■日本人とユダヤ人に奇妙な共通点多数

 今年5月14日はイスラエル“再建国”69周年の記念日だった。日本とイスラエルは外交上も密接な関係にあるが、表面的な結びつきだけではなく“日本人の起源はユダヤ人だ”とする「日ユ同祖論」までもが一部の歴史家たちの間で指摘されている。

 この日ユ同祖論の根拠としては、まず神道とユダヤ教の祭事に数多くの類似が見られること、そして神道における「三種の神器」がユダヤにも存在すること、さらに大和言葉とヘブライ語の共通点、勤勉で真面目だという民族的性質……など数々の理由がある。また、安倍晴明の活躍で知られる陰陽道では、陽の星を五芒星、陰の星を六芒星(ユダヤにおける「ダビデの星」)で表すが、そこにも日ユ同祖論につながる秘密があるのかもしれない。

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■淡路島にガチの古代ユダヤ遺跡があった!

 去る5月14日、淡路島の洲本市(兵庫県)で「淡路菰江(こもえ)古代ユダヤ遺跡奉賛会」が「古代ユダヤ遺跡発掘65周年記念式典」を開催した。そう、同市では1952年10月に地元の歴史研究家・白山義高氏やユダヤ教の大司教・ローゼン氏、さらに日本イスラエル協会会長・小林考一氏らが古茂江海岸を発掘調査しており、ユダヤの印がついた漬物石やダビデの紋章がついた指輪などが次々と出土している。そのため、これを古代ユダヤ遺跡(イスラエル塚)と考え、かつてイスラエルの「失われた10支族」が淡路島を来訪していたと信じる人々も多いのだ。現在、問題の遺跡には大きな石の蓋があり、中をよく見ることはできないが、周囲には石灯籠が置かれ、鳥居も建てられて神社のようになっている。

 さて、出土した漬物石に刻まれたユダヤの印には、「聖なる波」と読める箇所があると主張する研究家もいる。この研究家によると、「波とは、波に揺られて葦舟(あしぶね)で淡路島に渡ってきたユダヤ人の状況を描写している」という。また、遺跡の状態については「2700年前の形状を備えている。丸い玉子型の形状は、ユダヤ人がお墓として用いる形状。石が小さければ子どもの冥福を祈ったのだろう」とのことだ。2700年前、本当にイスラエルの失われた10支族は淡路島を訪れ、死者を弔うためにこの遺跡を残したのか?


■地元の歴史研究家が熱弁

 真実に一歩でも近づくため、筆者は淡路島に暮らす地元の歴史研究家で、日ユ同祖論について研究し、ヘブライ語もたしなむU氏に問題のユダヤ遺跡であるイスラエル塚について質問した。

――日本人のルーツを考えるにあたり、淡路島洲本市のイスラエル塚は大変興味深い遺跡です。淡路島とユダヤ人とのつながりを示す伝承が他にもあるのでしょうか?

U氏  今は亡き古老に聞いた話です。その昔、淡路島で大干ばつが起きたとき、ある溜め池が干上がったそうなのですが、すると水面下に六芒星の形をした石組が現れたといいます。その溜め池がどこなのかはわかりませんが、イスラエル塚の近辺であるという説、灘油谷(なだゆだに)という南あわじ市の近辺であるという説もあります。これは、灘油谷の語源が「ユダヤ」という言葉だとする解釈に基づいています。 

――それにしても、日ユ同祖論を裏づける証拠として、青森にある「キリストの墓」や、モーセが来訪したという伝承が残されている徳島の「剣山」などに比べると、淡路島のイスラエル塚は知名度が低いように思えるのですが。

U氏  残念ながら、淡路島でさえイスラエル塚を知っている人は多数派ではありません。しかし、海外ではとても名前が知られており、有名なのですよ。


 賢明な読者ならご存知の通り、日本も含めた各国の大手メディアは、総じて“ユダヤ絡み”の報道について及び腰だ。しかし、インターネットの普及や人的交流の活発化によって、ようやく淡路島にある古代ユダヤ遺跡に関する研究が脚光を浴び始めた現在、我々のルーツが明らかになる日が着々と近づいているのかもしれない――。

(文=深月ユリア)

イメージ画像:「Thinkstock」より