日本では食パンの端っこの部分を「パンの耳」と当たり前のように言いますよね。筆者は常々、「なぜ耳なんだろう?」と思っていました。

この「パンの耳」という言葉はどうやって生まれたのか、他の国はどんな風に言われているのか? 今回はその謎について、言語学者である筑波大学の今井新悟先生にお話を聞いてみました!


なぜ「パンの耳」と呼ばれるのか


――日本では「食パンの端」のことを「パンの耳」というのは何故なのでしょうか?

今井新悟先生(以降、今井)「今回の『パンの耳』は、典型的な比喩の『メタファー』になります。耳は『人間の顔の端』なので、その位置関係が『パンの端』に近いので、『パンの耳』というようになったようです。

筑波大学で作っている「コーパス」(テキストや発話を大規模に集めてデータベース化した言語資料)で探してみると、『耳』に関連する項目には以下の方なものが出てきます。

『本の(ページの)耳』『せんべいの耳』『生地の耳』『織物の耳』

この使い方は全て『パンの耳』と同じです。つまり『モノの端っこ』を指しています」


――「パンの耳」という表現は「メタファー」とのことですが、どういうことでしょうか。

今井「『メタファー』は比喩の3分類の一つです。比喩には『メタファー』『メトニミー』『シネクドキ』とあり、その中の一つになります。

一般的な修辞学(思想感情を効果的に伝達するための原理を研究する学問)でいうところのものではなく、認知言語学(ゲシュタルト的な知覚、視点の投影・移動、カテゴリー化などの人間が持つ一般的な認知能力の反映として言語を捉えることを主とする、言語学の分野およびその諸理論)的な意味でのもので、ある概念『起点領域』と他の概念『目標領域』を対応付けるものです。

『パンの耳』は、見た目の『顔の端っこにある耳』という『類似性』に基づいて対応づけをしているのです」


――「メタファー」という言葉が出てきましたが、もう少しわかりやすく教えていただけますか?

今井「先ほどもお話ししましたように、比喩には『メタファー』『メトニミー』『シネクドキ』という3つの分類があります。この『比喩』は、単に詩や文学作品で用いられる技巧ではなく、日常の言語表現においてほぼ無意識に、普通に多量に使われています。

今回の『パンの耳』にあたる『メタファー』を簡単に説明すると以下のような例になります。

――――――

『メタファー』とは

・類似関係
・異なる領域間
・起点領域と目標領域

を対応づけるもの

例:
「月見そば」



卵の黄身は月に似ている。月と卵は見た目は似ているが現実世界では別物であり、別領域に属する。

類似関係:卵と月の形と色
起点領域:天体
目標領域:食品

――――――

つまり、『月見そば』の場合は、『卵と月の形と色』に『類似関係』があるわけです。しかし起点は『天体』で、『目標領域』は『食品』なので、この領域間は全く異なることになります。

他の例をあげると、

『パンの耳』と同じように目標が『食品』で『人体』が『起点』である『目玉焼き』、『植物』が起点である『もみじおろし』、『天体』が『目標』で『動物』が起点である『ひつじ雲』などもあります。

今回の『パンの耳』の場合は、最初にお話ししたように、『パンの端→目標領域:食品』が『人間の顔の端である耳→起点領域:人体』に『位置関係が近い→類似関係』ことから生まれた『メタファー』となるわけです」


――つまり「パンの耳」は、パンの端っこが、人間の顔の端っこにある「耳」と「位置的に似ているから」ということで使われるようになったということですか?

今井「そういうことになりますね」


「パンの耳」と言うのは日本だけだった!


――他の国では「パンの耳」という言い方をしているところはあるのでしょうか?

今井「他の国では『パンの耳』という言い方をしているところはないと思います。私個人では聞いたことはありません。

英語では、『crust (of a slice of bread)』と言いますが、『crust』は『外側の固い皮』というような意味ですから、食パンを切る前の一斤として見て『皮』を使っていますね。

フランス語では『crou^te』。これも英語と同じく『皮』という意味です。チーズの外側も同じく『crou^te』と言い方をします。

中国語では『面包皮』です。やはり英語やフランス語と同じように『皮』ですね。中国の場合はパンが輸入されたときに、言葉も輸入したのかもしれません。

ちなみに、フランスパンなどのパンの塊の端っこのことを、英語やフランス語では『踵』いう言葉を使いますが、これも『パンの耳』と同じ『メタファー』になります。


――なるほど、「パンの耳」という言い方は日本で独自に生まれたということなのですね

今井「そうです。そういう点で、日本語はとてもユニークだと思います。日本のように独自に言い方が生まれたのは珍しいのではないでしょうか」


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「パンの耳」は他の国にはない、日本独自の「言葉」だということがわかりました。それにしても、顔の「耳」と「食パンの端」を結びつけるなんて、その発想が面白いですよね。日本語の深みをしみじみと感じる話でした。


取材協力:筑波大学 今井新悟先生、株式会社アルク

今井新悟編著(2011)『日本語多義語学習辞典 形容詞・副詞編』アルク
https://ec.alc.co.jp/book/7011005/

(西門香央里)