『呪い方、教えます。』(宮島 鏡/作品社)
ダ・ヴィンチニュース

 呪いと聞くと、どうしても物騒なイメージを思い浮かべてしまうのではないでしょうか。その通り、呪いとは物騒な事です。前述のようなイメージを思い浮かべた人は間違っていません。そういった物騒な呪いについて、修験道・式神・陰陽道などといった様々なジャンルを書いているのが『呪い方、教えます。』(宮島 鏡/作品社)です。ここでは、特に安倍晴明に倣って陰陽道の方法(呪い方?)を見ていきましょう。
 そもそも陰陽道の起源は、古代中国において成立した陰陽五行説という学問にあります。それが日本に伝来し、天文・暦・時刻などを研究するうちに独自の発展を遂げたものが今日にまで伝わっている「日本式陰陽道」の原型です。

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 西暦670年頃の日本では、陰陽師は今で言う公務員的立場にあり、その仕事内容は現在の気象庁と文部科学省を掛け合わせたようなものだったそうです。陰陽道は、元々森羅万象の宇宙を理解しようとする学問であり、その内容も天体観測・自然観測・暦の作成・時刻の設定など、科学的側面が重視されていました。

 当然、当時の陰陽師も、例えば式神を操って妖怪を退治するなどといった事は一切無く、その学問に基づいて研究を行うただの役人だったのです。それが、まじない師のような形になったのは、先述した様々な研究により培われた豊富な知識があった為に、吉凶・厄災を占う事や、病気の回復を願う祈祷(当時は祭祓〈まつりはらえ〉といいました)などの儀式的行為も行うようになったからです。これにより、陰陽師達は上流階級の生活を呪術的側面から管理できるだけの力を持ち、その権力は平安時代に最盛期を迎えます。今日において様々なメディアで取り上げられる陰陽師・安倍晴明は、この頃の人物ですね。

 ご存じ、マンガやアニメなどでお馴染みの陰陽道ですが、実は……呪法(呪いの方法)の宝庫と言ってもいいものなのです。例えば、身固法というものがあります。これは、晴明があらゆる陰陽道の基本としていた術で、平たく言えば護身術の類です。陰陽師の最盛期である平安時代が過ぎ、江戸末期になってなお安倍(当時は土御門)家に伝えられていたという術で、その詳細は残念ながら明確ではありません。ですが、残っている晴明の逸話から、籠りの術だという説が有力であるようです。籠りの術とは、読んで字の如し、生気を始めとするエネルギーを体の中に籠らせる、つまり充満させる術で、護身の呪術作法の1つです。

 同じような呪法は修験道にもあり、こちらは床堅〈とこがため〉などと呼びます。こちらの場合、エネルギーを籠らせ、充満させるのは人体ではなく結界によって閉じた空間の中であるようです。どちらの呪法でも、エネルギーを自分ないしは周囲の空間に充満させ、守りを固める事が目的です。また、こういった守りの術から連なる攻めの術もあり、こちらは反閇〈へんばい〉といいます。これは、足を一定の法則に従って動かす事によって邪気を祓い除ける陰陽道の初歩的な術です。身固法で守りを固め、反閇によって邪気を祓うところまでが一連の呪法であり、晴明も行っていた陰陽道の基本です。

 陰陽道の基本について見てみましたが、いかがでしたか? おそらく、陰陽道・安倍晴明というワードが出た時点で、好きな人は楽しそうなイメージを想起したかと思います。冒頭で、呪いというワードに纏わりつく物騒なイメージについて、少しだけ触れました。呪いと聞けば、なるほど物騒なイメージが湧いてしまうでしょう。しかし、陰陽道もふたを開ければ呪法の宝庫と言ってもよいものです。楽しいイメージを持つ物の中に隠れている恐ろしさ、その恐ろしさが被っている面白味の気配……それらに触れてみて、初めて陰陽道の道に本当に足を踏み入れた事になるのかもしれませんね。

文=柚兎

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