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TOCANA

 先日、東大などの研究グループがiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使用しマウスの体内に人間の「耳介軟骨」の作成に成功した。世界中でニュースになった、動物の体内で人間の臓器を作り出すこの「キメラ技術」が話題になっている。

 臓器提供者不足問題や、新薬の開発など医療に目覚しい進歩が見込まれる一方、「倫理的に許されない」「種の境界を脅かす」など批判の対象でもあるこの技術は、今後我々にどのような影響を与えるのだろうか――。

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■ブタが人間のドナーに?

 キメラとは、“同一個体内に異なった遺伝情報を持つ細胞が混じっていること”をいう。現在、米国ではいくつかの研究センターがキメラ技術を用いて「人間に移植する臓器をブタや羊の体内で成長させる研究」を行っているが、この研究が進めば、患者に適合する最良の臓器を作れることはもちろん、移植手術を待ち望む患者らへ1年以内に臓器を提供することが可能になるというのだ。

 研究者らは、患者に適合する「ヒト-動物」のキメラを作るため、まず遺伝子操作した動物の受精卵にヒトの幹細胞を注入し“動物性集合胚”を作る。それをメスの子宮に戻し、出産させるのだが、ヒトの幹細胞を持ちながら産まれた動物は、自身の体内で人間の臓器も育てながら成長していくという。その後、それらを摘出し、患者へ移植していくのだ――。

 臓器提供者が圧倒的に不足している現状では、順番を待っていても移植手術ができるまでには長い年月がかかるという。このキメラ技術の進歩は、これからの医療を一変させるともいわれており、移植を待ち望む患者たちにとっては希望の光であろう。


■倫理的問題は?

 しかしながら、「動物の体内でヒトの臓器を育てることは、人間や動物の『種』としての尊厳が揺らぎ、道徳的にも許されるものではない」として生命倫理に問題が生じる可能性を指摘する声もあがっており、米国立衛生研究所(NIH)も2015年9月、当初の方針を変更して「ヒト-動物」のキメラ技術に対し、科学的かつ社会的影響を慎重に検討するまで研究支援金を打ち切ることを発表している。

 米国立衛生研究所は、最終的にヒトの脳細胞が使用された場合、その動物の認知状態が変わってしまう可能性を懸念しており、ヒトの幹細胞を取り込んだキメラ動物が、高い知能や人間の体を保持したまま産まれてくる可能性も否めないということだ。

 同所は、声明の中で「キメラ技術により生まれた知能の高いマウスが我々に『ここから出してくれ』と、ゲージの中から話しかけてくる日が来るかもしれないことを恐れている」と述べており、この研究に対して慎重な姿勢を見せている。

 しかしながら、中絶や流産した胎児から集めた組織を生後まもないマウスに移植し、人間の免疫システムを備えた“ヒューマナイズド・マウス”が、すでに医科学技術の面で幅広く使用されているのが現状だそうだ。

 このような現状を踏まえたうえで、米国立衛生研究所の意見に対し、米ミネソタ大学の心臓内科医ダニエル・ギャリー博士は、「キメラ技術の研究は、新たな臓器を待つ患者らにとって希望である」と語っており、今回の支援金打ち切りは「未知なる進歩への恐怖であり、これからの技術の進歩に否定的な影を落とす」と真っ向から批判している。

「心臓のない動物でも作れる」と語るギャリー博士は、これまでにも骨格筋や血管のないブタを作り出してきたといい、現在はヒトの心臓をブタの体内で育てる「ヒト-ブタ」のキメラ研究のため、米陸軍から研究費として140万ドル(およそ1億6000万円)の研究支援金を得ることに成功している。

 意見の分かれるキメラ技術であるが、この研究は今後の幹細胞生物学や遺伝子操作技術の突破口になる可能性もある。カリフォルニア州・ミネソタ州に点在する3カ所の研究チームをインタビューした、「MITテクノロジーレビュー」によると、過去12カ月間で出産には至らなかったものの「ヒト-ブタ」「ヒト-羊」のキメラの妊娠が20件確認されていたそうだ。ほかにもカリフォルニア州にあるソーク研究所のジャン・カルロス・ベルモンテ博士が、これまでに12件以上の「ヒト-ブタ」キメラの妊娠に成功したと発表しており、ヒトの幹細胞を持った動物の出産に向けて研究を進めているという。


■動物の体内で育てた臓器をヒトに移植する安全性は?

 では、実際に動物の体内で作られた臓器が移植できるとなった場合、その安全性はどうなのだろうか。

 臓器移植手術の際、特に問題になるのが「拒絶反応」である。血液型や免疫などが適合していても、臓器を移植すると自身の体に「他人の細胞」が入ってくるため、体はそれらを排除しようと免疫細胞が一斉に攻撃を始める。この拒絶反応が巧みにコントロールできないと、移植された臓器の働きが失われ、最悪の場合死に至る場合もあるという恐ろしい反応である。

 我が国におけるキメラ技術の第一人者と言われる幹細胞生物学者の中内啓光教授は、2010年にマウスの体内でラットのすい臓を作ることに成功しており、「げっ歯類と同様に作用するのであれば、ヒトの臓器を持つブタを作ることができるはずである」としていた。

 しかし日本では、人間の細胞を動物に移植する技術が政府の研究指針で禁じられていたため、教授は2013年にキメラ技術へ制限を設けていない米スタンフォード大学に教授として赴任、カリフォルニア再生医療機構(CIRM)からなんと600万ドル(約7億1000万円)もの研究支援金が支給されているのだ。インタビューで中内教授は「日本の規制により自身の研究が2年以上遅れた」と明かしており、リスクはとらない、という日本特有の体制を指摘している。

 現在、中内教授は患者自身の細胞から臓器を作るiPS細胞を使用した研究を行っているが、iPS細胞から成長した臓器は、たとえ動物の体内で成長したとしても完全な移植臓器として適合するという。また臓器不足という現状から、移植手術までに何年も待たなければならない現状があるが、このキメラ技術により移植臓器を1年以内に作り出すことが可能になるということだ。


 生命倫理的には限りなくグレーに近いキメラ技術であるが、臓器を待ちわびているドナーからすれば、新たな光ともいえる技術だろう。さらに研究が進めば、人間の病気を持つ動物を作り出し、その病因を解明することができるようになるかもしれない。これからの医学の進歩と、議論の進展から目が離せない。


※イメージ画像:「Thinkstock」より

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