連載『南役のTVコンシェルジュ』今回は特別編
南役さんの最新刊『「朝ドラ」一人勝ちの法則』 (光文社新書)発売記念!

ドラマヒット法則を分析したこの最新刊と連動し、肝となる内容の一部を特別大公開!
もちろん書籍そのままではなく『TVコンシェルジュ』用に加筆・編集された特別バージョンでお届けします。
前編はこちら

 1つ質問。
 「朝ドラ」と聞いて、どんなドラマを連想します?
 恐らく――戦争を挟んだ女性の一代記だったり、大正昭和ノスタルジーだったり、やたら明るいオープニングだったり、いつも駄に前向きなヒロインだったり――まぁ、そんなところだと思う。

 ところが、である。
 実は、そんな朝ドラらしい朝ドラって、半世紀以上にも及ぶ朝ドラ歴史全体を見渡すと、むしろ少数なんですね。
 まず、朝ドラが始まった1961年から16年間ほどは、試行錯誤の時代だった。男性主人公だったり、ロードムービーだったり、ホームドラマだったり、現代劇だったりと、色々な作が試みられた。
 ようやく定番のフォーマットが根付いたのが17、76年放映の『じゅうたん』から。そこから昭和が終わるまでの12年間が、いわゆるらが連想する朝ドラらしい朝ドラが放映された時代である。

 しかし――平成に入ると、突如その連鎖は断ち切られる。平成元年ドラマ青春家族』を皮切りに、以後は現代路線の作品が多くなり、その流れは実に2009年の『ウェルかめ』まで20年間も続いたのだ。

朝ドラ法則7つの大罪

 つまり、2009年までの朝ドラ歴史は――

 試行錯誤(16年間)→定番(12年間)→現代路線(20年間)

 ――と、定番じゃない時代のほうが圧倒的に長かったのだ。だが、らは朝ドラと聞くと、自ずと定番のフォーマットの方を連想する。それはひとえに、その時代の朝ドラお茶の間に親しまれたからに他ならない。

 そう、定番――。前編の終わりでも述べたが、それをもたらしたのが、まさに朝ドラ法則、「7つの大罪」である。
 そして、長期低落にあった朝ドラ2010年、『ゲゲゲの女房』で復活した背後にも、その法則の復活があった。そして、以降の作品もその路線を踏襲することで、今日朝ドラは視聴率20えの第二の黄金期を迎えたのである。

朝ドラは、「おかず」ではなく「ごはん」

 かつて、お茶の間に「朝ドラ」のイメージを植え付け、高視聴率を獲得し、今また、それを復活させて朝ドラに第二の黄金時代をもたらした「7つの大罪」とは――?

 それを説明する前に、1つ、たとえ話をしたいと思う。
 朝ドラ毎日月曜日から土曜日まで週6日放送される。それはテレビの業界用で「習慣視聴」と呼ばれる。毎日見るものだから、いわば「ごはん」と同じである。
 一方、通常の連続ドラマ、連ドラは週一の放送。それは朝ドラの「ごはん」に対して、いわば「おかず」の立ち位置だ。

 そう、ごはんとおかず――。両者の“美味しさ”の基準が違うのは当然である。おかずは単純に食べて「美味しい」ものがめられる。一方、ごはんは毎日食べても「飽きない」美味しさがめられる。いくら美味しいチャーハンでも、毎日食べたら飽きる。一方、美味しい毎日食べても飽きない。そう、朝ドラめられる面さとは、まさに、このの美味しさなのだ。

朝ドラの肝はの安定的運用

 朝ドラは「習慣視聴」の番組である。それは、朝ドラターゲットである、庭の主婦の習慣に組み込まれていることを意味する。基本、作品が変わっても、彼女たちの習慣は変わらない。いわば「ごはん」と同じである。そこにめられる一番の要素は、“飽きられない”こと。

 つまり、朝ドラは「面い!(美味しい)」と喜ばれることよりも、「もうダメ、理(飽きた)」と言われないことが肝要なのだ。奇をてらった面さ(美味しさ)よりも、嫌われない(飽きられない)ための均的なクオリティめられるのだ。

 そう、朝ドラの肝は、「」の安定的運用である。工業製品のように、毎作品、一定のクオリティドラマを量産することが何より大事なのだ。

朝ドラは一日にしてならず

 かように、朝ドラめられるのは、際立った面さではなく、均的クオリティである。そして、それをもたらしてくれるのが「7つの大罪」というワケ。
 その法則に沿ってドラマを作ってさえいれば、工業製品のように一定のクオリティ朝ドラが量産できるのだ。

 ――とはいえ、先に示したように、その「7つの大罪」は一一夕で生まれたわけではない。朝ドラスタートから16年ほどは様々なパターンが模索され、試行錯誤の末に、ようやく確立されたのだ。そう、朝ドラは一日にしてならず――。

 では、いかにして、その法則朝ドラ歴史の中で育まれたか。いよいよ、そのを紐解きたいと思う。

文字通り、連続テレビ小説だった

 朝ドラ――NHK連続テレビ小説は、現在放映中の『わろてんか』で97になる。歴史的な1002019年4月スタートだ。

 そんな朝ドラ歴史が幕開けたのは、今から半世紀以上前の1961年昭和36年)である。毎帯で15分(第1作のみ20分)のドラマを放送する形態は、日本初。その独特のフォーマットは、それ以前に人気を博した同局のラジオ放送の「連続ラジオ小説」を踏襲したものだった。いや、そのラジオ小説も新聞小説元ネタだから――要するに朝ドラとは、新聞小説テレビ版である。だから「連続テレビ小説」なのだ。

 記念すべき第1作は、作家・獅子文六の自伝小説と私』だった。
 同ドラマで画期的だったのは、ナレーションを務める北沢彪演じる主人公が、最後まで自身の名前を明かさず、一人称の「私」で通したこと。そのためシーンの大半は彼のモノローグだった。それは、忙しい主婦への配慮だったと聞く。台所仕事の片手間でも、で聞いているだけで話のスジが分かるからである。

 そう、今日まで続く朝ドラナレーションは、そうした経緯から生まれたものである。

そうそうたる作家

 明期の朝ドラは1年間の放送だった。そして「連続テレビ小説」のタイトルが示す通り、小説原作とする作品が多かった。2作以降も、井栄、武者小路実篤、美子川端康成――そうそうたる作家の作品が続いた。

 そのため、今のような女性の一代記が定番ではなく、多種多様なドラマが作られた。3作の『あかつき』は、大学教授の職を捨て、画業に打ち込む主人公50代の佐分利信が演じた。5作の『たまゆら』は、智衆演ずる定年退職した初老の男が、古事記を手に全する話だった。なんと、あの智衆サンが朝ドラ主人公だったのだ。20代前半のヒロインが活躍する今の朝ドラとは隔世の感がある。

 そう、明期の朝ドラ自由だった。

朝ドラの礎『うず潮』

 しかし、実はこの中に、既に今日朝ドラの礎と言える作品が登場していた。このドラマの成功なくして、その後の朝ドラ歴史はなかったと言われるほど。
 それが――1964年の作品、4作の『うず潮』である。ちなみに、あの『ひよっこ』の舞台設定の年だ。そう、東京オリンピックの年の作品である。

 同ドラマは、『放浪記』で有名な作家美子の半生を描いた物語だった。これが大ヒットする。均視聴率は30.2%、最高視聴率は47.8%。この成功を機に、それまで数多あるドラマの1つに過ぎなかった朝ドラが、民的ドラマとなったエポックメーキングな作品となった。

『うず潮』がヒットした理由

 なぜ、『うず潮』はヒットしたのか。
 1つは、舞台となった時代背景だろう。ヒロインモデルになった美子は1903年に生まれ、51年に没している。その間、日本関東大震災日中戦争、そして太平洋戦争と未曽有の大事件を経験した。前編でも述べた「戦争物語を作る」である。

 また、ヒロイン青春期を過ごした大正から昭和初期に至る時代は、視聴者大正ロマン昭和のモボ・モガといった古き良き時代ノスタルジーを想起させた。これも人気を博す要因となった。

大阪制作が生んだ“新人抜

 いや、それだけじゃない。『うず潮』は、初めてNHK大阪放送局(略称:BK)が制作したことでもエポックメーキングな作品だった。この年、昭和39年東京オリンピックの年。そのため、東京NHK放送センター略称:AK)はその準備で手が回らず、朝ドラ制作大阪にお鉢が回ったのだ。
 その結果、後の朝ドラに大きな影を及ぼす、思わぬ副産物があった。――役への新人抜である。

 先に述べたように、それまで朝ドラ役と言えば、佐分利信や智衆などの大物俳優が起用されるものだった。しかし大阪制作だと、1年間にわたって大阪拘束される。その条件をんでくれる役者探しは容易でなかった。
 そこで、仕方なく関西新劇界の新人・美智子を抜する。弱冠24歳。ところが――これが怪の功名となる。

ヒロインに親線の視聴者

 朝ドラ視聴者である主婦均年齢は50代。彼女たちからすると、24歳のヒロインである。つまり親線になる。かくして、ヒロイン美智子はたちまちお茶の間の人気者になった。そして、その年の『紅白歌合戦』の会者にも抜される。そう、今日では恒例となった朝ドラヒロイン紅白会起用も、この年が最初だったのだ。

 いかがだろう。
 「戦争物語を作る」に加え、「女の一代記」、「大正昭和ノスタルジー」、「大阪制作」、「新人抜」といった、今日朝ドラを構成するいくつもの法則が、既にこの作品に見受けられる。
 そして、同ドラマの成功が、あの伝説朝ドラを生むのである。

伝説朝ドラ『おはなはん』

 それが、朝ドラ6作の『おはなはん』だった。
 当初、ヒロイン森光子が予定されるが、クランクイン直前に病気で降。急遽、羽の矢が立ったのが劇団民の新人・樫山文枝だった。
 同ドラマは、均視聴率45.8%、最高視聴率56.4%と『うず潮』をしのぐ大ヒット朝ドラ均値が40えたのも、最高視聴率が50えたのも、初の快挙だった。
 
 物語は、爛漫な主人公・浅尾はなが、陸軍中尉である速水太郎結婚して、日露戦争から関東大震災太平洋戦争へと至る波乱万丈の時代を、底抜けの明るさとユーモアで生き抜いた女性の一代記である。
 第1話、ヒロインのはなが、訪ねてくる縁談相手の速水を木に登って眺めるシーンは、同ドラマの名場面だった。後に『あさが来た』の1話でも似たような構図のシーンがあるが、あれは『おはなはん』へのリスペクトである。

『おはなはん』が開拓した法則

 こうして見ると、『おはなはん』のヒットの要因に、「戦争物語を作る」をはじめ、「女性の一代記」、「新人抜」、「大正昭和ノスタルジー」といった『うず潮』の成功要因が踏襲されているのが分かるだろう。
 でも、同ドラマの成功要因はそこに止まらない。新たに2つの法則を加えたのだ。

 1つは題歌である。それまでの5作と違い、明るい曲調のインストゥルメンタル作曲は、今年92歳で亡くなられた小川だった。これ以降、明るい曲調の題歌は朝ドラの定番となる。視聴者は一日の活をもらえる音楽めていたのだ。いわば朝ドラリセット。近年では『あまちゃん』のオープニングが明るいインストゥルメンタルだったが、あれも作曲大友良英による往年の朝ドラへのリスペクトである。

 そして、もう1つの要素が、このコラムの前編でも述べた「夫殺し」である。
 高橋幸治演ずる夫の謙太郎。彼が物語の途中で病死することが分かると、女性視聴者から助命嘆願の手紙が殺到した。結局、当初の予定より死期が延ばされた。

 かくして、数々のヒット法則を生み出した朝ドラ。これ以降、ヒット街道をまい進するかと思われたが――コトはそう単純ではなかった。

試行錯誤の朝ドラ

 『おはなはん』の次の作品は『路』と言って、なんと男性主人公の路線に戻ってしまった。
 さらに、その次の8作の『あしたこそ』は、若手女性作家の半生をモデルにした現代劇。脚本は、朝ドラ初挑戦の田寿賀子だったが、視聴率が思うように伸びず、途中、彼女は一カほど休養した。

 9作の『信子とおばあちゃん』は、10代のヒロイン70代の祖の共演で女性の一生を表現した異色の現代劇だったが――作り手の思いむなしく、評判は今一つだった。
 そこで10作の『』は思い切って、当時TBS人気を博した“ホームドラマ”路線で臨むも――これもお茶の間がめる朝ドラではなかった。

 かくして、すっかり袋小路に迷い込んでしまった朝ドラ。気がつけば、かつて築いた法則をどこかへ置き忘れたようだった。
 だが、そこへ救世主が現れる。朝ドラ11作子ひとり』である。

子ひとり』が教えてくれたこと

 『子ひとり』は、昭和46年の作品である。幼くして両親と離れ、親戚ので育ったヒロインが、郷里の青森から上してを訪ね歩く物語だ。原作芥川賞作家三浦哲郎である。

 同ドラマは大変な人気を博した。均視聴率47.4は、あの『おはなはん』を上回る。これは今もって朝ドラ歴代2位の大記録である。
 ヒットの要因は――思うに「故郷を捨てるヒロイン」にあった。逃げ同然で故郷の青森を離れ、失踪したを探しに上するヒロイン物語はそこで、田舎から都会へ絵替わりし、登場人物も大きく入れ替わる。その落差が“物語”を生んだのだ。

 事実、これ以降、「故郷を捨てる」要素は、法則の1つに加わった。「今度の朝ドラの舞台は××」と謳いつつも――途中でその××を捨て、あっさりと上するヒロイン観光特需を期待する地元の人々からすると肩透かしだが、これで物語が面くなるのだから仕方ない。

朝ドラ絶頂期

 半世紀以上に及ぶ朝ドラ歴史の中で、均視聴率の第1位1983年の『おしん』である。
 だが、2位から5位までの4作品は、70年代前半に集中している。先の71年の『子ひとり』に始まり、続く72年の『よりく』、73年の『北の家族』、74年の『鳩子』がそう。この4作連続で朝ドラの視聴率TOP5に名を連ねる。70年代前半は、「朝ドラ絶頂期」と呼んでいいだろう。

 但し、一般にらが思い浮かべる朝ドラらしい王道路線は、山田太一脚本の『よりく』くらい。まだこの時代、法則が定着したとは言い難かった。
 そんな中、74年の『鳩子』は朝ドラ史においてエポックメーキングな作品となる。それは、同ドラマが「7つの大罪」の最後の1つを生むキッカケを作ったからである。

1年間から半年間の放送へ

 朝ドラ14作の『鳩子』は、広島原爆投下で戦争孤児となった記憶喪失ヒロインが、自分探しをする物語だった。
 ヒットの要因は、まさに「戦争物語を作る」にある。しかし、同ドラマはそれ以上に朝ドラ史にとって重要な意味を持つ。

 それが――脚本家の途中降だった。物語の中盤、脚本家制作と揉めて降りたのである(その後、復帰)。NHKは急遽、代役の脚本家を立てるが、この騒動を機に、同局は脚本のリスク回避やヒロイン健康管理の意味合いもあり、朝ドラを1年間から半年間の放送に変更する。それも東京(AK)だけで作るのではなく、半分は大阪(BK)に丸投げしたのである。

 そう、大阪丸投げ――だが、この措置が、朝ドラに新たな飛躍をもたらすことになる。

東阪2班体制へ

 1975年昭和50年)――。東阪2班体制となった朝ドラは、4月から9月の前期がAKで、大竹しのぶ演の『水色の時』を、10月から翌年3月の後期がBKで、田辺原作野暢子演の『おはようさん』をそれぞれ放映した。BKとしては『うず潮』に続く、朝ドラ2作だった。
 いずれも現代劇を選んだのは、朝ドラが年2班体制に生まれ変わったことへの意気込みもあったのかもしれない。

 そう、法則7つの大罪」の最後の1つは、この“大阪丸投げ”したことによる「東阪2班体制」である。
 この結果、いい意味で両班に競争意識が生まれ、視聴率やお茶の間の好みに敏感になったのだ。速、その成果は翌年に現れる。

朝ドラの祖『じゅうたん

 昭和50年朝ドラは、東阪とも現代劇で臨んだが、ここまで読んだ賢明な皆さんならお分かりになると思うが、そんなに簡単に視聴率が取れるほど、朝ドラは甘くない。案の定、どちらも視聴率は低迷した。

 そこで翌年、AKは女性の一代記の王道路線に回帰する。朝ドラ17じゅうたん』である。その辺りのAKの立ち直りのさは、やはり一日の長の成せる技だろう。
 いや、それだけじゃない。同ドラマは、それまで培われた法則を見事に踏襲したのである。

 朝ドラじゅうたん』は最高視聴率48.7%と大ヒット。そして、同ドラマの成功により、以後12年間にわたり、東阪の間で競争意識が働き、朝ドラに安定の時代が訪れる。
 それをもたらしたのが、法則7つの大罪」だった。

7つの大罪

 そう、7つの大罪――いよいよ本コラムの本題である。
 既に、個々の要素はこれまでの朝ドラ歴史の中でもたびたび述べてきたが、それらは定着するようで、何度も一進一退を繰り返してきた。それがここへ至り、ようやく定着したのである。

 ここで、7つの大罪を『じゅうたん』に当てはめて検証したいと思う。

①「気なオープニング
坂田一サン作曲インストゥルメンタル。とにかく明るかった。

②「駄に前向き」
主人公日本初の女性飛行す人物。文字通り“んでる”女性だった。

③「ぽっと出のヒロイン
ヒロインを演じたのは当時25歳の新人・浅茅陽子。演技はまだ未熟だったが、とにかくひたむきだった。

④「ノスタルジー狂」
舞台は大正から昭和戦後期まで。大正ロマンから昭和のモボ・モガ、そして戦争へ至るノスタルジー色満載だった。

⑤「夫殺し」
劇中、志垣太郎演ずる航空隊のヒロイン人が、よもやの墜落死。お茶の間の涙を誘った。

⑥「故郷を捨てる」
ヒロインの生まれ故郷は秋田である。しかし、彼女は飛行して上する。田舎と都会――そのギャップが物語をさらに面くした。

⑦「大阪丸投げ
本作は東京(AK)の制作だが、「大阪(BK)に負けてなるものか」との思いが、お茶の間がめる朝ドラを作る原動となった。よき競争である。

 ――いかがだろう。これが、世にいう朝ドラ法則7つの大罪」である。そして以降、12年間にわたり、朝ドラに安定時代をもたらすのである。

モンスタードラマ『おしん』の功罪

 1976年の『じゅうたん』から、1988年の『純ちゃん応援歌』までの12年間、朝ドラは安定の時代を謳歌する。それは先の「7つの大罪」が機した結果、毎年一定のクオリティの作品が生み出されたからである。

 だが、そんな中に1作だけ、やけに視聴率が立つ作品があった。いや、低いのではない。逆に高いのだ。1983年朝ドラ31の『おしん』である。制作はAK、脚本は田寿賀子だった。

 物語は、山形県の寒村出身のヒロイン明治から大正昭和にかけての動の時代を生き抜く、いわゆる女性の一代記である。途中、関東大震災太平洋戦争に遭遇するも、希望を失わず、前向きに生きるヒロイン物語だ。
 均視聴率52.6、最高視聴率62.9。その数字は朝ドラの歴代1位であるばかりか、日本ドラマ史においてもダントツ1位を誇る。後にも先にも、こんな怪物ドラマは他にない。

 だが、同ドラマの成功は、皮にも朝ドラに悲劇をもたらすことになる。
 実は、『おしん』は「7つの大罪」に必ずしも忠実な作品ではなかった。むしろ異端の作品だった。それが異例の高視聴率を生む一方、後々、朝ドラが低迷する一因も作ってしまったのだ。

『おしん』の何が異端だったのか

 一見すると、『おしん』はそれまで成功した朝ドラを踏襲した作品のように見える。一体、何が異端だったのか。

 1つは、NHKテレビ放送30周年記念作品ということで、『鳩子』以来、実に9年ぶりの1年間の放送になったこと。それまで東京大阪で、いい意味で競い合っていたのに、大阪が外されてしまった。結果、『おしん』はライバルがいない状態で始まった。まず、これが一点。

 2つは、異例の3人の女優によるリレー方式である。少女時代子役小林子が務め、物語の幹となる16歳から終戦を迎える40代までを名優・田中裕子が演じた。戦後、そのバトンベテラン羽信子に引き継がれた。

 それ以前もヒロインの幼少期を子役が務めることはあったが、せいぜい1週間。それが『おしん』は6週間。もはや1人の女優である。
 そして、メイン田中裕子は時に28歳。既に役を人気女優で、キャリア・実とも申し分なかった。朝ドラ役は新人女優というパターンから大きく逸脱したのである。

『おしん』は飛び切り美味しい“おかず”だった

 3つは、オープニング曲だ。朝ドラらしい気な曲調ではなく、一人の女性の波乱万丈な生涯を想起させる、深みのある楽曲だった。
 それは、こんな思いが込められている。「哀しくて辛い少女期に始まり、厳しい試練の日々の青年期。やがて不運を乗り越え成功を掴むが、深いふるさとへの思いを忘れない」――短い曲の中に、これだけの人生が凝縮されたのだ。

 かくして、『おしん』は磐石の体制で制作され、類い稀なる田寿賀子の脚本と、小林子や田中裕子ら役者の名演技で、予想をえるモンスター級の大ヒットとなった。
 もう、お分かりだろう。そう、『おしん』は飛び切り美味しい“おかず”として作られたのだ。それまで工業製品のように一定のクオリティを保ち、“ごはん”であり続けた朝ドラチームワークを乱し、一人美味しい“おかず”を作ってしまったのだ。

 飛び切り美味しいのだから、視聴率は取れる。だが、この成功体験が、後々ボディーブローのように朝ドラを苦しめていくのである。

禁断の果実

 いわば、それは禁断の果実だった。
 問題は、『おしん』がモンスター級にヒットしたことではない。朝ドラの作り手が「面ドラマを作ろう」と思い立ち、チームワークを乱して、“禁断の果実”に手を出してしまったことにある。その成功体験は朝ドラスタッフ裏に深く刻まれた。

 そして、時代は過ぎて昭和が終わり、平成が幕開ける。
 時に、民放の連ドラフジテレビ9ドラマを中心に、黄金時代を迎えようとしていた。
 その流れを見て、朝ドラにも野心が芽生える。かつて『おしん』で体験した「面ドラマを作る」というマグマが、ふつふつとオモテに噴出したのである。

朝ドラから連ドラ

 時に1992年朝ドラは前期のBKが賀子脚本の『おんなは度胸』で、後期のAKが内館牧子脚本の『ひらり』で臨んだ。共に視聴率もよく、評判も上々だった。翌93年は戸田菜穂をヒロインに、朝ドラ初の医療ドラマ『ええにょぼ』を制作。これもスマッシュヒットした。

 もう、お分かりだろう。これらは朝ドラというより、もはや「連ドラ」だった。『おんなは度胸』は、『渡る世間は鬼ばかり』でお染のベタベタなドラマである。『ひらり』も脚本家随一の界通として知られる内館牧子による、相撲部屋が舞台の渾身の連ドラだった。しかも題歌はドリカムである。それまでインストゥルメンタル一辺倒だった朝ドラ題歌が、同ドラマ以降、歌入りとなるエポックメーキングな作品となった。
 戸田菜穂演の『ええにょぼ』に至っては、今や連ドラではポピュラーな医療ドラマの先駆けだった。面くないわけがない。

丁半ばくちの世界

 平成に入り、連ドラ黄金時代に触発され、「面ドラマを作る」という“禁断の果実”に手を出してしまったNHK朝ドラ
 出足はまずまずだった。朝ドラも民放の連ドラと同じように、いい脚本家といい題材さええれば、それなりにヒットを出せることを明したのである。

 しかし、それが“暗中世”へと至るシグナルだった。
 長年守り通した「習慣視聴」に頼るビジネスモデルから、一作毎にヒットを狙うビジネスモデルへの転換。守りから攻めのドラマ作りに転換したと言えば聞こえはいいが、要は丁半ばくちの世界に踏み出したのである。

朝ドラ「暗中世」へ

 ここから先の話はあまり長くない。
 朝ドラ90年代から2009年にかけて、緩やかに視聴率を落としていった。出足こそ良かったものの、丁半ばくちに転じた朝ドラは、ひと度失敗すると、そのダメージが直にいた。

 思い出してもらいたい。朝ドラは習慣視聴の番組である。大事なのは、の安定的運用である。それゆえ、視聴者に飽きられない「ごはん」の立ち位置がめられた。
 しかし、ひと度「まずい」と思われると、視聴者は“”自体から離れてしまう。そして二度と戻ってこない。単に1つの作品が嫌われただけでは済まない。これが繰り返され――朝ドラは徐々に数字を落としていったのだ。

 そして、09年の『ウェルかめ』に至り、遂に均視聴率13.5と、歴代最低記録を更新したのである。
 まさに、失われた20年――それは朝ドラにとって「暗中世」だった。

朝ドラルネッサンス

 しかし、明けないはない。
 2010年朝ドラ82の『ゲゲゲの女房』で見事、同が復活したのは前編で紹介した通りである。
 まさに、朝ドラルネッサンス

 その最大の原動となったのが、ご存知「7つの大罪」である。
 『ゲゲゲの女房』をはじめ、『カーネーション』、『あまちゃん』、『ごちそうさん』、『マッサン』、『あさが来た』、『ととちゃん』、そして『ひよっこ』――評判になった朝ドラは、どれも「7つの大罪」に沿って作られたのである。

 え? それぞれ、どう当てはまるのか、個々に解説してほしい?
 いや、ここから先は一つ、あなた自身で考えてほしい。そして答え合わせを――あの本でやるといいだろう。
 そう、あの本でね。

(文:南役 イラスト高田真弓

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第27回「朝ドラ復活の鍵――7つの大罪」(後編)