲2四歩△3三玉と進んだ局面にある。これは第3図で△2三歩を打たずに△3三玉と上がるのと同じなのだ。つまり△2三歩の一手が無意味になっている。

 手を変えるならば▲2三同歩成に△同金と取るしかないが、▲2四歩△同金▲4六角(参考図)の両取りが掛かる。△7三歩と飛車取りを受けて▲2四角に△2八飛の切り返しが利きそうだが、そこで▲6八角と引けば受かっている。

【参考図】http://p.news.nimg.jp/photo/428/1694428l.jpg

 「△2三歩を指してから▲6八角に気づいた。△同金と取れないのでは負けとしたもの」と郷田。△3三玉に▲6四馬と指されて敗北を覚悟したという。

 もっとも行方も「▲4六角では▲2五歩のつもりだったが、▲6八角があるのか。この辺りから手が見えていない」と自嘲気味につぶやいた。

 両者は長考派であるがゆえに早指しに慣れている(=持ち時間が少ない中終盤を指す機会が多くなる)のだが、それでも残り時間が削られるのは自らの精神が削られるのと同意義なのだ。

■差は詰まったのか

 あるいは行方の蹉跌は第4図から始まったのかもしれない。この△7九飛には▲8七玉で大丈夫と考えていたのだが、△9五桂▲9六玉△7五飛成で必死が掛かる。後手玉はまだ詰まない

【第4図】http://p.news.nimg.jp/photo/425/1694425l.jpg

 心を落ち着かせるかのように手元のグラスに炭酸水を注いだが、その手は震えていた。そして▲6八玉とかわして必死の順は逃れたが、局後に「危機感が足りなかった」と悔いる。少し前の局面にて明快な勝ち筋を逃していたことが感想戦で判明したのも大きかったかもしれない。だが先崎九段は本譜順と勝ち筋を比較して「それは哲学的な話だから」と慰めるかのように言う。

 事実、局面はまだ先手が勝っている。郷田も「飛車を打てて形になるかなとは思っていました」と対局中の心理を明かした。「形になる」というのは「負け」を意味している。

 ▲6八玉から△4二飛▲5一角△8八と▲7七金△6五歩と進んで第5図。ここが最大の勝負所である。

【第5図】http://p.news.nimg.jp/photo/426/1694426l.jpg

■ついに逆転

 行方の誤算は第5図から▲4一銀が詰めろにならないことだった。後手玉が詰まないのであれば△6六歩と取られて勝てない。「むずかしいな」とつぶやいて▲6五同金と歩を払ったのは当然のようだが、次の△7三桂がそれまで動いていなかった桂を活用しつつ金取りになる気持ちの良い一着である。局後の行方は「こんな桂を跳ねさせてはいけなかった」と反省の弁を述べた。▲7三同馬に△7六歩が厳しい。

 戻って第5図では▲6四馬ならば先手が勝ち筋だった。詰めろなので△6六歩の余裕はない。△5三桂と防いでも▲4一銀で攻めが続く。

 郷田も「△7三桂で、もしかしたらと」と逆転を意識した。以下▲2五桂△2四玉▲4六馬△3五桂(第6図)と進む。この桂合いがあるのが大きい。

【第6図】http://p.news.nimg.jp/photo/427/1694427l.jpg

■終局から7分

 第6図の後手玉に詰みがないことはわかっている。▲4二角成△同金引▲3五馬と進めた行方は取った桂を裏返しに駒台に置いたが、そのことに気づいて表に直した。持ち駒を揃えるのは終局が近い合図である。以下の王手は投げきれないというより、視聴者にわかりやすい局面まで指すという形づくりの意味だろう。

 だが、感想戦では第6図で▲5八玉ならばもう一波乱あったかもしれないことが判明した。以下△7七歩成は▲7九馬と竜を取れる。▲5八玉には△7七飛成▲4九玉△4七竜▲同馬△同桂成、あるいは△5九飛成▲6七玉△7七歩成▲同玉△4五歩で後手勝ちとされたが、「▲5八玉には、△5九飛成以下の変化が見えるかどうか。△7七飛成は指しにくいですから」と郷田。行方が詰ましに来て、ようやく勝ちを意識したという。

 投了を告げた行方はすぐにグラスへ炭酸水を注ぎ、一気に呷った。

 7分後に先崎九段が対局室に現れるまで両者は全く言葉を発しなかった。本局の感想を求められてようやく、

 「ひどい将棋だった。それしかない(郷田)」

 「これを負けるようでは仕方がない(行方)」

 と吐き捨てるように言った。

 その姿に両者の情念が現れていると感じたのは筆者だけではないだろう。

(相崎修司)

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送]【将棋】第1期叡王戦 準決勝 郷田真隆九段 vs 行方尚史八段【ニコルン対応】 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv241515878?po=news&ref=news
・将棋叡王戦 - 公式サイト
http://www.eiou.jp/

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