(C)2016 LOVE AND WAR LLC

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」

世界三大映画祭を制したユーゴスラビア出身の名匠エミール・クストリッツァが9年ぶりに手掛けた長編劇映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』が9月15日から公開となる。

8月下旬に来日したクストリッツァ監督は、彼が率いるバンド〝エミール・クストリッツァ&ザ・ノー・スモーキング・オーケストラ〟を提げて一夜限定のスペシャルライブを開催。さらに、16日から全国で彼の特集上映が開催されるなど、これまでにないほど熱烈に新作が迎え入れられている。

昨年のヴェネツィア国際映画祭でお披露目された最新作『オン・ザ・ミルキー・ロード』は、戦争が終わらない国を舞台にした、男と女の逃避行を描いたファンタジックなコメディ映画。全編に大音量で流れ続けるバルカン・ミュージックと、ユーモラスに戦争への皮肉を込めた筋書きは、クストリッツァの映画でしか体験できないひと時だ。

<〜幻影は映画に乗って旅をする〜vol.47:9年ぶりのクストリッツァ!純愛ファンタジー『オン・ザ・ミルキー・ロード』に込められた反戦のメッセージとその原点>

(C)2016 LOVE AND WAR LLC

隣国と戦争中のとある国。ミルク運びのコスタ(エミール・クストリッツァ)はハヤブサを肩に乗せながら、銃弾の間をくぐり抜けてミルクを届ける。雇い主の娘ミレナはコスタに想いを寄せており、花嫁を連れて戦地から帰ってくる兄のジャガとともに、ダブル結婚式を行おうと計画するのだ。ところが、ジャガの花嫁に一瞬で惹かれてしまうコスタ。そこに花嫁を追ってきた英国将校が特殊部隊を率いて乗り込んでくるのである。

序盤から目を奪われるのは、ハヤブサ目線の高い位置からの俯瞰ショット。ロバや大蛇をはじめとした、あらゆる動物たちがきっちりと〝芝居〟をしているクストリッツァ作品独特の世界観にすっかり魅了されていると、動物たちに負けじと俳優たちもフィジカルな魅力を次から次へと繰り出して行く。

序盤に登場する大時計のくだりや、終盤の滝を落ちていく様など、上下の運動をふんだんに活かしたり、ミレナが『フラッシュダンス』の音楽をかけながら回転してコスタの肩の上に乗るなど、一見すると異様に映る些細なアクションが、映画を観ているという至福へと誘って行く。

(C)2016 LOVE AND WAR LLC

ストーリー的な破綻も、あからさまな合成描写も厭わずに、あくまでも二人の純粋な愛を追い続けた終盤の逃避行シーンは、息を呑むほどに美しい。ラブストーリーというのは、登場人物が二人いれば成立しうるということを証明している。

エミール・クストリッツァは、常に映画を通して戦争の虚しさを語る。今回のラストシーンで、地雷原を石で埋め尽くしていくクストリッツァ本人が演じる主人公の姿(短編『Our Life』で監督自身が演じた役が基になっている)。まさに彼自身の映画作りを形容しているかのように映る。

前述したクストリッツァ作品の特集上映「ウンザ!ウンザ!クストリッツァ!」で上映される、彼の代表作である『アンダーグラウンド』は、彼の反戦のメッセージが最大限に込められた、90年代を代表する一本であり、すでに映画史を語る上では欠かすことのできない〝名作〟であると言っても過言ではないだろう。

公開からしばらくの間、VHSでしか見ることができなかった『アンダーグラウンド』は、2011年のリバイバル上映を機に、現在では全国のレンタル店で容易に借りることができるようになった。そんな本作が、今回の特集上映では171分のオリジナル版とは別に、テレビ放映用として作り出された5時間14分の完全版も日本で初お披露目されるのだ。

クストリッツァが生まれたユーゴスラビアの、戦後50年に渡る混乱の歴史を描いた壮大な物語は、ファンタジーとユーモア、音楽と愛に溢れ、まさに今回の『オン・ザ・ミルキー・ロード』の原点とも呼べる。策略家のマルコと、電気工のクロを主人公に、ナチス侵略から逃れ、地下に避難した人々の生き様を綴って行く。戦争という暗い現実の中でも、悲観的にならずに生き続けて行く人々のドラマに、心奪われずにはいられない。

今回上映される完全版が、どのような結末となるのか、筆者はまだ未見ではあるが、171分のオリジナル版のラストシーンは、筆舌に尽くしがたい。あらゆる映画の真髄が詰め込まれたこの巨編を、大スクリーンで堪能できる機会を逃す手はあるまい。

『オン・ザ・ミルキー・ロード』を観てクストリッツァ作品へ興味が湧いたならば、是非とも彼の過去の作品を通して、ユーゴスラビアという国の歴史に触れてほしい。

■「〜幻影は映画に乗って旅をする〜」の連載をもっと読みたい方は、こちら

(文:久保田和馬)

関連記事

『少女ファニーと運命の旅』で未来へ語り継ぐ、ナチス占領下フランスの子供達
不遇の名作『ありがとう、トニ・エルドマン』が描く、父親の愛情とユーモアの意味
『ボンジュール、アン!』で監督デビュー。華麗なるコッポラ一族と女優ダイアン・レイン
『カフェ・ソサエティ』でウディ・アレンがした「原点回帰」と「新たなる挑戦」