文・取材:ライター 馬波レイ 、撮影:カメラマン 永山亘

●生誕25周年を迎えるソニックシリーズのヒミツに迫る

 2010年代に入ってからさまざまなゲームタイトルのアニバーサリーイヤーが続いているが、1991年にセガのメガドライブ用ソフトとして発売された『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』にとっても、2016年は発売から25周年となる記念すべき年である。メガドライブという知名度の低いハードで発売されたものの、それまでのゲームにはなかった劇的なスピード感と、クールな主人公のキャラクター造形もあって、北米を中心にビッグヒット。継続的な続編発売や、何度かの新生を経て、ついにはシリーズとして発売されたタイトル数が100近くにまで達することとなった。

 そんな“セガの顔”として世界的に知られるソニックはいかにして生まれ、人気を得て、シリーズとなっていったのか。『ソニック』シリーズを作り上げてきた中心人物である中裕司氏、大島直人氏、飯塚隆氏を招いて、ソニック誕生からヒット、その後の変遷について語っていただいた。お互いに20~30代の日々をともに過ごした旧知の間柄ということもあって対談は非常に盛り上がり、ついには3時間オーバーという異例な長さに。いまだから明かせるエピソードも多数あり、その内容は『ソニック』シリーズのみならず、“ソニックチーム半生記”とも言うべき貴重なものとなった。『ソニック』シリーズのファンのみならず、メガドライブ~ドリームキャストの時代をともに駆け抜けた“セガ人”たちにあのときの熱い気持ちを思い出してもらえれば幸いだ。

[関連記事]
※『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』生誕25周年記念特別企画 1990年代のセガPRの立役者である竹崎忠氏が明かすソニックチームとの絆

【画像104点】「『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』誕生・ヒット・新生の真実をソニックチームのレジェンドクリエイターが、25周年のいま明かす 秘蔵資料満載の永久保存版!」をファミ通.comで読む(※画像などが全てある完全版です)

中 裕司氏(右)
1965年大阪府生まれ。1984年にセガに入社し、プログラマーとしてセガ・マークIII版『ファンタシースター』や『スペースハリアー』などを担当。天才プログラマーとして注目を集める。以降も『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』シリーズや『ファンタシースターオンライン』といったソニックチームのタイトルを多数プロデュース。2006年には独立し、プロペを設立。代表取締役社長として手腕を振るう。


大島直人氏(左)
1964年大阪府生まれ。広告代理店を経て1987年にセガ入社。グラフィックデザイナーとしてソニックのキャラクターデザインを担当。ディレクターとして『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』、『『NiGHTS into dreams...』、『バーニングレンジャー』などに関わる。1999年にセガを退職しアートゥーンの立ち上げメンバーとなり、『ブリンクス・ザ・タイムスイーパー』などを制作する。現在はアーゼスト代表取締役副社長としてニンテンドー3DS版『マリオ&ソニック AT リオオリンピック』の開発も手掛ける。


飯塚 隆氏(中央)
1970年埼玉県生まれ。1992年にセガに入社しメガドライブ版『ソニック・ザ・ヘッジホッグ3』にプランナーとして参加して以降、『ソニックアドベンチャー』でディレクター、『ソニックカラーズ』ではプロデューサーと、ほぼ一貫して『ソニック』シリーズの開発に関わっている。これまで2度のアメリカでの開発を行ってきたが、2016年3月からは3度目の渡米を果たし、『ソニック』シリーズの統括役として活動する。


●衝撃の告白! じつはソニックはセガのコーポレートキャラクターではなかった!?

――本日はよろしくお願いします。ソニックチームの3人が顔を揃えるという貴重な機会なので、ソニック誕生秘話を思う存分語っていただければと思います。時系列を追ってお聞きしていこうかと思うのですが、まずソニックはどのように誕生したのでしょうか?

中 裕司氏(以下、) 先日探しものをしていたら、初代『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(以下、作品名を指す場合は『ソニック1』)の業者向けパンフレットを見つけたんですよ。『ソニック1』と『ソニック・ザ・ヘッジホッグ2』(以下、『ソニック2』)の音楽をドリームズ・カム・トゥルー中村正人さんが作ってくれたのはご存じでしょうけど、そのコンサートで配ったチラシが、じつはソニックが世に出たいちばん最初のタイミングなんですよ。

大島直人氏(以下、大島) 私、1990年に開催されたドリカムのライブツアー“WONDER 3”のパンフレットは持っていますよ。パンフレットにソニックの広告が掲載されていたし、それにツアーバスにもソニックのイラストが描いてあったんですよ。

 そうそう! そのときの写真って持っている?

大島 写真はないんですけど、デザインは私がしたから(元絵は)持ってます。そもそも私、トラックを見ていないんですよ……。

 ええ~、いっしょに見たじゃん! 覚えてない?(笑) 牧野(幸文氏。初期ソニックのサウンドを担当し、後にウェーブマスター代表として『ルーマニア』シリーズなどのプロデュースを手掛ける)と大島と俺と、たしか安原(弘和氏。ゲームデザイン担当)がいてさ。どうせならそのデザイン画を、記事に載せようよ! 俺もなんかもってこなくちゃって、そのときのスタッフジャンパーは持ってきたんですよ。

――ソニックがゲームとして初登場したのはいつになるのでしょうか?

 たしか、1990年の東京おもちゃショーが最初です。あのときのROMって持っている?

大島 さすがに持ってない(笑)。

 じつはゲームキューブ用の『ソニック メガコレクション』に収録したくてすごく探したんですが、見つからなかったんです。大島と「ハッタリかまそうぜ!」と異様にこだわって背景を7重スクロールさせたんですよ。内容としてはソニックが少し起伏のあるステージを猛スピードで走ることしかできていなかったんですけど、任天堂さんに対抗心を燃やして「メガドライブならこんなこともできるんだぞ!」って。

大島 でもPRの予算がなかったから、飾り付けのポップも私がカッティングシートと手描きで作ったものだったり。

――メガドライブの背景面は2面しかないのに、7重スクロールというのは、たしかにハッタリが効いていますね。

大島 ファミ通さんといえば、セガのゲームでキチンとページを取って紹介してくれたのが、おそらく『ソニック1』が最初なんですよ。それまでは『Beep! メガドライブ』(日本ソフトバンク刊)や『メガドライブFAN』(徳間書店刊)といったセガ専門誌には掲載されていたんですけど、ファミ通さんにはセガのタイトルが掲載されていなくて。

 だって“ファミコン通信”ですから(笑)。

大島 私は元々広告屋だったので、当時家庭用ゲームのパブリシティ担当になったばかりの竹崎(忠氏。セガ家庭用ゲームの名物広報マンとして活躍。現在はトムス・エンタテインメント取締役)さんといっしょに編集部にカートリッジ持参でお邪魔して「掲載してください!」とお願いにあがったら、「セガさんは初めて来られましたね」と言われてズッコケて。それまでは単に誰もファミ通さんに行っていなかっただけだったんです(笑)。

――そんなやりとりがあったとは(笑)。そうなると竹崎さんにもお話を伺ってみたいですね。ところで、ソニックはセガのコーポレートキャラクターとして誕生した経緯が……。

 (遮って)そもそもソニックって、コーポレートキャラクターとして認知されたことはないんですよ。

――ええーっ、本当ですか!?

 社内でコーポレートキャラクターを募集するタイミングと重なっていたので誤解されがちですが、それ以前の1990年ごろから『ソニック』は作り始めているんです。それと同時期に、セガは東京証券取引所に一部指定(二部上場は1988年)を受けていて、社歌を作るなど会社らしく成長していくタイミングだった。その一環としてコーポレートキャラクターを作ろうという話が持ち上がったんです。社内公募で200程度のキャラクターが集まった中、ソニックは最終候補の8案にまで残ったんですよ。僕らは大喜びしたんですが、けっきょくはどれがコーポレートキャラクターになるかは決まらずに流れたんですよ。

大島 私、そのプレゼンを当時の社長にしましたよ。私は中途採用だったので同期社員がいなかったこともあって、トイ事業部などいろんな部署の人に頼んでぬいぐるみやステーショナリーグッズなどを作ってもらったうえで、ゲームが動いている形で挑んだんです。

 思い出した。それでも公式なアナウンスはなかったと思うよ。大川(功氏。CSKグループ創業者で1980年代よりセガの会長を努め、2000年からは社長も兼任)さんが社長の時代には一度名刺にソニックが印刷されていましたけどね。

飯塚 隆氏(以下、飯塚) 20周年のときにも名刺をソニック柄にしたことがあります。あとは名刺に貼る用のシールを作ったりもしましたよね。でも公式にコーポレートキャラクターになった事実はない(笑)。

 社歌の“若い力”なんかは会議の決議を経て決まっているんですが、コーポレートキャラクターを決める会議はその後行われていないと思います。

飯塚 だから、というわけではないのですが、今回私がアメリカへ渡り、現地で直接キャラクターIPのハンドリングをすることになりました。

●ソニック誕生までの紆余曲折。エッグマンも主人公候補だった!

――改めてソニックが誕生するまでのお話をお伺いします。先ほどのお話だと、ソニックはゲームありきで誕生したとのことですが。

 ソニックがハリネズミになるまでって、紆余曲折を経ているんですよ。キャラクターとしてキチンと動き出したのは、耳で物を持って投げるアクションを備えたウサギになってから。でもライバル視をしていた『スーパーマリオブラザーズ』とは違って、スピードの速いゲームを作ろうとして試行錯誤していました。


大島 まだキャリア3年目くらいのペーペーな自分でしたが、ナンバーワンプログラマーと呼ばれていた中さんと仕事をしたいと、いっしょになってキャラクターを作り始めたんです。完成形がどういうゲームになるかのイメージが浮かばないなかで、前述のウサギをデザインしたところ中さんは「俺はもっと、ボールみたいになって転がっていくのが作りたい」といったんです。

飯塚 (ボソリと)『パンダコパンダ』ですよね。

大島 そうそう。イメージソースは『パンダコパンダ』(1972年公開の劇場用アニメ。監督は高畑勲氏、脚本は宮崎駿氏で、『となりのトトロ』の原型とも評される)だって。

 ゲームの企画を考えるたびにパンダを主人公にしたくて、『パンダコパンダ』の話をしていたんですよ。僕も大島も宮崎駿さんの作品が大好きなんでね。

大島 で、それまで考えていたキャラクターがボールになることを想定していなかったので、「さて、どうしよう」とまた悩んで、最終的にたどり着いたのが、ハリネズミとアルマジロなんです。

 でんぐり返しで転がって敵を倒すというのは僕が高校生のときから温めていた秘蔵のアイデアで、本音では使いたくなかったんです。でも、ウサギが物を投げるゲームだと、物を投げるたびにいちいちストップするのがイヤだよね、という壁にぶち当たったときにしぶしぶと披露をして。

(一同笑)

 でも、大島は理屈っぽいから「丸まって敵を倒すとかおかしいじゃないですか!」って反対してね(笑)。だったらハリネズミやアルマジロといった、背中の硬い動物にしようとなって企画が転がっていったんです。デザインの中には後のドクターエッグマンとなるキャラクターもいたんですけど、それも主人公候補のひとりでしたから。

大島 個人的なイチオシはエッグマンで、デザイン段階ではもっと体が丸かったんです。ソニックの体の色を青にしたのは、セガのイメージカラーにあわせてですね。

 名前を決めるときもひと悶着あって、光速は英語で“ライトスピード”……しっくり来ないなと。話し合いが深夜までもつれ込んだときに、誰ともなしに口にした「音速は“ソニック”って言うよ」というのを聞いて「それだ!」って。アルマジロじゃなくてハリネズミになった理由は、トゲがあるほうがスタイリッシュでカッコよかったからだったよね。

大島 そうですね。それで、クラシックソニックのイラストができあがる前段階では少しデザインにツメの甘い部分があったんですが、アミューズメント部署のデザイナー牧野(卓氏。『戦国大戦』などのカードイラストを手掛ける)さんにお願いしてフィギュアを作ってもらったんですよ。あの当時の型が残っていたら、また作って欲しいなあ。

 『超人ロック』の髪の毛みたく、ソニックの頭部がどんな形なのかを把握できていなかったんですけど、牧野さんが立体にしてくれたことで大島がさらに理解して、ソニックのデザインがさらにリファインされていって完成に至ったんです。一度立体物を作るという流れは、まるでピクサー映画の制作過程みたいでしたね。

大島 当時ハリウッドで流行のやりかたを、ちょっと真似をしたところはあるかも(笑)。

飯塚 立体物といえば、25周年記念でクラシックソニックのフィギュアをプライズ景品として制作中です。6月25日に開催されるバースデーイベントには間に合うと思います。

●『ソニック』が完成してヒットとなるも、裏では驚くべき事態が!

――話は『ソニック』完成後に移りますが、大ヒットの裏では驚くべき事態が進行していたんですよね。

大島 衝撃的でしたよ。会社にいったら「中さんが辞めた!」と聞かされて。

 誰にも言っていなかったからね。『ソニック』の発売前に辞めたから。俺は『ソニック1』が絶対に売れると思っていたけど、当時の上司がまったく評価してくれなかったんです。そのことが不満で、「だったら会社を辞めてやる」というのが真相です。常務からは残れと説得されていたんですけど、けっきょく辞めることになって。

――当時のオフィシャルな情報としては、中さんはアメリカのセガに転属して『ソニック・ザ・ヘッジホッグ2』を制作していたということになっていましたが、実際は一度退職されていたんですね。

 そうなんです。退職した後の6月にたまたま訪れたセガでマーク・サーニー(米国のゲームデザイナー。1990年代にセガに在籍し『ギャラクティックプロテクター』などのセガ・マークIIIタイトルを手掛ける。代表作は『マーブルマッドネス』、『クラッシュ・バンディクー』や『ラチェット&クランク』など多数)に偶然出会ったんです。彼とは以前にいっしょのプロジェクトをやっていたので「ヒマだろうからアメリカに遊びにおいでよ」と言われて、6月に渡米しているんです。のちに『ソニック2』を開発することになるSega Technology Instituteのオフィスを訪ねて、3日間くらいいたんですけど、豊田信夫さん(セガ・オブ・アメリカの設立に大きく関わる。現・Unityの日本支社であるUnity Technologies Japan代表取締役)に呼ばれて「ここに来て働かないか」と口説かれて、2ヵ月後にはアメリカにいましたね。ですので、あのときセガのロビーでマーク・サーニーに会わなければ『ソニック2』はなかったんです。

大島 じつは私もアメリカ行きの話をされていて、渡米の準備をしていたんですよ。

 そうなの!?

大島 渡米の準備をしていたところ、中さんがアメリカで働くことになった途端に当時の社長に呼ばれて「中がアメリカで働くことになったので、大島は日本に残ってくれ」と言われて「はぁー!?」ですよ。僕のつぎの候補だった山口(恭史氏。『ソニック2』にはゾーンアーティストとして参加。現在は漫画家・イラストレーターとして活躍中)が代わりにアメリカに行って。

――そういう事情があったんですね。

 僕からしたら大島は呼んでもこなかったって印象なんだけどなぁ。安原(弘和氏。初期『ソニック』シリーズの多くにプランナー・ディレクターとして参加。現在もゲームデザイナーとして活躍中)は呼んだら来てくれたのに。そうか、大島は止められたのか。

――となると中さんと大島さんのあいだではコミュニケーションは取れてなかったのでしょうか?

 まったく交流がなかったわけではないですが、電子メールすらない時代なので、いまほど気軽にはコミュニケーションは取れなかったですよね。たまの電話かFAXがせいぜいで、あとはある程度できあがったROMを帰国したタイミングで見てもらうくらいですね。

大島 企画どうしの辻褄があうように、最低限のコミュニケーションは取っていました。『ソニック2』のメカソニックと、『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』(以下、『ソニックCD』)のメタルソニックがそれで、「中さんが作っている『ソニック2』にメカソニックが登場するらしい」というのを聞いて、郵送でメタルソニックのデザインを送った記憶があります。

 覚えてないなあ。山口とのやり取りだったんじゃないかな。なにしろ当時はハンパなく忙しかったので、いろんなことに手が回ってなかった。当時アメリカにいた飯塚ならわかるでしょ?

飯塚 とにかく人手が足りなかったんですよ。それに対してプロジェクトの規模が大きかったので、とにかく仕事漬けでしたね。

 日本にいればスタッフがたくさんいるので助っ人を依頼することもできますが、アメリカは少人数で、自分たちでなんでもやらなくちゃいけない。しかも発売日は決まっているので、とにかく全力疾走しないといけなかった。それは『ソニック』シリーズ全般にも言えることで、『ソニック1』なんて実質5人で作っていましたからね。音楽を担当した人を含めても7人。『ソニック2』のときになって、やっと10人程度。

飯塚 『ソニック3』で12人でした。

――意外です。ソニックチームという名前のためか、もっと大勢の人が関わっているイメージした。

 飯塚がアメリカに来たときは超修羅場で、会社に住んでいるみたいな感じでした。新入社員なのにそんな状況に放り込まれて。

飯塚 私が入社したのがアメリカで『ソニック2』を作っている1992年。つぎに『3』をアメリカで作るとなったときに当時の上司に「アメリカでやらないか」と言われて光栄に思いましたね。

――そこで『ソニック2』はどのように作られたのでしょう?

 『1』のころから大島とずっとふたりプレイのゲームを作りたいねと言っていて、『ソニック1』の開発の最後の段階で試作しているんですよ。若さもあったので、忙しいにも関わらず、やりたいことならいくらでもやっていた時期だったので。そして画面分割をして動くところまでを作ったんですけど、インターレース表示ではなかったので見えなくて遊べなかったです。その思いがあったからアメリカで『ソニック2』の話を聞いて「メガドライブでふたり同時プレイが可能なら『ソニック2』を作ろう」という気持ちになったんです。その後、インターレースの実験を2ヵ月くらいやっていて、1991年の後半にメドがたったんです。ちょうどそのころ『ソニック』が巷では大ブレイクしているころでした。

――そうしてふたりプレイが可能となったことで登場するのがテイルスですよね。

 山口イチオシの“横回転するタヌキ”ね(笑)。

飯塚 いま思うとそれってタヌキマリオと丸かぶりですよね(笑)。なんでキツネに変わったんでしたっけ?

 たしか空を飛ばせる必要があってしっぽを2本にしたときにキツネになったんじゃなかったかな。テイルスといえば、本名のマイルス・パウアーというのは山口の発案だったんですけど、セガ・オブ・アメリカがいつの間にかテイルスという名前を発表していたんです。それに対して山口が非常に腹を立てて、会議まで開かれたんですよ。その解決法として、テイルスを愛称にして本名をマイルス・パウアーにしようということになりました。そもそもなぜマイルスかというと、速度の単位である音速=ソニックに対して、時速=マイルス・パー・アワー(miles par hour)から名付けました。

――掛詞だったんですね。

 そういうことです。で、そんなことがあったものだから、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ3』(以下、『ソニック3』)の新キャラクターの名前を決めるときはセガ・オブ・アメリカの社長が直々に来ていっしょに決めました(笑)(⇒関連記事はこちら)。で、「拳でモノを殴って壊すからナックルズはどうかな?」みたいな。

飯塚 当時の社長のトム・カリンスキーですね。その横にマーケティングヘッドのパメラ・ケリーがいて。彼らと我々開発者とで同じテーブルに向かい合って、動物図鑑を見ながらああでもないこうでもないと(笑)。それでエキドゥナ(ハリモグラ)はどうだという流れで決まったんです。

 かなり異例なことだったよね。でもそうやってキャラクターの能力から名前もデザインも決まっているので、いまでも通用するキャラクターとして残っているんでしょうね。そういえばファミ通さんに初めて『ソニック2』が掲載されたときに、記事に「ソニックの後ろをついてくる妹のテイルス」という書かれかたをしていたんですよ。そのおかげでテイルスが女の子という情報がゲーマーのあいだに広まってしまって(笑)。その後セガから「男の子なんですよ」という訂正をすることになりました。

大島 開発者の我々もわからなかったくらいでしたから。

飯塚 私も日本でデバッグをやっていたので、「タイトル画面に出てくるこのキャラクターは男と女、どちらなんだろう」と悩んでいましたよ(笑)。資料はないからタイトル画面で判断するしかなかったんですけど、そのテイルスにはまつげがあったので、どちらにも見えましたよね。

大島 そうそう! わからなくて私、山口に電話をしているんですよ。「男の子、女の子どっち?」って。

 本当? もしかしたら山口はそれでもう一回怒ったかもね(笑)。でも当時はROMを送っただけだったから仕方ないか。

●マクドナルドにMTV。大ヒットの裏で大渦に巻かれていた『ソニック3』

――『ソニック2』完成後、『ソニック3』の制作に取り掛かられた。

 たいへんだったけどおもしろかったよね。『ソニック2』のときはスタッフの半分くらいが外国人だったんですけど、英語でのコミュニケーションなので微妙なニュアンスが伝わらないんですよ。『ソニック2』にちょっと変わった色合いのステージがあるのはそのせいなんです。なので、『ソニック3』のときは日本人をもっと入れようということで飯塚たちに来てもらって。飯塚はその1993年からずっと『ソニック』シリーズに関わっているわけでしょ? いやぁ、すごいことだ。

飯塚 アメリカで初めて中さんと会ったときには「ド新人なんかよこしやがって!」って言われましたけどね(笑)。

 いまとなってみればありがたい話なんですけど、当時の切羽詰まった状況の中ではベテランを派遣してほしかったんですよね(苦笑)。でも仕事の吸収がすごくよかったので、『ソニック3』を何とか間に合わせることができたんですよ。

――『ソニック3』のだだっ広いマップは安原さんと飯塚さんの血と汗の結晶でしたか(笑)。

 しかも飯塚が来た1993年1月ごろの『ソニック3』は、SVP(セガ・バーチャル・プロセッサ。カートリッジに搭載することでポリゴン描画を可能とするチップ。メガドライブの『バーチャレーシング』に使われた)を使って3D版の通称『ソニック3D』を試していたころなんですよね。まだ基礎研究の段階で、『ドラゴンボール』の界王星みたいな小さな球形フィールドをソニックが走り回るようなデモができていたくらい。それをどうゲームに落とし込んでいくかという段階で、1993年にマクドナルドのハッピーミール(日本でいうハッピーセットのおもちゃ)を出すという契約が決まったんですよ。会社厳命でそこに間に合わせないといけなくなったのですが、SVPの生産も時間がかかるし、それ以前に3Dにしていたらとてもじゃないけど間に合わない。それから『ソニック3』が完成するまでの約半年間は、修羅場となったわけです。なので、『ソニック1』~『ソニック3』の中では、『ソニック3』がいちばん開発期間が短いんです。

――アメリカでの中さんは、もっとプロデューサー的な立ち位置だったのかと思っていました。ソニックというキャラクターの管理もある程度されたりとか。

 いやー、ずっとプログラムをしていました。IPの管理という面では、日本とアメリカでも別々の動きをしていたんです。でも、アメリカで『ソニック』を作っていてよかったのは、子どもたちを会社に呼んでのテストプレイをくり返したことで、「ああ、そこでゲームオーバーになるんだ」、「ここが楽しそう」と、遊んでいる反応を目の前でリサーチできたことがいい効果をもたらしたと思います。キャラクターのデザインを決めるのも、子どもたちに「これどう?」と絵を見せて決めていったんです。

飯塚 私がアメリカにいた1年半のあいだ、そういうことをずっとやっていました。そういう中から『ソニック3』や『ソニック&ナックルズ』が完成していったんです。それに開発漬けとは言っても、たまの休暇ではアメリカを満喫していましたしね。そのときの楽しさと仕事に集中できたという記憶があるから、アメリカに対してはいい印象を持ったまま帰国して、のちに再度アメリカに行くことになるんです。

●社長の鶴の一声で日本に残ることになった大島氏。ソニックCDの真の姿とは!?

――一方で大島さんは日本で『ソニックCD』を手掛けられていたわけですが、そのときはどんな様子だったのでしょう?

大島 『ソニックCD』の話が上がったときは会社に「プログラマー中さんあっての『ソニック』なので無理ですよ」と言ったんです。それでも「優秀なプログラマーを付けるから」ということで、山本(山本敬一氏。メガドライブ版『ストライダー飛竜』などのプログラムを担当)さんが参加してくれて。でも実現できないこともあって、「やっぱり、中さんじゃないとダメなのかな」という気持ちになったのを覚えています。

飯塚 プログラマーのせいではなく、たぶん大島さんの要求がハードの限界を超えていたと思います。最初はソニックがタイムワープで走り抜けたら、背景が一瞬で別の時代に変化するというアイデアでしたよね?

 ローディングがあるからそれは無理だよね。しょうがないからタイムワープ時にソニックが上に飛んでいくシーンを入れて「時代が替わりましたよ」って演出があってね。

大島 『ソニックCD』の移植版を見るたびに、「お願いだからあのシーンはカットしてほしいんだよぉ!」と思っているんです。いまだったらオンメモリで全部入るはずなのに。じつはステージマップって4つの時代がどこで変化してもいいように作ってあって、一瞬でガラッと地形が変るという演出がキモだったんです。最初はそれができるっていってたんだけどなぁ……。

 2011年に『ソニックCD』がiOSに移植されたときも「このシーンいらないのに!」って、すごく怒っていました。ですから、もし移植してくれた人がこの記事を読んでいたら、そのシーンをなくした“ディレクターズ・カット版”を作ってあげてください。

大島 してくれたらすごくうれしいし、自分で遊んでみたいですよ。

 『ソニックCD』と言えばエミー・ローズが登場しますけど、僕らアメリカにいた側からすると、それがナンパに思えたんですよ。ソニックのガールフレンドとしては、すでにグラマラスな大人の人間女性“マドンナ”が設定されていたんですね。それがあったので、すごく違和感を覚えた記憶がありますね。

大島 あれはライセンスビジネスを担当していた当時のキャラクター部から「ミッキーに対するミニ―にあたる女の子キャラクターがほしい」と言われてデザインしたんですよ。でも、マドンナの要素はエミーにも受け継がれていますよ。

 この当時Jリーグが発足するから、それ用にソニックのイラストを描いてという依頼が来たんだよね。

大島 私はただ「ソニックがサッカーをしているイラストが必要」という発注だったので、少年サッカークラブか何かだと思って数10分で描き上げたら、ジェフユナイテッド市原のユニフォームの胸元にデザインされていて驚きました。たしかマジックで描いたと思います(笑)。


●高まる一方の『ソニック』人気。世界各地での『ソニック』フィーバーの舞台裏では……!?

――そうして皆さんがゲーム制作をされているあいだも、ソニックというキャラクターはどんどんと人気を獲得して、MTVのキャラクターに採用されるなど知名度もアップしていきました。『ソニック』が人気になっているのをどこで実感しましたか?

 いちばん記憶に深いのは、マクドナルドさんのハッピーミールに選ばれたときですね。「グッズを全世界向けに2億個近く製造してもらえる」というのを聞いて、喜んだのと同時にプレッシャーに感じた覚えがあります。『ソニック2』は百万本単位でヒットしたんですけど、それとはケタ違いに大きな数字で、かつそのキャンペーンまでに『ソニック3』を完成させないといけなかった。結果、『ソニック3』をふたつに分ける形で出さざるを得なかったのは申し訳なかったです。

飯塚 じつは制作期間だけでなく、カートリッジの容量が足りなくて、すべてのデータがROMに入り切らなかったというのも、『ソニック3』がふたつに分かれた理由なんですけどね。

 ほかには『ソニック2』のときの出荷式も思い出深いです。工場でソフトをトラックに積みこむシーンを新聞メディアに「ついに『ソニック2』が出荷!」という形で取り上げてもらったんです。僕は立ち会えなかったんですけど、ヨーロッパではロンドンのヒースロー空港に到着したジャンボジェットのカーゴ便4機からソニックがソフトを持って出てきたと聞いて、「うわ、ブレイクしてきているな」と実感しました。

――『ソニック3』では、MTV主催で世界規模のゲーム大会が行われましたね。

 「アルカトラズ島(サンフランシスコ湾の沖合にある島。昔は刑務所として使われていた)を借りきったからイベントやるよ」って聞かされてスケールが違うなって(笑)。ホテルからアルカトラズ島まで行くのが護送車で、サンフランシスコ警察の非番の警官を呼んだりして、いちいちショーアップするんですよ。どうやっているのかわからなかったんですけど、街中の信号をどんどんと青に変えていったり。すごかったなあ~。

飯塚 MTVのプロモーションが決まったときは、まだ『ソニック3』を作っていた最中だったんですけど、マーケティング担当が来て「ゲーム中に牢屋に捕まっているシーンを入れてくれ」と言ってきたんですね。アルカトラズのことは聞かされていなかったし、ゲームの展開的にも無理があったので「そんなのできないよ」と断ったんですけど、いま思えば入れておけばよかったですね。

――『ソニック』の人気とともに関わる人や組織がぐんぐんと大きくなっていったわけですね。

飯塚 そうですね。1993年11月にはMACY's Thanksgiving Day Parade(アメリカの有名デパート・メイシーズが感謝祭シーズンにニューヨークで行うパレード)もありました。

 あったね! ソニックの巨大バルーンが登場すると言うから、寒い中ニューヨークまで行ったんですけど、いくら待ってもこなかったんですよ。あとで話を聞いたらスタート直後に風に煽られてプシューッと萎んでしまったって。

飯塚 途中でソニックのTシャツを着ている団体が歩いていて「もしかしてあれじゃないの? でもバルーンが来てないし」って。誰も状況説明をしてくれないので、終わるまでまったくわかりませんでした。

 あのパレードは、ガーフィールドやスパイダーマンなど、有名キャラクターじゃないと選ばれないんです。その中にソニックが登場できたのはすごくうれしかったです。

飯塚 私にとってはあの瞬間に、ソニックがアメリカで国民的なキャラクターになったんだなというのを実感しました。モノがこなかったのが残念でしたけどね(笑)。出発前に見に行けばよかった。

――日本にいた大島さんは、実感がありました?

大島 私はないんですよ。アメリカですごい人気だと言われはするものの、現場を見ていないので。

 年末のCMで「全米で大ヒット!」とかいうキャッチフレーズもあったじゃない?

大島 そういうのって、実感じゃなくて情報でしかない。目の前で見るとまた違うんでしょうけど。でも、私がいちばん尊敬するウォルト・ディズニーが創作したミッキーマウスを、ソニックが人気ランキングで上回った年があったんです。そのときはさすがに「ミッキーを超えたーーー!」と興奮しましたね。ソニックの下にシルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーがいて、「すごいことになっているぞ!」って。1994年ごろかな。

●“潜伏”が続いたサターン時代。そこからの『ナイツ』と『バーニングレンジャー』

――時代が下ってセガサターン時代のお話を聞かせていただきます。セガサターン前半は『ソニック』シリーズの発売がなくて、「ソニックチームはいったい何をしているんだろう」という気持ちがありました。

 「もう『ソニック』は作りたくない」という気持ちだったんです。「セガサターンは『ソニック』がないから人気が出ないんだ」という声も届いていましたが、4年間『ソニック』漬けだったので、新しいゲームを作りたかった。そこで大島・飯塚と作り始めたのが『NiGHTS into dreams...(以下、『ナイツ』)』なんです。『ナイツ』は作るのに2年間かかっていますからね。その後にファンには申し訳ないなという気持ちになって、セガサターンの開発環境で動く『ソニック』を作り始めるのですが、それが後の『ソニックアドベンチャー』です。ただ、セガサターンでテストの1ステージを作ったあたりで、次世代機ドリームキャストの話が出てくるんですよね。結局社命があって、プロジェクト自体はドリームキャストにシフトするんですけど、せっかく作ったセガサターンで動く『ソニック』を何かに活かしたいと思って、『ソニックJAM』のギャラリーモードとして実装しました。

――『Project SONIC』という一連のシリーズになりました。

 あの当時はメディアのインタビューが増えた時期なのですが、ユーザーさんには「サターン版は中止になった」とは言えないし、ドリームキャストのことも表明できないしで、なかなかツラい時期でしたね。それでもドリームキャストのローンチソフトにするために全力を尽くしていました。

――『ソニックR』もありましたが、あれは海外開発でしたね。

 トラベラーズテイルズ(後に『クラッシュ・バンディクー』を手掛けるイギリスのデベロッパー)ですね。何度もイギリス出張をして監修をしました。

――せっかくなのでもう少し『ナイツ』についてもお聞かせいただけますでしょうか。

飯塚 日本に帰国した私と中さんに大島さんが合流して、セガサターンを代表する新たなキャラクターを生み出そうと始めたのがきっかけです。ゲームの企画を練っているときに中さんが言ったキーワードが“空をとぶキャラクター”と“飛べない鳥”だったんです。「飛べない鳥が最後に飛んだらすごく感動的だよね」と言われて。

 言葉や映像じゃなくてゲーム体験で感動させたかったんだよね。

飯塚 でも中さんから渡されたそのキーワードって、“空を飛ぶ”と“飛べない鳥”で最初から矛盾しているんですね。当時は若くて柔軟性がなかったせいもあってか、企画が形になるまでは本当に頭を悩ませました。

大島 私としては新しいモノが作れることに喜びを感じていましたね。あちこちで言っているんですけど、同じゲームを何度も作るのは好きじゃないんです。理想は宮崎駿さんみたいに毎回違った作品で皆さんに楽しんでもらいたい。だから、中さんたちが戻ってきてまた新しいモノが作れるという喜びが大きかった。これもいまだから話せることですが、営業サイドからは「『ソニック』を作ってくださいね!」という強烈なプレッシャーがあったんです。それで、セガサターンの新作プレゼンテーションでは「今度のソニックは空を飛びます」と言ったんです。

――じつはソニックではなく新しいキャラクターだということは言わずに!

大島 それを言ってしまうと反対されるに決まっていますからね。それで試作版が完成して営業に見せたら「『ソニック』じゃないじゃないか!」と言われつつも、「おもしろそう」だとも言ってもらえて一安心しました。

 『ナイツ』はとにかく開発期間が長かったですね。2年くらいかかっていて、いままで手掛けたゲームの中でも最長クラスなんじゃないかな。

――蒸し返しますが、ユーザー視点からするとその2年間は“ソニックチームの潜伏期間”に思えていました。

 『ナイツ』はとにかく悩んでいた時期が長かった。あるとき飯塚が「最後に飛べて気持ちいいなら、気持ちいいところだけ作りましょうよ」と言い出して(笑)。「そんなんじゃ、感動しないだろ!」と言い返したのを覚えていますね。

飯塚 どんなゲームになるのか誰もわからない状態で、アイデアが出るまで悩みに悩みましたね。

 最初はヤンバルクイナがモデルだったんですけど、大島はあまり食いついていなかったね。

大島 『ナイツ』のスタッフロールでは、中さんがプロデューサー、私がディレクターになっていますけど、私がいちばん興味があるのはキャラクターなんです。中さんといっしょにキャラクターを作る作業に没頭していて、ゲーム部分は飯塚に任せていたんですね。ですので、最後に主人公が空を飛ぶシーンを知らなくて、テストプレイ中に「ああっ、飛んだぁ!」って(笑)。

 感動ポイントにハマってくれたわけだね(笑)。そうやって、泣かせるためにはどうするかということを考えて、飯塚は夢の世界の研究に入っていくわけです。

飯塚 毎日出社したら「どんな夢を見ました?」ってチームのみんなに聞いて回る夢判断をしていましたね。

 ユングとフロイトの書物を読んだりしてね。フィールドの色設定に関してもそういった研究から生まれてきたので、深層心理に働きかけるようになっているはずなんですよ。

飯塚 エリオットやクラリスの心情の変化にあわせてステージが構成されているんです。

大島 じつはこの3人の役割分担は、プレイヤー周りは中さんと私、ゲームは中さんと飯塚、世界観周りは私と飯塚というトライアングルで作られていったんです。あんまり3人同時でしゃべった記憶がないんだよね。

 仲が悪いみたいな言いかたじゃないか(笑)。

大島 作っている最中はそういう役回りだったってことです(笑)。

飯塚 最後の飛ぶシーンはサウンドのササキトモコさんと感動させるためにはどうしたらいいかというアイデアを練って。一瞬無音になってBGMが始まるのはササキさんのアイデアなんですよ。

 同時期にもうひとつの泣きポイントとして、エンディングムービーがあがってくるんです。やっと音がついたばかりのモノを見たら、その時点で涙がジワッと出てきて。「作っている途中でこれなんだから、完成したら絶対に感動させられる!」という手応えを感じましたね。

――感動させるというテーマは、『ソニック』とはまた違ったところを狙ったわけですね。

(全員) そうですね。

 爽快感を狙った『ソニック』に対して、『ナイツ』では物語を体験させようということ。それが最大の違いでした。

大島 マーケット的なことでいうと、アメリカは『ソニック』で制したので、『ナイツ』はヨーロッパで勝ちたいという気持ちがあったんです。

――それは営業サイドからの要望が?

飯塚 いえ、単に我々の思いです。

 そこはかなり自由にさせてもらえましたからね。セガサターン初期くらいまでは現場の裁量でいろいろやらせてもらっていました。

大島 ちなみに、『クリスマスナイツ』は会議から戻った中さんが「大島ーッ! 年末タイトルをなんか出せ!」って言って、急遽作ったタイトルでした(笑)。理由を聞いたら、ほかのプロジェクトのスケジュールが全部遅れて年末に売るものがないというものでした。

飯塚 そういう経緯なので、『クリスマスナイツ』は売るものじゃなくて、無料で配布するキャンペーンソフトにしようということになったんです。けっきょく本体やマルチコントローラーに付属する形で流通をしましたが、それ以外にも電話申し込みでほしいユーザーさんに提供しようと。ですので、製造コストと発送料の実費だけユーザーさんに負担していただいて提供をしたんですよ。

 それはたしか竹崎が考えたんだよね。

――ゲームを作る側と売る側との剣呑さが見え隠れしますね。

 それはいつの時代もあるんじゃないですか? 営業サイドが思っていることはあるけど、開発は思い通りのものを作ってこない。逆に、こちらから「何を作って欲しいの?」と聞いても彼らからは「売れるもの」という答えが返ってくる。だったら、「こちらに任せてよ」というね。クリエイティブさと商売の狭間というのは永遠の課題ですね。

大島 ゲーム会社にとっては経営者の考えかたがすごく重要なんだと思います。

飯塚 そういう意味では、社是の“創造は生命(いのち)”という言葉の存在が大きいですね。開発はつねにチャレンジしていました。そういった意識がセガのゲームを形作っていたので、「こんなの見たことがない!」という感動体験を生んだんだと思うんです。

――ちょっとだけ『バーニングレンジャー』の話を聞かせていただきたいのですが。

大島 『ナイツ』が終わって、また違った楽しいものを作るチャレンジをするために、ソニックチームがやらないようなタイトルに挑戦してみようと“萌え系”をやってみようかというのがきっかけでした。ちょっとオタク気質のユーザーを狙ったもの。そこから会社の中でそういうのが得意な人を集めて、私も萌え絵を練習しはじめたんです。

――なんと!

大島 でもそれはできなかった。描いても描いても「デッサンが整いすぎです」、「もうちょっと崩したほうが」と言われて諦めるんです。それでもう少しアニメ系にしようと、消防士とくっつけてあの形に落ち着いて。

 大島はヒーローものが大好きなんですよ。アメリカで身近なヒーローと言ったら消防士なので、それをやろうってね。

大島 それでキャラクターデザインをアニメーターの越智博之さんにお願いしたいと思っていたんです。ちょうどそのころセガとバンダイが合併を発表したタイミングだったので、アニメムービー制作もバンダイさんでお願いできないかと考えていました。それでしばらく待っていたんですけど、いろいろあって合併は解消となってしまう。なので、急遽セガの子会社だった東京ムービー新社(現トムス・エンタテインメント)にお願いするのですが、やはりパッケージだけは越智さんにお願いしたいということで描いてもらいました。

 そんな合併の話もあったよね(苦笑)。

大島 でもゲームシステムには自信があるんですよ。ビジュアル面でも、セガサターンではできなかった半透明処理をプログラマーが実現したり。

 そうだね。スクロール面をまるまる描いたり。プライオリティーもつけにくかったり。2CPUを使い切ったりして、あれこそサターンのハードをしゃぶり尽くすような作りをしていたので、移植がしにくいんですよ。

飯塚 移植を望む声はいまだにありますね。

大島 今風のシリアス版を作ってほしいね。ハリウッド版みたいなね。

 当時のそのままでもいいんじゃない? ていうか、奥成(奥成洋輔氏。『セガ3D復刻プロジェクト』プロデューサー)にも「『バーニングレンジャー』の移植はお前の仕事だから」と、強く言ってありますから。

飯塚 そう言えばゲームがほぼ完成して、あとは売るだけに近いタイミングで、海外担当者から「『バーニングレンジャー』って、現地のニュアンスだと自分が燃えていることになるんですけど」という指摘が入ったんです。ですので、外国人からしたらあのタイトル名には違和感があったかもしれないです(笑)。

●次世代ハード・ドリームキャストの登場。『ソニック』も未来基準に新生

――ドリームキャスト時代のお話を伺っていきます。一度はやりたくないとまでになった『ソニック』というタイトルに、気持ちが回帰していった流れを覚えていますか?

 セガサターンがセールス的にきびしかったのは『ソニック』シリーズがなかったから、という声があったのはすごく大きかったですね。言い訳になりますが、『ナイツ』は2年をかけるつもりはなかったんですよ。1年くらいで作り終えたら、そのつぎに『ソニック』シリーズの新作を作ればくらいに思っていたのですが、結果としては2年のブランクができてしまう。そうした、すごく申し訳ない気持ちのままつぎに向かっていったんです。ハードのローンチに相応しいような性能を使ったものであったり、初の3Dであったり、キャラクターデザインも変えたしと、なにしろチャレンジづくし。ソニックをしゃべらせるかどうかでも、ものすごい議論をくり返しましたね。

――いろいろと話題の提供がありましたよね。ソニックチームが南米へと取材旅行に行ったり。

 そうそう。大作としての話題性を作ろうということで、メキシコとグアテマラとペルーに2週間の取材旅行に行きましたね。飯塚が「『インディージョーンズ』のロケハンが行われたところに行こう」とプランを考えてね。でもきっかけとしては、鈴木裕さんが『アウトラン』を作るときにアウトバーンに取材旅行に行っていたんですよ。それがずーっとうらやましくて、「もう、このチャンスしかない!」と、クソ忙しい中で6人のスタッフを引き連れて現場を離れるという(笑)。

大島 そのとき私は『バーニングレンジャー』の制作ですよ。開発時期が並行していましたからね。

――また大島さんだけ居残り……(苦笑)。

飯塚 取材旅行には、テクスチャーの収集目的もあったんです。それまではデザイナーが手書きをしていましたけど、ドリームキャストの時代になると写真がそのままテクスチャーになる。ですので、ゲーム中に遺跡が登場するなら南米で実物を撮影しようと。

 フィルムの現像代がすごいことになっていたね。

――新しいチャレンジをたくさんしている『ソニック』ですが、逆に“『ソニック』らしさ”とでも言うべき変えなかった点はありましたか?

大島 私は『ソニック』を新しくするということで、どれだけ脱皮してくれるかが重要だと思っていたんですよ。『バーニングレンジャー』を作りながら横から「もっと変えろー!」とゲキを飛ばしていました。飯塚はディレクターだったから彼なりのビジョンを持っていたんでしょうけど、若いスタッフにとってはいままでの『ソニック』という存在が大きかったので抜けきらなかった。

飯塚 それもあって、うちの上川(祐司氏。『ソニックアドベンチャー』以降のシリーズのキャラクターデザインを担当)に新しいソニックのイラスト描かせたんですよ。

大島 最初に私が「これくらいやりなよ!」と渡したスケッチは、ムキムキの親父に棘の生えた凶暴なモノだったんですけど、上川は「こんなことしたらファンに殺されます」って反応でした(笑)。

――飯塚さんの中でのビジョンはどのようなものだったのでしょう?

飯塚 それまでの『ソニック』は、ストーリーは取扱説明書に書いてある程度の簡単なものだし、どういったキャラクターかはプレイヤーの想像の範疇だったんです。でも『ソニックアドベンチャー』ではソニックはしゃべるし、物語もちゃんとある。そこで皆さんが思い描いているソニックを裏切らないように、いちからすべてを構築することを意識しました。ですから、クラッシック・ソニックのイラストが持つ“ちょっと生意気だけどかわいくてスピードが速い”というイメージは残すという意識でいました。それがあって、しゃべりかたがちょっと生意気だったり、アメリカ人っぽい「ワーオ!」といった口癖を取り入れたりしました。

大島 ストーリーって誰が考えたの?

飯塚 物語の大筋からセリフに至るまで西山(彰則氏。『ソニックアドベンチャー』でのシナリオ担当。以降も飯塚氏、上川氏とともに『ソニック』シリーズの監修に多く関わる)ですね。

――中さんはプロデューサーとしてそれらをジャッジする立場にあったかと思いますが、どういった点を意識されたのでしょう。

 僕自身、内心ここまでやっていいのかという不安な気持ちはありましたよ。ですが、3Dに切り替わるタイミングなので、ゲームのスタイルだけでなく、キャラクター造形も大きく変えました。ディズニー好きの大島の言葉を借りるなら、「ミッキーも時代に合わせて姿を変えている」ということですよね。ゲームデザイン的な話でいうと、ジャンプのタイミングですね。3Dになることによって足場の端がわかりにくくなるので、それをどうするかには気を使いました。『バーニングレンジャー』のときには大島と相談した結果、端に来ると自動でジャンプをするという手段で解決しました。ですけど、『ソニック』の場合は自分自身でジャンプをするゲームだろうという判断で、空中からのホーミング攻撃を用意することで、敵を狙っていくことで気持よく進んでいけるデザインとしました。

――2Dの『ソニック』と違って“落ち死に”することは少なくなりましたよね。

 明らかに落ちて死ぬ場面にしぼった結果です。2Dの『ソニック』では、我々の中で“安原セット”と呼んでいた、ジャンプ後にトゲが置いてあるような配置があるのですが、それを3Dでやるとすぐに死んでしまうので排除しました。そのためゲームの流れがだいぶ変わったかもしれませんが、3Dの『ソニック』の基準点はここで確立できたんじゃないかなと。

飯塚 3Dアクションの先人として『スーパーマリオ64』がありましたけど、初プレイしたときの私はどこにいけばいいのかがわからなかったんです。昔の『ソニック』は右方向にさえ入力していればゴールに行けたデザインでしたから、『ソニックアドベンチャー』もどこに行ったらいいか、わからないゲームにしたくなかったんです。進むべき方向にカメラが向くというシステムは、その思いから生まれました。

――『ソニックアドベンチャー』のハイスピードなライド感は、そういうところから生まれたわけですね。

飯塚 カメラの自動制御システムがなければ、3D版『ソニック』の誕生はなかったと思います。

 大きな変革をしたのに、よくドリームキャストのローンチ日……から約1ヵ月遅れで発売できたね。なんとか発売まで漕ぎ着けられてホッとしましたけど、スタッフはすぐにインターナショナル版の制作に取り掛かっていたよね。

飯塚 はい(笑)。

――キャラクターとして軸はありつつも、つねに変革を止めないというのは、いまに至るまでの『ソニック』の潮流になっていると言えそうですね。

飯塚 そうなんですよ。そのために、25年もやっている割にはナンバリングタイトルが少ないんです。つねに毎回新しいコンセプト、新しい売りを入れているので。

――そうして生まれ、育ってきたソニックが、いまではマリオとの共演をオリンピックゲームで果たしていますが、それについての感想はありますか?

 じつはマリオとの共演って、僕がやりたくて一度宮本茂さん(言わずと知れた任天堂クリエイティブフェロー。『スーパーマリオブラザーズ』や『ゼルダの伝説』などの生みの親)のところに、マリオとソニックが共演するアクションゲームを作りたいとプレゼンテーションに行っているんですよ。ゲームキューブのころに、プランナー4人くらいを引き連れて。その話自体は「ソニックとマリオがアクションで共演する明確な必然性がない」ということで残念ながら実現はしませんでしたが、ちょうどその当時、セガがオリンピックのライセンスを取得できたので、そのライセンスを活かしてキャラクターどうしが共演するという形にしてもらったんです。そのちょっと後に『大乱闘スマッシュブラザーズX』にソニックが登場しているんです。けど、それも僕が桜井さん(桜井政博氏。ソラ代表。『大乱闘スマッシュブラザーズ』シリーズや『光神話パルテナの鏡』などを手掛けるゲームデザイナー)に「ソニックを出してほしい」ということをお願いして実現したんです。オリンピックゲームは、僕の思いとはちょっと違いますが、世界中の子どもたちが共演を喜んでくれているのはいいことだと思います。でもいつかマリオとはアクションで共演を果たしてほしいですね。飯塚が必然性を見つけてまたプレゼンに行ってくれると思います(笑)。

大島 私も同感ですね。以前はライバル視していましたが、共演を見たときは「任天堂さんがソニックを認めてくれたんだな」と素直に思いました。

 昔から“ソニックが闊歩しているテーマパークができたら”という夢はずっと持っていますけど、別にディズニーランドにいてくれてもいいんですよ。一時期、アメリカで『ソニック』のアニメを制作しているDiC Entertainmentがディズニーに買収されたんです。「もしかしたらソニックがディズニーランドを歩いちゃうかも!」と喜んだ瞬間があるんですけど、それは実現しませんでした。個人的にはもっといろんなところに出てほしいです。

●進化を止めないのが『ソニック』の遺伝子。これから未来の『ソニック』像は!?

――そろそろインタビューをまとめに入らせていただきます。25年という歳月のなか、作品がコンスタントに出続けているシリーズはそう多くありません。

飯塚 述べ数でいうと100タイトル近くあります。

 そんなにあるんだ! ゲームギア版とかはほぼノータッチだったんだよね。部署が違ったので。

――ちなみに、中さんと大島さんは、現在の『ソニック』シリーズをプレイされているのでしょうか?

大島 全部ではないですがソフトをプレイしています。相変わらずのスピード感はすごいと思います。

 俺、申し訳ないけど遊んでない(きっぱり)。2006年にセガを出るまで、『ソニック』にずっと関わっていたじゃないですか。それだけに、プレイするといろんな部分が気になってしまうんです。

――作り手の目線として見てしまう?

 セガを出てから1作目はプレイしたんですけど、最初の10秒くらいでいろんなことが気になって「これは触っちゃいけないなあ」と思い、遠くから見守ることにしたんです。それ以来一切遊んでいない。2006年発売の『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』までは関わっていたのですが、途中でセガから出てしまったので、その後に作られた部分がどうしても気になってしまう。そもそもそのタイトル名にしたのも、15周年の節目で大きな変革にするべく、“また新たな一歩”ということで、あえて初代と同じ名前にしたんです。結果、評価はよくなくて、最後まで関われなかったことが余計に申し訳なくて。

――では『ソニック』についての情報も遮断されている?

 ショー会場などでムービーを遠くから見て、「今度の『ソニック』はこんなことになっているんだ!?」みたいに思うことはありますね。やっぱり気にはなっちゃうんです。ただ、それを飯塚にどうこういったことはないです。

――お嫁に行ってしまった娘のような(笑)。

 いつか機会があったら、また3人で『ソニック』を作れたらと思っているのですが、飯塚がアメリカに行ってしまうので、ちょっと遠のきそうですね。でも、最初の思いを持った遺伝子がいろんなところに広がっていることはよいことだと思います。これから、25周年を迎えるに相応しいステップアップの瞬間が来ると思うので、そのときが楽しみです。つぎに集まるのは50周年かな?(笑)

飯塚 そのときはみんなヨボヨボで、当時のことを聞かれても答えられないかもしれませんね。

(一同爆笑)

 それくらい長く続いてほしいという気持ちはありますよね。それまで自分も活躍したいし、『ソニック』といっしょにアニバーサリーを迎えたいです。

――任天堂にマリオという明確なライバルもいましたしね。

 そういう強大な競争相手敵がいたことは、すごくよかったかもしれない。セガだけじゃなくゲーム業界全体にとってね。いまはプラットフォームの差異があまりなくなって、ライバル関係というのが薄まっているのが寂しいですね。

――未来に向けての『ソニック』のビジョンは?

飯塚 ファンの皆さんはご承知でしょうけど、我々ソニックチームが作るゲーム以外にも、CGアニメからスタートした『ソニックトゥーン』というシリーズがあります。ですので、我々のゲームが届けられないような国や地域にまで放映がされていて、好評を得ています。ゲーム、テレビアニメ、そして今度ソニー・ピクチャーズが制作する映画と、いろんな形で『ソニック』が広がっていって、いろんなタッチポイントができるといいなと思っています。

――そのために飯塚さんはアメリカに渡る?

飯塚 そうですね。今日は歴史を追って話してきましたけど、海外で作られた『ソニックR』であったり、私も中さんもノータッチな『暗黒の騎士』のように、我々の目の届かないところで“ブレる”ことがあるんです。2年前に発売されたゲーム版の『ソニックトゥーン』も正直ユーザーの評価は芳しくありませんでした。ですから、“ソニックはこうあるべき”という基準を、『ソニック』ブランドの司令本部があるロサンゼルスから行っていこうということです。

――育っていく『ソニック』の統制を取るという。

飯塚 そういうことです。25年というのはただの時間であって、どのタイトルにとっても等しいもの。『ナイツ』は2本しか出てないのに20周年です。なので、経過した年月がすごいわけではなく、積み上げてきたことが重要なんです。ですから、つぎのアニバーサリーのときには、“過去のIP”と言われないように、つねに新しいことを提案して、IPを生かし続けるような取り組みをしていきたいです。中さんは遊んでくれないですけど(笑)。

 最初から見せてくれればやるよ! でも、飯塚はぜんぜん相談してくれない。きっと「見せるとうるさいから……」と思っているんじゃないかな(笑)。

――それだけ愛が強いということでしょうか。

大島 私の場合は、同じ作る側の人間として、そのゲームにダメなところがあったとしても、あまり気にはならないんです。逆に、いいところを見つけたときは「俺も負けてられないな」という励みになります。

 俺は気になっちゃって、フラストレーションのほうが強いなあ。とくに『ソニック』シリーズに関しては。15年関わってきた分だけ思い入れが強いんだよね。

――今日は『ソニック』シリーズの半生の真実とともに、お三方の関係性がじつによく見えた気がします(笑)。長い時間、貴重なお話をありがとうございました。

 今度はアメリカに俺と大島を呼んでよ。3人で飯を食いながらまた楽しい話をしようよ!

飯塚 覚えておきます。そのときこそは『ソニック』を遊んでくださいね(笑)。

【特別付録】ソニックデザインの変遷

●永久保存版歴代『ソニック』シリーズを紹介!

■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』
1991年7月26日発売
プラットフォーム:メガドライブ

記念すべき『ソニック』シリーズ第一弾。360度ループを駆け抜ける圧倒的なスピード感やクールでポップなグラフィック&サウンドなどで人気を呼び、全世界で400万本以上を超える大ヒットを記録。一躍セガを代表するキャラクターの座に踊り出た。音楽をプロデュースしたのは、ドリームズ・カム・トゥルーの中村正人氏。



■『SONIC THE HEDGEHOG』
1991年12月28日発売
プラットフォーム:ゲームギア

メガドライブ版の移植タイトル。メガドライブに比べハード性能の劣るゲームギアでも高速スクロールは再現されており、小画面ながらも『ソニック』らしい仕上がり。ステージ構成やスペシャルステージは、ゲームギア版独自の内容となっている。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ 2』
1992年11月21日発売
プラットフォーム:ゲームギア

海外で先行してマスターシステム版として発売されていたソフトの移植タイトル。内容はメガドライブ版の『2』とは別物で、Dr.エッグマンにさらわれたテイルスを助け出すというストーリー。トロッコやハンググライダーといった、バリエーション豊かな乗り物アクションも用意されている。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ 2』
1992年11月21日発売
プラットフォーム:メガドライブ

ソニックチーム制作によるメガドライブ第2弾。爽快なゲーム性はそのままに、新スキルのスピンダッシュが加わったことでスピード感がさらにアップ。パートナー(2P)キャラクターとして、小キツネのテイルスが初登場。画面分割でのふたり同時プレイ、3D表現となったスペシャルステージも話題となった。



■『セガソニック・ザ・ヘッジホッグ』
1993年6月稼動開始
プラットフォーム:アーケード

クォータービュー視点画面の中、数々のトラップをくぐり抜けながらゴールを目指すアクション作。トラックボール+ジャンプボタンでの操作、マイティとレイという本作でのみ登場のキャラクター、じつはソニックやエッグマンがしゃべったのはこのタイトルが初……など、独自要素の多い個性的なタイトル。


■『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』
1993年9月23日発売
プラットフォーム:メガCD
(※1996年8月9日にWindows版が発売)

奇跡の星リトルプラネットを舞台にソニックが活躍。本作独自の要素として過去と未来を行き来するタイムワープがあり、ステージのバラエティー感が増加している。ボーカル付きのオープニングやアニメムービーなどCDメディアならではの豪華な作り。エミーとメタルソニックが初登場。



■『ソニック&テイルス』
1993年11月19日発売
プラットフォーム:ゲームギア

ゲームギア用『ソニック』第3弾。ロケットシューズ、ホッピング、さらにスーパースピンダッシュなど本作だけの新アイテム・新アクションが登場。シッポでのプロペラ飛行ができるテイルスでプレイすると、上空からのアプローチでソニックとはまた違った攻略を楽しめる。



■『ソニック スピンボール』
1993年12月10日発売
プラットフォーム:メガドライブ

Dr.エッグマンによってカオスエメラルドと火山の力で“ピンボール要塞”と化した島を舞台に、ソニックがボールとなって弾かれてステージを攻略していくピンボールアクション。フィールドが上下左右にスクロールしたり、ソニックがアクションを見せたりと単なるピンボールゲームではないのが見どころ。



■『ソニック ドリフト』
1994年3月18日発売
プラットフォーム:ゲームギア

ソニックたちがカートに乗って競い合うアクションレースゲーム。1・2ボタン同時押しで出せるドリフトの使いどころが攻略のカギを握る。ソニック、テイルス、エミー、Dr.エッグマンの登場キャラクターごとに個別のスペシャルパワーが用意されている。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ 3』
1994年5月27日発売
プラットフォーム:メガドライブ

伝説の浮遊島をソニックたちが駆け抜けるナンバリングタイトル第3弾。ソニックとテイルスで異なるアクションが楽しめ、協力プレイも可能。ステージが広くルート分岐が多彩なため、セーブ機能が搭載されている。ライバルキャラクターとしてナックルズが初登場。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ ゲームワールド』
1994年8月発売
プラットフォーム:ピコ

セガが1993年に発売した児童向け玩具キッズコンピュータ・ピコ用ソフト。ソニック、テイルス、エミーからキャラクターを選び、カーレース、玉入れ、フリースロー、エッグマン叩き、相性占いといったミニゲームに挑戦してリングを集めていく。本作でもソニックは「イェーイ!」としゃべっている。

■『ソニック&ナックルズ』
1994年10月18日発売
プラットフォーム:メガドライブ

『ソニック3』のストーリーの続きを描く、シリーズ第4弾。 本作からナックルズがプレイヤーキャラクターとして使用可能に。カートリッジどうしを合体させる“ロックオンシステム”の採用により、『1』~『3』のカートリッジを組み合わせることで内容がパワーアップするのが特徴。『3』と合体させると完全版『ソニック&ナックルズ』となる。



■『ソニック&テイルス 2』
1994年11月11日発売
プラットフォーム:ゲームギア

ゲームギア向け『ソニック』の第4弾。それぞれに専用アクションを持ったソニックかテイルスいずれかを選んでプレイする、横スクロールハイスピードアクション。ホッピングやスノーボード、飛行機や潜水艦に乗って進んだりと多彩なアクションが楽しめるのも特徴。メタルソニック、ファングが敵として登場。



■『ソニック ドリフト 2』
1995年3月17日発売
プラットフォーム:ゲームギア

ゲームギア用レースゲームの第2弾。前作の4人に加え、メタルソニック、ファング、ナックルズがプレイヤーキャラとして登場。コース中にあるアイテムやリングを集めることで使えるスペシャルパワーを駆使して1位を目指す。3種類のグランプリx6コースが楽しめる。



■『カオティクス』
1995年4月21日発売
プラットフォーム:スーパー32X

ナックルズが、エスピオやベクターたち5人のパートナーとの連携を活かしてステージを攻略していく協力アクション。パートナーとはゴムのように伸び縮みする光の帯でつながっていて、反動を利用してのダッシュやジャンプ、地形を利用しての移動といったさまざまなアクションが可能。ふたり協力プレイも楽しめる。



■『テイルスのスカイパトロール』
1995年4月28日発売
プラットフォーム:ゲームギア

シッポのプロペラで飛行するテイルスを操作してゴールを目指す、横スクロールアクション。テイルスがぶら下げているリングは攻撃のほか、トロッコや風船といった画面内に設置されたギミックを動作させるためにも使われる。飛行時間を伸ばすためのアイテムは、テイルスの好物のミントキャンディ。



■『テイルスアドベンチャー』
1995年9月22日発売
プラットフォーム:ゲームギア

ソニックと出会う前のテイルスがココアアイランドの平和を守るため、バトルクック軍を相手に大活躍するアクション作。手にしたバクダンで敵を攻撃したり地形を破壊しながら広大なマップを進み、カオスエメラルドを探索。狭い通路に隠されたアイテムを小型メカ“メカテイルス”を使って入手するなど、テイルスらしい攻略も楽しめる。



■『ソニック ラビリンス』
1995年11月17日発売
プラットフォーム:ゲームギア

クォータービュー視点で展開するアクションアドベンチャーゲーム。ゾーン内に散らばる3つのカギを探しだし、制限時間内にゴールを目指す。Dr.エッグマンによって自慢のスピードとジャンプを封じられてしまったソニックが、歩行移動とローリングダッシュ(スピンダッシュ)を駆使してステージを攻略していく、ちょっと変わった『ソニック』タイトル。



■『ソニック・ザ・ファイターズ』
1996年5月稼動開始
プラットフォーム:アーケード

アーケードタイトル『バーチャファイター』のシステムでソニックたちが戦う、3D対戦型格闘ゲーム。制作は同タイトルを開発したAM2研。テイルスやナックルズらおなじみの顔ぶれに加え、白くまビーンやあひるのバークといった新キャラクターも登場。パンチ・キック・バリアの3ボタン+スティックの組み合わせで、『ソニック』シリーズらしいコミカルな技がくり出せる。

■『Gソニック』
1996年12月13日発売
プラットフォーム:ゲームギア

ゲームギア版『ソニック』の第5弾。ソニック、ナックルズのいずれかを操作して5つのゾーンを攻略していく。ステージ中に隠された巨大リングを取ると、3D表示のスペシャルステージへと突入。登場キャラクターは3Dのポリゴンモデルから作成した2D画像を用いる「プリレンダリング」で描かれており、ほかとは違ったCG感のあるグラフィックが楽しめるのも見どころ。




■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ・ザ・スクリーンセイバー』
1997年2月14日発売
プラットフォーム:パソコン

Windows用のカスタマイズデータ集。ソニックたちをフィーチャーしたスクリーンセイバーや壁紙、アイコン、サウンドといったデータが用意され、自身のPCを好きなように彩ることができる。欧米では『ソニック&ナックルズ コレクション』にバンドルされた。


■『ソニック&ナックルズ コレクション』
1997年2月14日発売
プラットフォーム:パソコン

『ソニック・ザ・ヘッジホッグ3』と『ソニック&ナックルズ』をカップリングしたWindows向けソフト。2本のソフトをロックオン(合体)した完全版『ソニック&ナックルズ』を楽しむこともできる。

■『SONIC JAM』
1997年6月20日発売
プラットフォーム:セガサターン

サターンで展開された“PROJECT SONIC”第一弾となる、『ソニック1』~『3』と『ソニック&ナックルズ』を収録したオムニバスソフトで、難易度変更やセーブ機能などが追加されている。独自要素として、3Dになったソニックを操作しながら、各施設のイラストや映像や歴史や音楽などの資料を観覧できる“SONIC WORLD”を楽しむことができる。



■『SONIC R』
1997年12月4日発売
プラットフォーム:セガサターン
(※1998年12月11日にWindows版が発売)

“PROJECT SONIC”第二弾。ソニックたちが自身の体を使って立体のコースを駆け抜ける3Dアクションレース。ソニックの“スピンダッシュ”やテイルスの“シッポ飛行”といった各キャラクターの能力を使って、いち早いゴールインを目指す。コースは道沿いだけでなく、ギミックやキャラクター能力を使っての大胆なショートカットが可能。ボーカル入りのBGMやタイトル曲は、いまなお多くのファンに愛されている。



■『ソニックアドベンチャー』
1998年12月23日発売
プラットフォーム:ドリームキャスト

ドリームキャストで新生を遂げた3D『ソニック』第一弾。ハイスピードアクションという軸はそのままにフィールドが3D化。キャラクターデザインやサウンドを一新して壮大なシナリオが展開するなど、質・ボリュームともに“未来基準”のキャッチフレーズに恥じない変貌ぶりを見せ、その後の『ソニック』の基礎を築いた。おなじみのソニックたちに加え、ロボットのE-102"γ"、巨大ネコのビッグと6人の主人公それぞれに異なるゲーム性と物語が用意された、オムニバス作品でもある。



■『SONIC ADVENTURE international』
1999年10月14日発売
プラットフォーム:ドリームキャスト

日本版の後に発売された、海外版『ソニックアドベンチャー』を国内でも発売。日本語音声に加え、英語音声や五ヵ国字幕を楽しめる。クリアータイムをオンラインで集計して競う“ワールドランキング”も追加されるなど、より遊びが楽しくなる改良が施されている。制作は飯塚氏が中心となったソニックチームUSA。



■『SONIC 3D FLICKIES'ISLAND』
1999年10月14日
プラットフォーム:セガサターン

“Project SONIC”第3弾。元々はメガドライブ用『ソニック3Dブラスト』として発売されたタイトルをアレンジして移植。クォータービューのフィールドに散らばったフリッキーを探しだし、5匹を引き連れてゴールへと向かう。このサターン版でのスペシャルステージは、『ソニック2』スタイルの独自仕様。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ ポケットアドベンチャー』
2000年5月25日発売
プラットフォーム:ネオジオポケット

初めて他社の家庭用ハードでリリースされたソニック。初代『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』を思わせるオーソドックスな横スクロールアクション。スペシャルステージはハーフパイプを奥へと進んでいく『ソニック2』スタイル。通常のゲームモード以外に、タイムアタックや対戦モードも用意されている。発売元はSNK。

■『ソニックシャッフル』
2000年12月21日発売
プラットフォーム:ドリームキャスト

ソニックたちおなじみのキャラクターが、手持ちのカードに書かれた数字の分だけボードを進んでいくボードゲーム+多彩なミニゲームで対決。1~4人プレイが可能なパーティーゲームという『ソニック』シリーズとしては一風変わった作品だが、ミニゲームには『ソニック』ならではのアクションが取り入れられている。



■『ソニックアドベンチャー2』
2001年6月23日発売
プラットフォーム:ドリームキャスト

3Dアクションとなった『ソニック』タイトルの第2弾。ソニック、テイルス、ナックルズからなるヒーローサイドと、シャドウ、Dr.エッグマン、ルージュからなるダークサイドのいずれかを選んでゲームを進めていく。本作ではソニックのライバルキャラクターである“シャドウ”が登場したほか、定番アクションとなった“グラインド滑走”が初出するなど、シリーズに大きな影響を与えたタイトルとなっている。シリーズ10周年を記念して、本作の発売日の当日と翌日のみCDやゴールドメダルなど豪華特典の付属した『バースデイパック』(右)が店頭に並んだ。



■『ソニックアドベンチャー2バトル』
2001年12月20日発売
プラットフォーム:ゲームキューブ

任天堂ハードで初めて(『ソニックアドバンス』と同時に)発売された『ソニック』。ドリームキャスト版『ソニックアドベンチャー2』をグラフィックの高画質化や、バトルモードにキャラクターやステージを追加するなどしてパワーアップ。『ソニックアドバンス』シリーズと連携させることで、チャオの育成がより楽しめるように。



■『ソニックアドバンス』
2001年12月20日発売
プラットフォーム:ゲームボーイアドバンス

2D横スクロールアクションとして原点回帰。ソニック、テイルス、ナックルズ、エミーからひとりを選び、全6ゾーン+αを冒険。ソニックはスライディングや空中ダッシュが可能など、キャラクターごとに本作より追加されたアクションも。育成やミニゲームが楽しめる“チャオのプチガーデン”が用意されており、これは『ソニックアドベンチャー2 バトル』のチャオガーデンとデータ連携して遊ぶことができた。



■『ソニックメガコレクション』
2002年12月19日発売
プラットフォーム:ゲームキューブ

メガドライブ用のソニックシリーズとして登場した『ソニック1~3』、『ソニック&ナックルズ』、『ソニック3Dブラスト』、『ソニック・スピンボール』、『Dr. Robotnik's Mean Bean Machine(欧米版ぷよぷよ)』の7タイトルを楽しめるオムニバス作品。おまけとして『ジ・ウーズ』、『コミックスゾーン』などの、往年の名作メガドライブタイトルを収録。



■『ソニックアドバンス2』
2002年12月19日発売
プラットフォーム:ゲームボーイアドバンス

ゲームボーイアドバンス用横スクロールアクション第2弾。走り続けることでオートで加速する“ブースト”と、より広さを増したステージとでスピード感がさらにアップ。ソニック、テイルス、ナックルズに加え、ウサギの少女・クリームが新登場。耳で羽ばたいての飛行や友だちのチーズ(チャオ)を飛ばして攻撃したりと、独自のアクションが楽しめる。



■『ソニックアドベンチャーDX』
2003年6月19日発売
プラットフォーム:ゲームキューブ
(※2003年12月18日にWindows版が発売)

ドリームキャスト版『ソニックアドベンチャー』のディレクターズカット版。ハイスピードな3Dアクションが楽しめるゲーム内容はそのままに、グラフィックが向上。ミッションモードの追加や、プチゲームコレクションとしてゲームギアで発売された『ソニック』関連のゲーム12タイトルが楽しめるなど、デラックスの名に恥じない豪華さとなっている。



■『ソニックピンボールパーティ』
2003年7月17日発売
プラットフォーム:ゲームボーイアドバンス

さらわれた仲間を救うため、ソニックがエッグマンの作ったピンボールに挑戦。ソニック台に加えてナイツ台があるのがソニックチームファン泣かせ。さらにストーリーモードをすすめることで、サンバDEアミーゴ台まで登場する。対戦・協力プレイが楽しめる3種類のミニゲームも用意されている。




■『ソニックバトル』
2003年12月4日発売
プラットフォーム:ゲームボーイアドバンス

箱庭型のフィールドでソニックたちが戦う対戦型の格闘アクション。3つの必殺技を組み合わせて挑む頭脳派バトルが特徴。おなじみのソニックキャラクターたちに加え、戦った相手の技をつぎつぎと覚えていくロボット “エメル”が登場。5種類のミニゲームが楽しめるパーティーモードも用意されている。



■『ソニックヒーローズ』
2003年12月30日発売
プラットフォーム:プレイステーション2、ゲームキューブ、Xbox
(※2004年12月9日にWindows版が発売)

3人1組のチームを操作して進めていくハイスピード3Dアクション。チームは全部で4つで総勢12人ものプレイキャラクターが登場する。スピード、フライ、パワーからなる3種類のフォーメーションを状況にあわせて切り替えながら、チームの力でステージを攻略していく。チームブラストゲージがMAXになると必殺技をくり出せる。ストーリー的には『ソニックアドベンチャー2』の後日談となる。



■『ソニックアドバンス3』
2004年6月17日発売
プラットフォーム:ゲームボーイアドバンス

前作からゲームシステムが進化してパートナー制に。5人のキャラクターの中から操作キャラクターとパートナーを選んでゲームをスタート。選んだパートナーによって操作キャラクターの能力や合体技・タッグアクションが変化する。通信プレイによりふたり同時、最大4人での対戦プレイが楽しめる。



■『セガ スーパースターズ』
2004年11月11日発売
プラットフォーム:プレイステーション2

ソニックチームがプレイステーション2用カメラ・Eye Toy用に開発した体感バラエティーゲーム。『ソニック2』のスペシャルステージを思わせるリング集めや身振りで楽しむ『サンバ DE アミーゴ』、さらには『ナイツ』や『バーチャファイター』などセガの人気オールスターが登場するミニゲームが多数楽しめる。

■『ソニックメガコレクションプラス』
2004年12月9日発売
プラットフォーム:プレイステーション2、Xbox

メガドライブやゲームギアで発売された『ソニック』シリーズに加え、おまけの厳選4タイトルを加えた全20タイトルが楽しめるオムニバスソフト。アメリカで発売された『ソニック』コミックの表紙や、過去タイトルのパッケージイラスト、秘蔵の映像やイラストなども収録されている。中断セーブ機能も新規搭載されており、とっても便利。



■『ソニック ジェムズ コレクション』
2005年8月11日発売
プラットフォーム:ゲームキューブ、プレイステーション2

『ソニック・ザ・ファイターズ』や『ソニックCD』、『ソニックR』など、メガコレクションに収録されてないシリーズ作品を9本収録したオムニバスソフト。隠しタイトルとして『ベクターマン』や『ベア・ナックル』といったメガドライブの名作タイトルも収録。ゲームをやり込むと解放されていくミュージアム要素もアリ。



■『ソニック ラッシュ』
2005年11月23日
プラットフォーム:ニンテンドーDS

ニンテンドーDSの上下2画面をソニックが縦横無尽に駆け巡る2Dアクション作。ポリゴンで描画されるようになったプレイヤーキャラクターは、ソニックと、新登場の炎を操るネコの皇女・ブレイズ。テンションゲージを溜めて繰り出す“スーパーブーストは”超音速で駆け抜けながら敵を倒すことができ、ソニックに負けない爽快感あるアクションとなっている。



■『シャドウ・ザ・ヘッジホッグ』
2005年12月15日発売
プラットフォーム:ゲームキューブ、プレイステーション2、Xbox

ソニックのライバル・シャドウが主人公の外伝的3Dアクション。『ソニック』タイトルに比べ、ややシリアスでバイオレンスな演出があるのが特徴。スピンアタックに加えて、剣や銃といった武器を使った攻撃や、ステージ中の乗り物を操っての派手で爽快感あるプレイを楽しめる。シャドウのとった行動によって属性がヒーローかダークに傾きエンディングに変化を与えるマインドシステムを搭載。奥深いストーリーを楽しめる。



■『ソニックライダーズ』
2006年2月23日発売
プラットフォーム:ゲームキューブ、プレイステーション2、Xbox

『ソニックライダーズ』シリーズの第1作。空を舞うエアボード“エクストリームギア”を操って、ライバルと競うガチンコ3Dレース。バビロン盗賊団のジェット、ウェーブ、ストームがレースのライバルとして新登場し、さらにソニック以外のセガタイトルからのゲスト参戦キャラクターも多数。画面分割による4人対戦も可能で、熱いレースを堪能できる。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』
2006年12月21日発売
プラットフォーム:プレイステーション3、Xbox 360

原点回帰をテーマに開発された、『ソニック』生誕15周年作品。3Dのフィールドをハイスピードで駆け巡るゲーム性はそのままに、必殺技のカスタマイズが可能なソニック、フィールド中の乗り物に乗れるシャドウ、超能力で周囲の物体を動かせるシルバーと、個性が際立つキャラクターでの攻略が楽しめる。シルバーは本作初登場の、3人目のハリネズミのヒーローキャラクター。超能力を使ったアスレチックアクションで、ソニックやシャドウとはまた違うゲーム性を楽しむことができる。主題歌をDREAMS COME TRUEが担当。



■『ソニックと秘密のリング』
2007年3月15日発売
プラットフォーム:Wii

マジンが征服を企むアラビアンナイトの本の世界へと誘われたソニックが活躍するハイスピード体感アクション。横向きに持ったWiiリモコンを左右に傾けてソニックを走らせての直感的な操作方法が特徴。最大4人同時に楽しめる40種類のミニパーティーゲームも収録されている。



■『ソニックラッシュ アドベンチャー』
2007年10月18日発売
プラットフォーム:ニンテンドーDS

ニンテンドーDSの上下2画面を活かした2D『ソニック』第2弾。周囲を海に囲まれたサザン島を舞台に、陸と海を股にかけた大冒険が楽しめる。アクションパートに加え、『テイルス』作の水上バイクや潜水艦などのメカに乗り込んで新たなエリアを探していくアドベンチャーパートがあるのが特徴。オンラインでの対戦モードもアリ。



■『マリオ&ソニック AT 北京オリンピックTM』
2007年11月22日発売(Wii版)
2008年1月17日発売(ニンテンドーDS版)
プラットフォーム:Wii、ニンテンドーDS

セガのソニックと任天堂のマリオが夢の初共演。北京オリンピックを舞台に、各種目の金メダル獲得を目指していく。トラック競技や卓球、水泳などの実在種目に加え、突飛な状況やルールが採用されたドリーム競技も楽しめる。ニンテンドーDS版ではタッチペンやマイクを使った直感的な操作でのゲームデザインに。国内発売は任天堂。



■『ソニックライダーズ シューティングスターストーリー』
2008年1月17日発売
プラットフォーム:Wii

『ソニックライダーズ』第2弾。重力をコントロールする力で、よりエキサイティングな加速アクションが可能となったエアボードレースゲーム。コースを疾走するゲーム性はそのままに、トリックやスキルを成功させることで得られるGP(グラビティポイント)を消費することで、壁に沿っての滑走や急角度でのドリフト、といった特徴的なアクションが可能。使用可能キャラクターは18人+αとボリューム満点。



■『ソニック ワールドアドベンチャー』
2008年12月1日発売
プラットフォーム:Wii

エッグマンによって分割されてしまった惑星を元に戻すためにソニックが活躍。ステージは3Dで構築されているが、シーンによっては真横から見た2D視点になるという、3Dと2Dのよいとこ取りの融合が試みられている。昼のステージでは『ソニック』らしい快速アクションで進み、夜のステージでは獣のような姿に変身したソニック・ザ・ウェアホッグとなり、敵を蹴散らしながら進む痛快なバトルアクションが楽しめるゲームデザインになっている。



■『ソニック ワールドアドベンチャー』
2009年2月19日発売
プラットフォーム:プレイステーション3、Xbox 360

舞台やキャラクターはWii版と同じだが、ソニック(ウェアホッグ含む)の能力強化要素があったり、街の住人から話を聞いて情報収集を行う探索パートやテイルスの飛行機で敵を倒していくミニゲームがあるなど、プレイステーション3版オリジナルの要素が入っている。




■『ソニックと暗黒の騎士』
2009年3月12日発売
プラットフォーム:Wii

ふたたび本の中へと召喚されたソニックがアーサー王伝説の世界で戦う、超音速騎士道の英雄譚。しゃべる聖剣“カリバーン“を手にしたソニックが、ハイスピードで走りながら敵を切り捨てていく“殺陣(たて)アクション”が本作の特徴。Wiiリモコンを振ることで剣を振る、直感的な操作がゲームの臨場感を高めてくれる。バトルモードでは最大4人での対戦が可能。



■『ソニッククロニクル 闇次元からの侵略者』
2009年8月6日発売
プラットフォーム:ニンテンドーDS

Bio Ware社開発によるシリーズ初の本格RPG。フィールドを駆けまわり、接触した敵とターン制バトルをくり広げて物語を進めるというオーソドックスなスタイル。ナックルズ族の過去に関連した壮大なストーリーを楽しむことができる。フィールドでは飛行や壁登りなど仲間にしたキャラクターの持つ能力によって行ける場所が広がっていく。



■『マリオ&ソニック AT バンクーバーオリンピックTM』
2009年11月5日発売(Wii)
2009年11月19日発売(ニンテンドーDS)
プラットフォーム:Wii、ニンテンドーDS

ソニックとマリオが、冬季オリンピックでも共演。スキーやスケート、カーリングなど、Wii版は16種、ニンテンドーDS版は15種類のオリンピック競技が楽しめ、ドリーム競技もパワーアップ。Wii版では冬季オリンピックの再現、ニンテンドーDS版ではストーリー仕立てと、機種ごとに異なる遊びも。発売は任天堂。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ4 エピソードI』
2010年10月12日配信
プラットフォーム:プレイステーション3、Wii、Xbox 360

『ソニック&ナックルズ』から約16年ぶりとなる、クラシック『ソニック』シリーズの続編タイトル。2D視点の横スクロールで進みつつも、画面が回転するなどのダイナミックな3D演出も多数で迫力あるプレイが楽しめる。多彩なステージや仕掛けはクラシックスタイルを継承しているが、3D『ソニック』ではおなじみのホーミングアタックも使え、スピード感がアップしている、。ダウンロード販売のみ。



■『ソニック カラーズ』
2010年11月18日発売
プラットフォーム:Wii、ニンテンドーDS

ナゾの宇宙人“ウィスプ”がもたらす“カラーパワー”によって、地中をドリル状態で掘り進んだり、空中浮遊をしたり、光となって瞬間移動したり……といった多彩なアクションが満載の『ソニック』タイトル。Wii版は3Dと2Dのハイブリッド、ニンテンドーDS版は2Dと、ゲームシステムや登場キャラクターの一部がそれぞれ独自仕様になっている。ふたり同時プレイも、Wii版は協力、ニンテンドーDS版は対戦の形式と、異なるコンセプトでデザインされている。



■ソニック フリーライダーズ
2010年11月20日発売
プラットフォーム:Xbox 360

『ソニックライダーズ』シリーズ第3弾。エアボードでの高速レースを体全体を使った操作で体感できる、Kinect専用タイトル。自分の身振り手振りがそのままキャラクターの動作になるのが直感的。身体を傾けての加速や方向転換、後ろ足を蹴る操作でダッシュをするなど操作自体が心地よく、思わずレースに没入してしまう作りになっている。オンライン対戦にも対応。



■『ソニックジェネレーションズ 白の時空』
2011年12月1日発売
プラットフォーム:プレイステーション3、Xbox 360

『ソニック』生誕20周年記念作品。メガドライブ版や『ソニック4』での“クラシックソニック”とドリームキャスト以降の“モダンソニック”が夢の共演。記念作品にふさわしい、ソニックの仲間たちが総出演する賑やかな作品となっている。同一ステージを、2Dのクラシック『ソニック』と3Dのモダン『ソニック』、両方の解釈で楽しむことができるゲームデザインになっている。そのほか、歴代作品のイラストやBGM、さらには初代『ソニック』が楽しめる記念作品らしい要素も充実している。



■『ソニックジェネレーションズ 青の冒険』
2011年12月1日発売
プラットフォーム:ニンテンドー3D

『ソニック』生誕20周年記念作品。白の時空と動揺に、クラシックとモダンの両ソニックが共演。モダンスタイルのステージは、『ソニック ラッシュ』シリーズのような斜め前方へと向かって進んでいく奥行きを感じさせるような作りに。通信対戦やすれちがい通信、スペシャルステージの存在は青の冒険のみのオリジナル要素。



■『マリオ&ソニック AT ロンドンオリンピックTM』
2011年12月8日発売(Wii)
2012年3月1日(ニンテンドー3DS)
プラットフォーム:Wii、ニンテンドー3DS

ソニックとマリオの三度目の共演タイトル。2012年のロンドンオリンピックを舞台にしている。なお、本作のWii版では、『ソニック』シリーズ誕生20周年記念の1タイトルにもなっている。後に2012年3月1日には、競技を絡めたストーリーを楽しめる“エピソードモード”などオリジナルの要素を含んだニンテンドー3DS版が発売された。発売元は任天堂。



■『ソニック・ザ・ヘッジホッグ4 エピソードII』
2012年5月16日配信
プラットフォーム:プレイステーション3、Xbox 360、iOS、Android

『ソニック・ザ・ヘッジホッグ4』のシリーズ続編第2弾。本作より登場するテイルスとのタッグアクションが追加され、空中や水中での移動などアクションの幅が広がった。エピソードIとロックオンすることで、『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』以降のメタルソニックについての隠しエピソード“エピソードメタル”がプレイ可能となる。ダウンロード販売のみ。



■『マリオ&ソニック AT ソチオリンピックTM』
2013年12月5日発売
プラットフォーム:Wii U

ソニックとマリオが共演する、オリンピックゲームの第4弾で、ロシアのソチで開催された冬季オリンピックが舞台。スキー、スノボ、スケート、カーリングといった冬季16競技に挑戦。一部の競技ではオンライン対戦が可能。クイズの要素が組み込まれた競技で競うパーティーモードもあり、多人数プレイをより楽しめる作りとなっている。



■『ソニック&セガ オールスターレーシング』
2012年6月18日配信
プラットフォーム:iOS

ソニックたちに加え、『バーチャファイター』や『シェンムー』、『スペースチャンネル5』といったセガの人気タイトルのキャラクターたちが多数参戦。個性的なデザインの乗り物を駆り、スリリングなレースが展開される。ここぞという場面で使う、キャラクターの特徴を活かしたスペシャルアクションは一見の価値あり。国内ではiOS版のみだが、海外では据え置き/携帯ゲーム機版が発売されている。


■『ソニックジャンプ』
2012年10月18日配信
プラットフォーム:iOS

トランポリンのように上に跳ねあがる床を乗り継いでゴールを目指す、ジャンプアクションゲーム。スマートフォンやタブレットを左右に傾けてソニックを移動させる、シンプルで直感的な操作が特徴。リングを1個でも持っていれば敵と接触してもミスにならないのは本家と同じで、お手軽に気持ちよいジャンプアクションを堪能できる。また、集めたリングで攻略に役立つアイテムを購入することもできる。配信元はセガネットワークス。




■『ソニック ロストワールド』
2013年10月24日発売
プラットフォーム:Wii U、ニンテンドー3DS

筒状や球体など、奇抜でヘンテコな地形をものともせず縦横無尽に駆け巡るハイスピードアクション。おなじみのスピンダッシュやカラーパワーに加え、壁や段差で止まることなく駆け抜ける“パルクールアクション”が追加。より軽快に走り進めるようになった。ダウンロードコンテンツとして『ゼルダの伝説』、『ヨッシーアイランド』とのコラボステージも配信された。



■『ソニック&オールスターレーシング TRANSFORMED』
2014年5月15日発売
プラットフォーム:Wii U、プレイステーション3

セガの人気キャラクターがこぞって登場するアクションレースゲームの第2弾。複数人でのローカル/オンラインプレイが楽しめる。スペシャルVIPゲストとして、ゲームの世界を題材とした映画『シュガー・ラッシュ』のラルフも参戦。実況音声はセガの誇るサラリーマンシンガー・光吉猛修氏。



■『ソニックトゥーン 太古の秘宝』
2014年12月8日発売
プラットフォーム:Wii U

海外で放送されているアニメ(海外名は『Sonic Boom』)とのメディアミックス作品。あらゆる物体に吸着してロープのように使える“エナービーム”を駆使して険しい地形や敵を攻略しつつ、ソニック、テイルス、ナックルズ、エミーがそれぞれの能力を発揮してステージを攻略していくアクションゲーム。



■『ソニックトゥーン アイランドアドベンチャー』
2014年12月18日発売
プラットフォーム:ニンテンドー3DS

Wii U版と世界観を同じくするが、本作は横スクロールアクションでのエナービームアクション。さらわれたエミーを助け出すため、ソニック、テイルス、ナックルズ、そして新登場のアナグマの女の子、スティックスをリアルタイムに切り替えて操作し、ステージを攻略していく。Wii U版との連動機能もある。



■『ソニックランナーズ』
2014年2月26日配信
プラットフォーム:iOS

オートで走り続けるソニックキャラクターたちを画面タップでジャンプさせ、ミスをせずにどこまで走り続けられるかを競う音速ランニングアクション。連れ出していっしょに走れる“おとも”キャラクターは、『ソニック』タイトルおなじみのキャラクターが多数で目にも楽しく、スコアアップやアイテム効果などさまざまな効果をもたらしてくれる。配信元はセガネットワークス。



■『マリオ&ソニック AT リオオリンピックTM』
2016年2月18日発売(ニンテンドー3DS)
2016年6月23日発売(Wii U)
2016年2月稼動開始(アーケード)
プラットフォーム:ニンテンドー3DS、Wii U、アーケード

ソニックとマリオが共演するオリンピックゲームシリーズ第5弾。2016年夏にブラジルのリオで開催される夏季オリンピックが舞台となっている。従来までのオリンピック競技に加え、本オリンピックでの新種目、サッカーが登場。Wii U版ではラクビーセブンズが、ニンテンドー3DS版ではゴルフがそれぞれ楽しめる。アーケード版では足踏みをするなどの体感操作でスポーツ競技の興奮を味わうことができるのも楽しい。




■『ソニックトゥーン ファイアー&アイス』
2016年10月27日発売
プラットフォーム:ニンテンドー3DS

『ソニックトゥーン』シリーズ最新作。突如として授かった“炎の力”と“氷の力”を操り、ソニックたちが世界を包む異常気象の謎を解いていく。爽快感あふれるスピードアクションはもちろん、ふたつのパワーと各キャラクター固有の能力をリアルタイムに切り替えながら進んでいく、奥深い探索アクションが楽しめる。





(C)SEGA
TM IOC. Copyright (C) 2007 International Olympic Committee (“IOC”). All rights reserved.
SUPER MARIO characters (C) NINTENDO. SONIC THE HEDGEHOG characters (C) SEGA.
TM IOC. Copyright (C) 2008 International
Olympic Committee (“IOC”). All rights reserved.
SUPER MARIO characters (C) NINTENDO.
SONIC THE HEDGEHOG characters (C) SEGA.
TM IOC. Copyright (C) 2009 International Olympic Committee (“IOC”). All rights reserved. SUPER MARIO characters (C) NINTENDO. SONIC THE HEDGEHOG characters (C) SEGA.
TM IOC. Copyright (C)2011 International Olympic Committee (“IOC”). All rights reserved.
This video game is the property of the IOC and may not be copied, republished, stored in a retrieval system or otherwise reproduced or transmitted, in whole or in part, in any form or by any means whatsoever without the prior written consent of the IOC.
SUPER MARIO characters (C)NINTENDO. Wiiは任天堂の登録商標です。Trademarks registered in Japan.
SONIC THE HEDGEHOG characters (C)SEGA. SEGA, the SEGA logo and Sonic The Hedgehog are either registered trademarks or trademarks of SEGA Corporation.
TM IOC. Copyright (C) 2012 International Olympic Committee (“IOC”). All rights reserved. This video game is the property of the IOC and may not be copied, republished, stored in a retrieval system or otherwise reproduced or transmitted, in whole or in part, in any form or by any means whatsoever without the prior written consent of the IOC. SUPER MARIO characters
(C) NINTENDO. ニンテンドー3DSは任天堂の商標です。
SONICTHE HEDGEHOG characters (C) SEGA. SEGA, the SEGA logo and Sonic The Hedgehog are either registered trademarks or trademarks of SEGA Corporation.
TM IOC/SOCHI2014/USOC 36USC220506. Copyright (C) 2013 International Olympic Committee (”IOC”). All rights reserved. This video game is the property of the IOC and may not be copied, republished, stored in a retrieval system or otherwise reproduced or transmitted, in whole or in part, in any form or by any means whatsoever without the prior written consent of the IOC. SUPER MARIO characters (C) NINTENDO. Trademarks are property of their respective owners.
Wii U is a trademark of Nintendo. SONIC THE HEDGEHOG characters (C) SEGA. SEGA, the SEGA logo and Sonic The Hedgehog are either registered trademarks or trademarks of SEGA Corporation.
TM IOC/RIO2016/36USC220506. (C) 2016 IOC. (C) NINTENDO. (C) SEGA.