「入れ墨奉行・遠山の金さん」は、庶民の気持ちを知る名奉行として講談や時代劇に描かれた。しかし、大阪市役所の“お役人さま”は、勤務する福祉施設の児童たちに入れ墨を見せ、“アホ、ボケ、殺すぞ”と脅しまくっていた。

 橋下徹・大阪市長はこの一件をきっかけに職員の「入れ墨調査」に乗り出したが、労組側は「人権侵害」と反発し、教育委員会はアンケート調査を拒否している。彼らの、市民感覚とはあまりにかけ離れた主張の数々をジャーナリストの武冨薫氏が検証する。

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 大阪市の約3万3500人の職員(教職員を除く)の中で、入れ墨をしていると答えたのは環境局73人、交通局15人など110人に上った。そのうち、98人が他人の目に触れる部分に入れているという。大半は上腕部に数センチ四方の「骸骨」「羽根」「稲妻」などの模様だったが、中には背中に「唐獅子模様」の彫り物を入れている職員もいたと報じられている。環境局の申告者の半数は採用後に墨を入れていた。

 調査結果を受け、橋下市長は、「僕だって知事になる前までは髪の毛も茶色で、偉そうなことは言えないが、市長や知事になるとなったら黒く染めるわけですよ。入れ墨の是非は個々人が判断すればいいが、公務員は違う。そこは許されない」とコメントし、原則は入れ墨を消させ、従わない場合は分限解雇などを含めた処分を検討。さらに、未回答の職員(約500人)については昇進させない考えを示した。

 異常なのは、入れ墨調査に対する労組側の反応だった。

 大阪市労働組合連合会(市労連。組合員約2万8000人)は『「入れ墨に関する調査」を実施した市側姿勢に抗議する!』という抗議文を出し、橋下市長を「マスコミを巧みに利用して世間の注目を集めることを幾度となく繰り返すやり方には辟易するばかりか、嫌悪感すら覚える」と批判。さらに、労組と関係の深い大阪労働者弁護団の調査中止を求める声明を引用して人権侵害だと主張しているのだ。

 声明の内容はほとんど報じられていないが、その論理が市民感覚といかにかけ離れているか、一読して驚かされる。

 その中ではまず、児童福祉施設での事件について、〈当該市職員の行為が判断能力の未発達な児童に対するものとして不適切であった〉とし、成人なら問題なかったとも読める記述になっている。

 その上で、入れ墨は「幸福追求権」だと主張する。

〈人が身体に入れ墨やタトゥーを施すことは、個人の表現の自由であり、幸福追求権、人格権の一発露であり、プライバシーである。入れ墨等を施し、これを他人に見せるか見せないか、知らせるか知らせないかは全く個人の自由であって、何人からもその存在を意に反して表明することを強制されるべきものではない〉

 児童福祉施設の職員の入れ墨は幸福追求のためであり、判断能力が未発達な児童以外なら他人に見せるか見せないかは自由だ。しかし、知らせるかどうかも自由だから調査で回答を強要されるべきではないというのである。

 次に公務員の“入れ墨合法論”が続く。

〈地方公務員法上、職員が入れ墨等を施すことは何らの義務違反も構成しない。(中略)地方公務員としてプライパシー権を制約されるべき法的根拠はない〉

 さらに、調査は入れ墨への社会的偏見を助長するとまで言う。

〈入れ墨等に対する社会的な偏見は、暴力団対策の強化政策とともに強まる傾向にある。本件「入れ墨に関する調査」は、この社会的な偏見をなくすどころかいたずらに助長するものである〉――この論理に従えば、市役所職員が入れ墨をひけらかしていても、市民はそれを“職員の幸福実現を果たしたいい役所だ”と喜ぶべきだということになる。

※SAPIO2012年6月27日号

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