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 かつて若き日の手塚治虫や藤子不二雄、石ノ森章太郎ら漫画家が寝食を共にして切磋琢磨したトキワ荘。そのトキワ荘を現代に甦らせ、漫画家を目指す若者たちを支援する「トキワ荘プロジェクト」が進行している。

 2006年8月から始まった「トキワ荘プロジェクト」。NPO法人NEWVERYの現代表である山本繁さんらの「東京の高額な家賃が、若い漫画家志望者の成長と挑戦の足かせになっているのではないのか」という問題意識のもと、まず山本さんの祖母宅を借り上げ、そこに面接に合格した3人の漫画家志望者を住まわせたことがきっかけだ。

 それから5年半、現在は都内を中心に21荘119部屋(2012年4月現在)の"安い部屋"を提供。これまで卒業した人も含めて200名強の漫画家の卵たちが、「トキワ荘」で夢に向かって共同生活を送ってきた。そして18人のプロの漫画家が誕生した。今回、「トキワ荘プロジェクト」ディレクターの菊池健さんに話を聞いた。

■「夢追いフリーター」を支援

――「トキワ荘プロジェクト」を始めた経緯を教えてください。

 支援団体NEWVERYでは、もともとニート・フリーターなどの若者支援をやっていたんですね。演劇や小説などのアカデミーに取り組んでいました。それぞれ良い取り組みではあったのですけど、事業にならなくて継続自体が難しかったんです。

 そこから教訓を得ました。まず事業として継続できるものを作ることです。また、実際にニートが目の前にいたとして、その人を改善するというのはとても難しいということです。もちろん、そういうことに取り組む団体もありますが、私たちは小さな団体ですので、どうやって効果的に社会に影響を与えるか考えた時に、今まさに危機の人を助けるのではなく、そういう人が出ないような予防活動をやった方が成果を出やすいだろうという結論に至りました。以降、別事業も含め基本的に予防事業に注力しています。

 例えば、何か一つのことをやりたくて、それをやるために仕方なくフリーターやっている人がいます。特に漫画・アニメ・演劇・美術といった文化産業に多くいます。彼らの多くは、アルバイトをしながら、絵を描いたり芝居の稽古をしたりしているわけです。その人たちを「夢追いフリーター」と定義し、支援する枠組みはできないかと始めたのが「トキワ荘プロジェクト」です。

――文化産業の中でも漫画家支援の取り組みをされようと思ったのはなぜですか?

 漫画家はだいたい1人前になるのに、3年頑張ることが一つの目処になります。舞台俳優・女優だと10年くらいかかってしまいます。だから、まず漫画家からやってみようということになりました。出版社の多くが東京にあるため、漫画家志望者は、どうしても上京しなければならない時期があるんです。絶対ではないけれど、ほとんどがそうです。

 漫画家を目指し、東京に出てきた人たちの多くは、(近くに)友達もいないし、親戚もいない。部屋も自分で借りないといけなく、そのためアルバイトをしてお金を稼がないといけない。一生懸命にアルバイトをしているうちに、気が付くと30歳になっているなんてこともザラにある。だからこそ、彼らに安い部屋を提供したら喜んでもらえるんじゃないかなと思ったんです。

――「トキワ荘」は住宅支援ということなのですね。"安い部屋"ということですが、どれくらいの家賃で借りることができるのですか?

 「トキワ荘」の標準的な家賃は、6畳間で月々4万8千円(水道光熱費・インターネット料金込み)です。共有備品として、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯ジャー、ガスレンジなどが付いています。

 風呂、トイレ、キッチン、ダイニングなどは共用となりますが、同じ条件で都内に住むのと比べて、初期費用で21万円、初年度は年間で43万円(バイト約3か月分)程度の負担が減ります。つまり、アルバイトに取られる時間を3ヶ月分ほど減らすことができます。

■「精神と時の部屋」で掴む夢

――トキワ荘プロジェクトからデビューを果たした漫画家はどのようにしてデビューを掴んだのでしょうか?

 プロの漫画家になった人の半分以上は雑誌で賞を獲ってデビューしました。例えば、『少年サンデー超』にて連載していた田島七枝の『Instinct~狼の一族~』は、単行本化され、一番の"王道"を歩みました。

 (小説など)ほかに原作があって、それを漫画化するケースもあります。例えば、(「トキワ荘」出身の)藤咲ユイの漫画『もし小泉進次郎がフリードマンの「資本主義と自由」を読んだら』は、経済評論家の池田信夫さんの小説が原作です。きっかけは、「(池田さんの小説を)漫画化したいが、どうですか?」と知り合いの編集者から話をもらい、コンペをしたことでした。その時、政治オタクの藤咲が描いた小泉進次郎さんの絵を、池田さん自身が見て決めました。

 ほかにも、出版社側からオファーがあって、漫画化に至ったケースがあります。これら「トキワ荘」の縁で話がきたもので、この活動の成果のひとつと言えます。

――「トキワ荘」に入居して、漫画家への道を諦める方もいるのではないでしょうか?

 ほとんどの人が諦めることになります。入居期間を3年と決めて、ダメだったからと諦めた人もいる。漫画が上手い人が出版社に持ち込みに行っても採用してもらえないのを見て「あの人がデビューできないんだったら、自分がデビューできるわけない」と諦めた人もいます。

 だから、入居者には最初に「ここは『精神と時の部屋』なので、修行(漫画執筆)に集中してください」と言っています。ほかにも「『精神と時の部屋』はずっといてよい場所ではないので、3年をメドにここを出てください」「最初にいつデビューする・プロになるのか目標を決めて頑張ってください」という話もしています。

――漫画家になるために必要なものは何でしょうか?

 漫画を描き続けることができるということだと思います。

 プロからアマチュアの350人の漫画家さんにアンケート調査をしたところ、雑誌連載まで至った方は、平均240ページくらい原稿を描いた時点でデビューしています。1作品30ページくらいとすると、だいたい8作品。しかし、240ページを描き切るのは意外と大変で、漫画家志望者で実際にそこまでやっている人はそれほどいない現実もあります。

 漫画業界では、「1000ページ描けば一人前になれる」ということを言う方がいらっしゃいます。まずは、とにかく「原稿をたくさん早く描くこと」をうちのポリシーにしようと決めました。それで、原稿枚数を競い合うために、3ヶ月ごとに原稿を一番描いた人"原稿王"を決める大会を開催しています。もちろん、その分量を描いたからといって、必ずデビューできるわけでもない。そのほかにも工夫や運が必要です。

 最近は、「トキワ荘プロジェクト」のホームページにも「1000ページ描け」と書いてあって、それを見た人がやってくるわけなので、住人のレベルが上がっています。昔は漠然と漫画家になりたいと思っていた人が来ていたんですけれども、今は「今度デビューするから東京に移ります」といった人が増えてきました。募集数はずっと変わらず、質だけ向上という良い傾向にありますね。

■漫画の未来を支えていく

――国内の漫画産業の現状はどうなっているのですか?

 シュリンクして(萎んで)いますね。1995年には、『週刊少年ジャンプ』が650万部売れて、ギネス記録になった週があった。その週は『ドラゴンボール』の最終回だったんですよ。実は、そこから、日本の漫画産業はずっと落ちているんです。1995年に5800億円位の規模だった漫画出版産業が、2010年で4000億円ちょっとと、実に3分の2になってしまった。このまま進めば漫画出版産業は、"死に筋"の産業なんですよ。

 しかし、例えば日本で作られているアニメの4割近く、ゲームは1割、テレビドラマでも4割を超えるくらいが漫画原作なんです。邦画に至っては、6割近くが漫画原作だった年もあるくらいです。つまり漫画は、いろんなコンテンツに波及するコンテンツなので、コンテンツの母である「マザー・コンテンツ」というわけです。

 だけど、このまま漫画出版業界がシュリンクしている状態を放置すると、過去の膨大な作品は残るけど、新しいコンテンツを日本が作るっていうことが難しくなってくる。そうすると、長期的に日本のクリエイティブ産業が伸びていく土壌が痩せ細るわけです。だから、漫画は意地でも何とかしなきゃならなんじゃないか、と。

――今後どうやって漫画産業全体を支えていかれるのでしょうか?

 今こうやって僕たちが漫画家支援していますけれども、仮に本当に若手の漫画家支援だけしかしなかったら、その若手を送り込んでいるのはシュリンクしている市場なんですよ。だから要するに「死にに行け」と言っているようなものです。しかし、漫画産業そのものはクリエイティブ産業を伸ばしていく上で重要だし、今はデビューした後に続けていくことも大変ですので、「プロスクール構想」を立てました。

 「プロスクール構想」は、ベテランの漫画家さんに余計なことを言うのではありません。デビューはしていて、漫画家と名乗れる状態にあり次の作品に行きたいんだけれども、金銭的・技術的・アイデア的など困っている若手を支援していくというものです。我々が調査したところ、デビュー前も大変ですが、デビュー後も大変だという現状があることが分かったんです。

 一番困っていることの一つが、収入に対する税額を確定する「確定申告」だったので、まずはそこから始めました。あとは著作権やアシスタントの労務、描画技術などのIT周り。そういう、いわゆるバックオフィス的なことと、作品を制作するための技術と2方面から支援していこうと考えています。

 そのほかにも、産業そのものを伸ばすためには、非営利団体で活動しているからこそ出来る、自分たちの立ち位置を活かした取り組みについて準備中で、ご協力いただける企業・団体・自治体などと準備を進めています。

 いま話せることとしましては、ことし9月から京都で開催される「京都国際漫画アニメフェア2012」に参画することが決まっています。現在、漫画を学ぶ大学が3校、大学生が1000人弱いる京都市は、これからの漫画業界にとって非常に重要な拠点になるため、いろいろと取り組みをしていきたいと考えています。ほかにも、漫画業界と、そこに関わる多くの人やファンの為に、ことしは様々な取り組みを行っていく予定です。

◇関連サイト
・トキワ荘プロジェクト - 公式サイト
http://tokiwasou.dreamblog.jp/

(聞き手:中村真里江、写真:山下真史)

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