プレジデントオンライン

■公約は政治の方向性であって「工程表」じゃない!

猛批判があるにせよ、小池百合子さんと前原誠司さんのとんでもない政治行動で、日本の政治グループが分かりやすく整理された。〔自民党・公明党〕、〔希望の党・維新の会〕、〔共産党・立憲民主党〕という3グループに。

そして各党の公約も出そろい、テレビ討論や新聞での党首の主張も盛んになってきた。それに合わせて政治評論家、学者、メディアなどの自称インテリも、各党の公約を吟味して、あーでもない、こーでもない、と意見している。

でもね、いつものこのパターンは、もう終わりにしないといけない。選挙で各党の公約を細かく比較しても意味がないんだよね。特に大きな新党が突貫的に設立された今回の選挙では各党の公約を吟味しても全く意味がない。えっ? 選挙ではちゃんと公約を検証してから投票しましょう! って皆言ってるじゃない! だって? それは、そう言えば誰もが反対しない模範解答だから。

現実は各党の公約なんか比較しても全く意味がないし、こんなことをやり続けるから日本の政治はよくならないんだよね。こんなことを言うと自称インテリ連中から批判を受けるから、分かっていても正直に言う者が少ないだけなんだ。

まず公約はほとんどが守られない。というか守ることができない。ここはしっかりと押さえなければならない。

政治家が打ち出す公約は、そのような方向で政治を進めたいという「願望」のようなもの。元三重県知事の北川正恭さんは、願望ではなく政党が国民に約束するものとしてマニフェストというものを提唱した。これは一定意味があった。それまでの選挙における政治家の主張と言えば、自分の名前を連呼して「お願いします!」ばかり。あとは「頑張ります!」「日本を良くします!」「日本を元気にします!」の抽象的な精神論ばかり。

それがマニフェストという形で、政治家がかなり具体的な政策を提示するようになった。ところが、政治家が選挙前に掲げる公約と、実際にそれを実行するための工程表の違いが日本ではきちんと整理されていないことから大混乱をもたらし、今もその混乱は続いている。

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北川さんや自称インテリが唱えるマニフェストは、政治家が示す大きな方向性の下に、役所が具体的に政策や制度を作り込む際の工程表・スケジュールの意味合いなんだよね。政治家が示すものではない。

僕が脱原発依存の方向性を出した時も、朝日新聞や毎日新聞は具体的な工程表を出せ出せと言ってきた。そんなもの政治家が作れるわけがない。脱原発依存の方向性について選挙で信任を得たら、次に役所をフル稼働して工程表を作るもの。工程表なんて政治家が作るものではないし、作ることなど不可能。

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政治家の公約は、何百人単位の役人が総がかりで議論し、日本の複雑精緻な法体系と整合性をとり、関係各所との膨大な利害調整を行い、財源を確保してやっと具体的な制度となる。そして最後は議会の賛成をもらってやっと実行できる。政治家の公約は直ちに実行されるものではないし、むしろ役人の議論・検討過程で実現不可能なことが判明して実行されないことが多いんだよね。だから公約がそのまま完全に守られるということの方が例外なんだ。

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■政党の選択は福袋と同じ! 公約を一つ一つ吟味したら投票先は決まらない

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公約の中身を細かく吟味すればするほど、どの政党がいいのか分からなくなる。政策や制度なんて無限にある。自民党と希望の党の公約を見ても、政策や制度がずらーっと並んでいる。同じもの多い。そして、その一つ一つに賛成できるものは○、反対のものには×を付けていくと、自民党の公約にも希望の党の公約にも○×が混在するだろう。

公明党、維新の会、共産党、立憲民主党の公約も○×が混在するはず。もちろん○の数には違いがあるだろうけど、僕が大嫌いな共産党の公約にも○は必ずあるはずだ。政策・制度の数が多くなればなるほど、○×が混在する。全部○、全部×という政党の公約などないはずだ。

公約の中身に○×が混在する以上、公約だけで政党を選ぶのは困難だ。もし公約だけで政党を選ぼうと思えば、公約に掲げる政策・制度を可能な限り少なくして○×の混在をなくしていかざるを得ない。究極的にはワンイシュー(単一争点)選挙だ。

メディアなどの自称インテリはほんといい加減なんだよ。「ワンイシュー選挙は良くない。複数の政策・制度を吟味すべきだ」と言いながら、じゃあ実際に複数の政策・制度を吟味すれば○×が混在して政党選択ができなくなることを指摘しない。それでいてメディアは各政党が公約であれだけの政策・制度を掲げているのに、結局は原発・消費税・憲法改正の3点に絞って各政党を比較している。それって3イシューじゃん!(笑)

幅広く政策・制度を吟味しろ、と言いながら、そんなことを本当にやればどの政党がいいかなんて判断できなくなることをメディアは知っているはずなのに、きれいごととして幅広く吟味しろと言う。公約の政策・制度を一つ一つ吟味しても意味がない。やっぱり政党の「色」を大づかみに、つかんでいくことが重要なんだ。

まあこれは福袋を選ぶようなもんなんだよね。しかも同じような商品がごちゃ混ぜに入っている複数の福袋から一つの福袋を選択するような感じ。こんなときに袋の中身を一つ一つ吟味しても仕方がない。欲しい商品もあれば、要らない商品もある。宝石の専門家やおもちゃの専門家、器の専門家や衣服の専門家などに一つ一つの商品を鑑定させても福袋の選択には直接つながらない。自称インテリの政策吟味は個別商品の鑑定と同じようなことをやっているだけで福袋の選択には意味がない。福袋を選択する際、選択の対象は個別の商品ではない。あくまでも袋の中の商品を一つのまとまりとした福袋全体が選択の対象。この場合には福袋同士を比較するしかないんだよね。じゃあそのときにどうやって選択するか。袋の中の商品全体を一つのまとまりとした福袋全体の雰囲気と、あとは価格で決めるかな。これがまさに有権者の政党選択。

結局有権者が政党を選ぶにはその政党全体としての雰囲気、政党の色で判断せざるを得ないんだよね。政党の色というのはさっきも述べたけど、一つ一つの細かな政策や制度というよりも、政党の大きな考え方。だからこそ、政治家の議論で重要なのは、役所がやるような個別の政策や制度の議論ではなくて、政治の方向性についての大きな考え方の議論なんだ。

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■安倍政権の実績が「まし」なら続投、「全然ダメ」なら政権交代

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まとめれば、まずは安倍政権の実績をしっかりと評価する。報道で騒がれたことだけでなく、むしろ騒がれていない着実な実績をしっかりと見る。これまでの政治や他党と見比べて、まあそれでいいか、というなら政権与党に。全くダメなら野党に。

政治に100%完璧を求めてはいけない。まあいいかどうかくらいの基準で評価するのが賢明だ。そこそこいいのに、100%完璧じゃないからといって現政権を否定し、野党に政権を委ねたらもっと悪くなったというのでは洒落にもならない。

仮に現政権が全くダメだとして野党を選ぶにしても、安倍政権と「違う」希望・維新か、「全然」違う共産・立憲民主か程度の判断で必要にして十分。

自称インテリが公約をやっきになって検討しているのは、論理的な判断思考過程のメカニズムの理解が足りないから。これは司法研修所の要件事実論というもので学んだんだけどかなり高度な理論なので詳細は割愛します。

要するに「公約の中身を一々検証しても、それが政党選択には繋がらないでしょ。だったらそんなことを検証しても無駄」という話。公約は実現されるか不明で、さらに公約の中身を一つ一つ検証しても賛成、反対が混在するんだから。

政党選択に必要な要素は何かを論理的に考えていくと、それは安倍政権の実績の評価であり、よりましな基準であり、野党を選ぶにしても公約の中身というよりも政党の色であり、それは現政権との違いの程度だよね、ということを見つける思考力が要件事実論。

裁判の世界では判決(判断)を下すのにどんな事実を主張、立証しなければならないのか、これを見つける能力が勝敗を左右するんだよね。この能力のない弁護士は、勝訴につながらないとんちかんな主張・立証ばかりして勝てないんだよ。今回は、政党選択するにはどんな要素を判断しなければならないのか、を要件事実論を応用して論理的に詰めて考えました。こんなことをやっている政治評論家、政治学者は見たことないでしょ?(ここまで約3500字、メルマガ本文の文字数は約1万8500字)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.75(10月10日配信)を一部抜粋し簡略にまとめ直したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで。今号は総選挙特集《【2017年総選挙(3)増大号!】大事なのは安倍政権の実績評価!今回の選挙は公約なんかで選ぶな=前編》です!!

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