「ご飯粒は一粒も残さず食べなさない」――。子供のころ、両親や周りの大人たちからこう言われた経験はないだろうか。

だがこうした習慣は、育った環境により異なる。2月9日、とあるツイッターユーザーが茶碗の内側に米粒がべったりついている画像とともに、

「この状態で完食ってやる人のことは(教育や思想の差を加味して)悪だとは言わないが絶対に相入れることはないと思う」

ツイートした。投稿者は、米粒を茶碗に残す食べ方が気に入らない様子だ。この投稿は約8万1000件リツイートされたほか、トゥギャッターでもまとめられ、議論が繰り広げられることとなった。

「この茶碗を見たら、育ちの悪さが目に見える」

ツイートには、「残そうが勝手だ」などの反論が寄せられ、投稿者もこれに応酬。やや荒れる展開となり、ネット民から「米騒動」というワードも出た。

その後投稿者はツイートの趣旨を、「教育文化風習宗教観の違い」「善悪をつけるものではない」「人間性の優劣には直結しない」などと簡潔に説明し、

「元々『俺はこう!お前はそう!はい終わり!』の話です 」

と総括した。

ツイッターやはてなブックマークでは、「米粒が残っているとスッキリしない……」など、投稿者の考えと同じく米粒は残さず食べるべき、とする意見が多く見られた。

「この茶碗を見たら、育ちの悪さが目に見える」
「まあ、一緒にご飯を食べたい相手ではないな」

ほかには、「ご飯粒残したら目潰れるとかいう脅迫を親に受けてたからちゃんと食う癖ついてる」と書く人もいる。米粒を残すと「お百姓さんに申し訳ない」と親から厳しく躾けられたと投稿する人もおり、幼少のころの環境が大きく影響しているようだ。

別の意見としては、「食事の所作も他人から見ればその人を図るバロメーター」というものもある。この人物は、「自分の求める人生に悪影響があるのなら社交上改める方が良いとは思うよ」と投稿している。汚らしい食べ方はしないに越したことはないだろう。

「キャベツの千切りは残してもいいのか?」という声も

一方で、ご飯の食べ方ごときでここまで厳しくするのは理不尽だ、と主張する人もいる。

「『ご飯は綺麗に食べた方が良いよね』ぐらいは思うけど、別にそれぐらい。逆に、これに対して『相容れない』とか『絶対ムリ』みたいな奴とは、飯一緒に食いに行きたくない」

ほかにも、他人の茶碗をいちいち見るのは、「小姑みたいでイヤじゃね?」と言う人もいたが、食事の仕方にいちいち厳しい目を向けられてはうっとうしいだろう。

別の反対意見としては、「米にだけ発狂して育ちがーとかになるのがよくわからん」という声もあった。日本では昔から米が主食とされてきたので、それが影響していると思われるが、最近はパンや麺などの選択肢もある。別に米だけ特別視する必要はない、というのだ。

「こういうのって必ず米限定だよね。キャベツの千切りなんかは一本も残さず食べるとかいう人いないでしょ」
「なんで米粒がダメでエビフライの尻尾はいいの」

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