世界的音楽家の坂本龍一を追ったドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』でメガホンを取ったスティーブン・ノムラ・シブル監督が、初上映を迎えたベネチア国際映画祭にて、観客の反応から本作に込めた思いなどを語った。

 本作製作のきっかけは、坂本がオーガナイザーを務め、「脱原発」を呼びかける音楽フェス「NO NUKES」を取材したいというシブル監督の願いから。しかしそれは、震災と闘病を経て、音楽家として新たな局面を迎える坂本を5年にわたって捉える大掛かりなものとなった。ついに初披露されたベネチアで、観客から惜しみない喝采を浴びたシブル監督は、「完成できてよかったというのが一番大きいですね。もちろんスタンディングオベーションとかうれしいですよ、そういうのがあって感無量ですけど、本当に映画が完成出来てよかったなと」とまずは安堵の表情を見せる。

ベネチアにて、スティーブン・ノムラ・シブル監督

 坂本が新アルバムを制作するうえで、敬愛するアンドレイ・タルコフスキー監督作のサウンドトラックに触発される姿が本編では印象的だが、シブル監督自身もかなり影響を受けていたそう。「タルコフスキーの映画、僕も昔からすごく大好きで、この映画の編集をしているときもタルコフスキーの本とか読んでいたんです。その中に編集の仕方とかについていろいろ書いてあって、それを参考にしながら編集したんですが、映画ができたときにそれでいいのか、不安になるわけですよ(笑)。そこでまた彼の本を読んでみたら、“映画は完成したら、勝手に独り歩きしていくものだから、あまり考えるべきでない”みたいなことが書いてあって」。

 そしてさらに、うれしいサプライズもあり、特別な意味を持つ上映となったようだ。「今回上映をした劇場は、タルコフスキーが最初の映画を発表した場所なんですよね。あと、昨日の上映に息子さんがいらっしゃってくださっていたんです。本当に不思議でした。タルコフスキーの息子さんとこの映画を同じ場所で観ていたなんて。なにせ、坂本さんが僕の隣に座っていて、一緒にベネチアで映画を観ているということも不思議でしたし、まだそこのハードルをクリアできてないかもしれないですね。これは現実なのかという感じはあります」と笑ってみせる。

 どこまでも謙虚なシブル監督だが、本編を観れば、5年をかけて、坂本と深い信頼関係を築いてきたことがうかがえる。2014年に中咽頭がんと診断されてからも、坂本はカメラの前に立ったというほどだ。「坂本さんが闘病中は、坂本さんの息子さんが有能なフィルムメーカーでして、カメラを回してくれました。そうやって息子さんにもご協力いただいて、連係プレーであまり負担になりすぎず、どういったらいい映画にしていけるのかということを一緒に考えながら。もちろん病気と診断されてすぐにはカメラを回しませんでした。ただ、治療を始められる前日にインタビュー撮影をさせていただいて、その時、初めて息子さんと2人で一緒にカメラを回しました。坂本さんの喉がどうなってしまうのかわからず、映画の構成上、坂本さんの声がナレーションになるというのは必要だと思ったので。本当は撮影したくなかったです。ロングインタビューだったのでつらかったと思うんですけど」。

 そんな長きにわたる密着映像に加え、坂本がプライベートで撮りためていた映像素材も手に入れたシブル監督は、「編集していく中でこだわりも捨てざるをえなくなるんですよね。編集プロセス自体がとても残酷なんです。結局ストーリーとして機能させていくために、ああいうことしたい、こういうことしたいと思っていたものがどんどん削ぎ落とされていくのが現実で」とかなり頭を悩ませた様子。しかし、唯一譲れなかったものが“音”へのこだわりだったという。「たくさん画を見せちゃうと、耳を使わないんですよね。坂本さんとかをよく観察していると、本当に音作りに集中しているときって、目をつぶっていらっしゃるんです。やっぱり視覚を使っていないと、聴覚がもっと集中できるみたいなのがあると思うんです。それと同じように、音を大切にしたいっていうのがあって、画をいくらか妥協してでも全然かまわないと。ドキュメンタリーって結構頭で観るというところがあると思うんですけど、情報ベースよりかは、すごくエモーショナルな映画にしていきたいと。とにかく音を感じてほしかったんですね」。確かに本作の編集には独特の間があり、坂本が演奏をするシーンでは自然と聞き入ってしまう。対象として描かれている坂本を通して、さらにはこの作品自体の構造を通して、音楽の持つ力を再認識させてくれるドキュメンタリーとなっている。(編集部・石神恵美子)

映画『Ryuichi Sakamoto: CODA』は11月4日より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

坂本龍一の創作に迫る…演奏シーンは鳥肌 - (C) 2017 SKMTDOC, LLC