今村復興大臣激怒で見えた日本の記者会見の特異性。「フリージャーナリストは本来の仕事を果たした」
週プレNEWS

4月4日、今村復興大臣は記者会見で福島第一原発事故を受けた自主避難者に対する国の責任を問うフリージャーナリストの追及に激高し、「自主避難は自己責任」と言い放った。

野党が大臣の辞任を要求する事態に発展したが、この記者会見を見た外国人ジャーナリストは、この会見は「不思議な光景だった」という。

「週プレ外国人記者クラブ」第73回は、英紙「エコノミスト」などに寄稿するデイヴィッド・マクニール氏に話を聞いた――。

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―マクニールさんは、今村復興大臣の会見をどう見ていましたか?

マクニール 私を含め、多くのジャーナリストが驚いていました。まず、今村大臣を追及したフリーランスジャーナリストの西中誠一郎さんがあれほど長く話すことを許された点です。日本で開かれる記者会見で、私はひとりの質問者があれだけ長く話すのを見たことはありません。

日本人記者があれほど激しく追及するのも珍しいことです。あの会見場にいた他の記者たちは皆、とても静かで何も言わず、誰も介入しようとせず、ただ座っていただけでした。「自分にも聞きたいことがあるからそこまでにしてくれ」などと言って西中さんを遮(さえぎ)る人もいませんでした。

記者会見は通常、持ち回りで新聞社や通信社の記者がまとめ役として幹事者を務めますが、この会見では幹事者からの指示も全くありませんでした。不思議な光景でしたね。

―西中誠一郎さんにも注目が集まりましたが、逆に今まで記者クラブの記者たちは何をしてきたのか?という疑問も出てきますね。

マクニール 基本的に日本の省庁の記者会見では、出席する記者はそれぞれ一問だけ質問することを許されます。そして、回答に対してさらなる質問を投げかけたり、説明を求めたりすることはほとんどありません。そのため各質問は独立したものになり、相互に関連しないものばかりになって、活発な議論は生まれにくい。だからこそ、大臣会見などでは決まり文句を発表するだけで済んでしまうのです。

―今村大臣の会見では、「このフリージャーナリストは礼儀を知らない」などと批判的な見方をする人もいました。

マクニール 読売新聞のある外国人エディターは「会見映像を見れば見るほど今村大臣を支持したくなる」と言っていました。大臣を質問攻めにする西中さんの態度が失礼なものだったからだそうです。インターネットに書き込まれたコメントにも、西中さんへの批判的な意見が多く見られましたね。しかし、政治家を厳しく追求し、詳しい説明を求めるのはジャーナリストとしての本来あるべき姿です。

―今村大臣の発言そのものについては、どう感じましたか?

マクニール 「自主避難は自己責任」という発言には耳を疑いました。仮に、いくら質問者の態度が失礼だったとしても、明らかに不適切な発言です。自主避難者たちはそうせざるを得なかったから避難しているわけで、こうした事態を招いたのは彼らの落ち度ではありません。特に小さい子供など家族を抱えての避難は大変なことです。避難先では新しい仕事を探し、新しい土地に慣れ、そこで生活を立て直さなければならない。避難が自主的であったとしても強制的であったとしても、彼らには他の選択肢がなかったのだから、彼らの責任ではないと私は思います。

それを「自己責任」と言い放つのは、本当に驚くべきことです。今村大臣はプロの政治家です。国民への説明責任がある。それなのに、たったひとりの記者の追及に狼狽し激高しただけでなく、このような信じがたい発言をするのであれば、復興大臣という役職を担うべきではないでしょう。西中さんはとてもいい質問をし、本来のジャーナリストとしての仕事を果たしたと思いますね。大臣の「自主避難は自己責任」という本音を浮き彫りにしたのですから。

―アメリカのホワイトハウス記者会見でも、ジャーナリストが政治家を追及する姿はよく見られますね。

マクニール 西側諸国と比較するのはあまり好きではありませんが、今回のような激しいやりとりは、イギリスの記者会見ではよく見られる光景です。ジャーナリストが政治家を問い詰め、自分が求めている回答が得られなかったり政治家が回答を避けたりするのがわかれば、しつこく聞き続ける。「失礼ですが、あなたの今の答えは私の質問への答えになっていません」などと追及する記者の姿はよく見ますね。

―マクニールさんは、日本で特派員として取材活動を続ける中で多くの会見に出席したり、ご自身でも会見の司会をしたりしていますが、日本の記者会見にはどんな印象を持っていますか?

マクニール 長年、日本にいるせいか、私も日本の慣習に多少慣れてきてしまった部分があるかもしれませんが、日本の会見では発表する側もジャーナリストの側も非常に丁寧で礼儀正しくあろうとします。一般的に、日本人は他者に対して失礼のないように接したり、相手を不快にしないように気を遣ったりする。また、そうすることへの無言のプレッシャーもありますね。

そういったことを前提に考えても、メディアは自分たちが国会議員を追及できる機会を持つ機関であることを肝に銘じるべきだし、その機会を有効に利用すべきです。そして、今村大臣のような人には、国民に対する説明責任があることを再認識してもらうべきでしょう。我々の血税を収入としているのなら、きちんとその責任を果たすべきです。

―今回の今村大臣の発言だけにとどまらず、政権が自主避難についてどう受け止めているか、その考え方が透けて見えたように思います。

マクニール 安倍政権の閣僚は、これまで徹底して自分たちの意見だけを一方的に伝えることに努めてきました。それは、今回の記者会見のように真意を問う質問をされ、それについての説明を避けるためだったと思います。日本の記者クラブ制度はこうした質問を除外してきたわけです。

記者は一度だけ質問をしたら黙って座っていろ、という暗黙の了解があり、西中さんはその掟を破った。もし、持ち時間を超過したとしたら、「他にも質問したい記者がいる」などと言って会見を軌道修正するのは、まさに大臣の役割です。しかし、今村大臣はそれもしませんでした。西中さんの質問に答え続け、最終的に信じられない意見を述べてしまったわけです。

―今村大臣は激怒して、西中さんに会見への出席禁止を言い渡しました。これも、報道の自由を規制しようとする安倍政権の態度のひとつと見ることができるのでは?

マックニール そうですね。安倍政権の記者会見における特徴は、「なるべく質問をさせない」こと。安倍首相は会見時間を大幅に使ってしゃべります。そしてその後、残り少ない時間内でほんの数人の記者から質問を受けますが、それも彼がよく知る記者なわけです。安倍政権の政治家は皆、回答に詰まるような質問をされるのを嫌がり、不快に思うようですね。

私は以前、アニメ映画監督の宮崎駿さんの記者会見の司会を務めたことがありますが、宮崎さんは席に座るなり「どうぞ、なんでも聞いてください」と記者に向かって言いました。何も隠すことがないからですよね。宮崎さんは自分の意見に自信を持って発言していましたが、安倍政権の閣僚は隠すことが多すぎて、まるで自分たちの意見に自信がないという印象を与えます。これは非常に風通しが悪く、健全な為政者のあり方ではありません。

民主主義とは、単に3、4年に一度の選挙で代表を選ぶことを言うのではありません。本来の民主主義国家では、国民から選出された代表が自分たちの言動や政策などについて必要に応じて説明し、時に不快に感じる質問が寄せられても、それに対してもきちんと自らが推し進める政治を説明するべきです。そして、それを実行できる人たちによって国家は統治されるべきなのです。

(取材・文/松元千枝 撮影/長尾 迪)

●デイヴィッド・マクニール









アイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インデペンデント」に寄稿している。著書に『雨ニモマケズ 外国人記者が伝えた東日本大震災』(えにし書房刊 ルーシー・バーミンガムとの共著)がある

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