病院の外で、医師と患者が対話を行う「がん哲学外来」。医師による予約制の個人面談の場には、がん患者や家族が足を運びます。張り詰めた顔で「がん哲学外来」の場を訪れる人が大半ですが、帰り際には少しほっとした表情や笑顔を見せる人が少なくないのだそうです。

 この「がん哲学外来」をはじめたのは、順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授で一般社団法人がん哲学外来理事長の樋野興夫医師。がん患者と向き合う「対話」とはどんなものなのか、お話を伺いました(全3回の1回目。#2、#3に続きます)。

「がん哲学外来」とは?

――「がん哲学外来」とは、どのようなものですか。

樋野 「がん哲学外来」は、外来といっても、病院の専門外来ではないんですよ。私が行っている個人面談で、時間は一回30分~1時間ほど。費用は無料です。

――病院の診察券が必要ですか。

樋野 いやいや、治療ではないから診察券は必要ないよ。

――カウンセリングとも違うのでしょうか。

樋野 カウンセリングは治療なので、患者さんからの聞き取りが重要になるんです。「がん哲学外来」というのは、医師が患者さんやご家族の悩みを聞き、同じ目線に立って“対話”をする場なんです。医師というのは、私ね(笑)。

――でも、一対一で白衣の先生を前にすると、緊張してしまいそうですが。

樋野 大丈夫、大丈夫。その日は、白衣ではなくスーツだからね(笑)。私も饒舌なほうではないし、脈絡のない話になっても構いません。会場も病院ではなく、駅から近い公共の場を利用しているから、堅苦しさもなければ、消毒のニオイもないよ。お茶を飲みながら、その方のペースでお話ししてもらっています。

黙ってその人の沈黙に寄り添うことも、対話なんです 

――なぜ対話が良いのでしょうか。

樋野 人は「傾聴」だけでは心が休まらない。「対話」によって慰められるんです。会話は言葉だけど、対話というのは、心と心だからね。だから、黙ってその方の沈黙に寄り添うことも、対話なんですよ。

――沈黙も対話、ですか。

樋野 そう。普段、病院で医師から必要な情報提供を受けて、話を聞いてもらうのも大事なことですが、それだけでは満たされない部分がある。がんの患者さんというのは、治療だけでなく、心の安定を求めているんです。一方で、日々治療に当たる医師たちは、気持ちがあっても忙しすぎて、患者さん一人一人に十分な診療の時間を取れないからね。そこをすくい取ろうと立ち上げたのが「がん哲学外来」なんです。

「がん哲学外来」は「空っぽの器」のようなもの

――年々増えているそうですが、現在、何ヵ所くらいあるんですか。

樋野 「がん哲学外来」ができて10年になるけど、参加した人たちが自主的に「メディカル・カフェ」という対話の場を開く体制も整って、「がん哲学外来 メディカル・カフェ」は、全国に約140ヵ所まで広がっているよ。

――すごい、140ヵ所ですか。

樋野 だから、言うなれば「がん哲学外来」は「空っぽの器」のようなものだね。どんなに水を入れても底が抜けない空の器を用意して、私やスタッフはその器を頑丈にしているだけ。でも、丈夫な器さえあれば、何を話してもいい。どんな悩みでもいいし、誰が来てもいい場所になる。がん哲学というのは、人間学だからね。

――つまり、空っぽの器に誰がどんな水(悩み)を注いでもよい場所である、と。

樋野 そう。ただ、日本にはこういう器があまりないね。

先人たちの言葉=「言葉の処方箋」

――先生は、対話からその人の悩みを解決に導かれるわけですか。

樋野 「がん哲学外来」の目的は、悩みの「解決」ではなく「解消」することにあるんですよ。悩みそのものは消えずに残っていても、対話をすることで、その人の中で優先順位が下がれば、悩みを問わなくなります。それが「解消」だね。それには、自分以外に意識を向ける必要があるの。だから対話がいいんですよ。

――なるほど。

樋野 例えば、“病気の苦しい自分”という狭い視野にある状態から、一度外に引っ張り出してあげれば、客観的な視点が備わる。その一助となるのが、対話の中で私が用いる「先人たちの言葉」なんです。今、その人にとって必要と思われる先人たちの言葉を、自分なりの解釈を加えて4~5つほど伝えるんですが、私はこれを「言葉の処方箋」と呼んでいます。

――その「先人たち」というのは?

樋野 私が19歳の頃から読み続けている、南原繁、新渡戸稲造、内村鑑三、矢内原忠雄の4人です。言葉というのはね、何を言ったかではなく、誰が言ったかが大事なんですよ。同じことを言っても「あの人が言ったら腹が立つけど、あの人が言ったら心が慰められる」ということがあるでしょう。

――ああ、確かに。

樋野 だから、私の考えをそのまま伝えるよりも、先人が言った言葉として話すほうが、聞く側も素直に耳を傾けることができるし、心に残るんです。

時代と共に変わってきたのは「会社」での悩み

――個人面談を希望する方は、どんな悩みを抱えて来るのでしょうか。

樋野 多いのは、「病気」に対する悩み、「死」に対する悩み。この10年、「家族」に対する悩みも一向に減っていないね。医療は日進月歩で、がん治療は10年前に比べれば5年生存率も高くなり、がんの65%は治る時代になった。でも、がんになった人の心の有りようは、いつの時代も同じなんですよ。時代と共に変わってきたのは、「会社」での悩み。職場での働き方の問題だね。

――最近は、仕事をしながら治療を受けている人も多いですね。

樋野 以前に比べれば、がん患者さんの働き方はだいぶ配慮されるようになって、大きな会社では、治療中でも給料が保障され、就業時間も体調に応じてシフトできるところもある。ただ、中小企業の人や自営業の人が抱える問題は変わらず、会社を辞めざるを得ないとか、仕事を変えなければならない人もいる。少なくなってきたとはいえ、今まで出世街道を走っていた人が、しばらく治療に専念しなければならないと会社に伝えると、転勤になる、干される、窓際に置かれるといったことが未だに起きているのも現状なんです。

――治療後、職場に復帰しても、今までのように働けないジレンマに悩む人も多いと聞きますが。

樋野 たくさんいますよ。術後に後遺症が残る人もいれば、外来通院で抗がん剤治療や放射線治療を受けている人は、治療が続いている限り、副作用が出たり、疲れやすかったりもするから、なかなか今までと同じペースで仕事ができない。会社に相談して、早く帰るような働き方をしている人もいるね。

――そういう人たちに、先生はどのようなお話や「言葉の処方箋」を?

樋野 ここは、価値観に関わるところなんですよ。給料がきちんともらえて、衣食住が足りていたら、仕事は干された方がいいんです。暇になるからね。

――えっ、身体のために暇な時間を作ったほうがいいということですか。

樋野 いや。価値観を変えるチャンスだということです。多くの人は、日々、人と比較しながら競争社会で働いています。「ひま」という言葉は、ほら、お日様の「日」に「間」とも書くでしょ。時間ができて先人の言葉に触れると、心に太陽の光が差し込むんですよ。

――それは、つまり……。

樋野 「人と比較したり、競争するのをやめなさい。放っておけ」ということなんです。そうすると、人は本当の自分の役割、使命を与えられるんですよ。人と比較している間は、使命なんて見えてこないからね。だから、仕事は人に譲れるだけ譲ったほうがいいよ、暇になるためにね。

――病気をしたことで、それに気づく機会を得られる、と。

樋野 その通りだね。

病気をする前の暮らしや生き方が本当にベストだったのか

――そういう意識が芽生えると、仕事や人との関わり方も変わってくるということでしょうか。

樋野 がんの患者さんの多くは、「病気になる前の自分に戻りたい」と、以前の自分に少しでも近づけようと努力します。でも、考えてみてください。病気をする前の暮らしや生き方が本当にその人にとってベストだったのか、と。決してそうとは限らないね。

――当然のことと思っていましたが、たしかにそうですね。

樋野 それに、大変な治療を経験して、死を意識し、今まであまり気に止めなかったことを感じるようになると、「もしかすると、この時のためだったのかもしれない」と気づく瞬間が訪れるんです。ほんの少し視点を変えることで、自分は何のために生まれてきたのか、本当の役割や使命がわかる。「がん哲学外来」は、その人の個性を引き出すことも目的のひとつなんですよ。

写真=杉山秀樹/文藝春秋
(#2に続きます)

ひの・おきお/1954年、島根県生まれ。順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授、医学博士。米国フォックスチェイスがんセンター、がん研実験病理部部長等を経て現職。2008年「がん哲学外来」を開設。著書に『がん哲学外来へようこそ』(新潮新書)、『いい覚悟で生きる』(小学館)ほか。

(青木 直美)

©杉山秀樹/文藝春秋