日本ではまだ比較的新しい分野である「精神腫瘍科」。がん治療においても、ようやく「療養生活の質(QOL)」が重要だと認識され、心のケアに目が向けられるようになってきました。あまり聞き慣れない言葉ですが、一体どんな診療が行われているのでしょうか。

「そもそも、精神腫瘍科って何ですか?」

    素朴なギモンを腫瘍学研究の第一人者である国立がん研究センター東病院精神腫瘍科の小川朝生先生にお伺いしました(前後編インタビュー。#2に続きます)。

「精神腫瘍科」はがん治療に特化している精神科

──「精神腫瘍科」は、「精神科」とはどう違うんですか?

小川 「精神腫瘍科」は比較的新しい分野なので、まだあまり聞き慣れない方が多いかもしれません。ベースは精神科ですが、がん治療に特化しているのが特徴です。アメリカでの「コンサルテーション・リエゾン精神医学」という体の病気を持った方のメンタルサポートをする領域がはじまりといわれ、日本では1990年代以降にようやく広がりはじめました。国立がんセンター(当時)に精神科が設置されたのが1992年です。

──「精神腫瘍科」では、カウンセリングをしたり、薬を処方したりしてくれるということでしょうか。

小川 もちろん、必要に応じて薬物療法も精神療法も行いますが、それだけではありません。がん治療についての情報を伝えたり、今後の治療に備えて「よく眠れるように」とか「気持ちが軽くなるように」など、体と心のメンテナンス方法などをお伝えすることもあります。要するに、最適ながん治療が行えるよう、あらゆる時期のがん患者さんとご家族に心のケアを提供している、といえばわかりやすいでしょうか。がん専門修練医やレジデント(臨床研修医)の精神科医、心療内科医など、心の支援を専門とする医師と心理職がチームを組んで診療を行います。

東病院でがん治療を受けていない患者さんや家族も受診できます

──がん患者に心の支援が必要だという認識がようやく広がってきたということですね。

小川 がん患者さんは誰しも、気持ちのつらさや不安、精神的落ち込みを経験します。そしてそれらは、患者さんご自身やご家族にとって負担になるだけでなく、治療の妨げになる場合もあります。最近になって心のケアに関して目が向けられるようになってきたのは、がん治療においてようやく「療養生活の質(QOL)」が重要だと認識されるようになったからです。

──患者だけでなく、その家族が精神的なプレッシャーを感じたときに相談しに行ってもいいんでしょうか。

小川 もちろんです。入院中や外来通院中の患者さんはもちろんですが、当院でがん治療を受けていない患者さんやご家族の方が、精神的ケアのためだけに受診することもできます。実際、インターネットなどで調べて、精神腫瘍科だけを受診に当院へ来られる患者さんもいらっしゃいます。外来治療は一般の保険診療として行っておりますので、一人で抱え込む前にぜひ来院していただきたいです。

「家族は頑張らないといけないから」という思い込み

──がん患者の家族の受診は多いですか?

小川 実はあまり多くありません。精神腫瘍科の存在自体が知られていないというのが大きな原因だと思いますが、「病院は家族も相談できる場所」だということを知らないという方もたくさんいると聞いています。

──一般の保険診療で診察してもらえるのに、あまり知られていないなんてもったいないですね……。

小川 おっしゃる通りです。がん患者さんのご家族は、患者さんからも医療者からも、患者さんを常に支えることを期待されるため、大きな気持ちの負担を抱えている方が多いんですよ。眠れない、めまいやふらつきがある、食事がおいしく感じられないなどの症状が出てはじめて、近所のかかりつけ医で安定剤や睡眠導入剤などを処方してもらったという話をよく聞きます。

 あと、「がん患者は家族よりつらい思いをしているのだから、家族のほうがその患者より前に出るのはおかしい」、「家族は頑張らないといけないから、相談などしてはいけない」と思い込んで受診できない方も多いのではないかと思います。

患者と家族は「相手に自分が心配していることを言いたくない」

──がん患者の家族がそういったつらい気持ちをはき出すためには、どうしたらいいんでしょうか。

小川 私たちはそういう「場所づくり」を進めています。サバイバー同士の交流会や患者会では、ご家族のつらい気持ちを話し合う機会はまずありませんから、当院では、がん患者のご家族同士が話し合えるきっかけ作りも意識して行っています。患者は患者、家族は家族でそれぞれ別々の交流場所が必要だと考えていますので……。

──患者、ご家族、それぞれに違った思いを抱えているということですね。

小川 患者さんとご家族は、お互いに気遣い合っています。そして、それと同じくらい、相手に自分が心配していることを言いたくないという思いも持っています。「ご家族あるいは患者さんへの心配の気持ち」は、患者さんの懸念事項では上位2番目か3番目に、ご家族の懸念事項では断然トップです。お互いに相手のことを気遣っていながら、相手を思うがゆえに家ではうまく話し合えないという人もいます。

子どもへの告知は「小学校高学年以上であれば理解できる」

──子どもへの告知に悩むがん患者やそのご家族の悩みもよく聞きます。

小川 お子さんへの告知は、家族間でも話し合いが難しいため、まして子供にどのように伝えるかの話に及んでいないことが多いです。「受験生だから余計な心配をかけたくない」「まだ小さいからショックを与えたくない」など思いはそれぞれですが、一般的に小学校高学年以上であれば理解できる年齢です。

 親に本当のことを打ち明けてもらえないことで罪悪感を抱くケースもありますので、お子さんの理解度を見ながら、正直に話してあげた方がいい場合もあります。そういった相談にも私たちは喜んで乗らせていただきますので、「こんなこと話していいのかな」などと遠慮なさらず、どんなことでもお気軽に相談に来ていただきたいですね。

──具体的にどのような相談をしたらいいか分からないけれども、話を聞いてほしいときはどうしたらいいんでしょうか?

小川 「何を質問していいかわからない」という患者さんのために、「重要な面談にのぞまれる患者さんとご家族へ」というパンフレットをご用意していますので、ダウンロードして使っていただければと思います。資料もたくさん作っているんですけど、なかなか見てもらえないので、宣伝させてください(笑)。

仕事・ご近所付き合い・趣味は「待って待って! やめないで!」

──小川先生が診療で大切にされていることを教えてください。

小川 患者さんの価値観を意識して聞き出すよう心がけていることでしょうか。価値観というのは、患者さんが何を一番大事にしているか、そして何をやりたいと思っているのか、ということです。

 私が診てきた患者さんの多くは、限られた余命の中で何か特別なことをするよりも、今日と同じ当たり前の日常を明日も送りたいと望まれる場合がほとんどでした。在宅治療がいいとか、先進治療を受けたいというような希望以前に、「誰といたいか」「どう過ごしたいか」など、普通の暮らしが普通に送れるようサポートするのが、精神腫瘍科の役割だと考えています。

──がん治療のめざす先が「普通の生活の維持」ということでしょうか。

小川 がんの治療は、陸上にたとえるなら、短距離走ではなくマラソンです。本人のやりたいことを、今の生活と同じペースで続けて行くことを目指して治療を行います。患者さんの中には、仕事も近所付き合いも趣味もすべてやめて、「治療に専念します」と言って病院に来られる方もいらっしゃるんですけど、「待って待って! やめないで!」と言っています。

──マラソンを走りきるには、自分の過ごしやすい環境とペースを整えないといけませんよね。

小川 だって「全部辞めて治療だけに専念」なんて、「普通の生活」と一番遠い暮らしじゃないですか。仕事もそうですが、ご近所付き合いや趣味って、生活の「彩り」なんですよ。治療も2~3か月経てば、概ねどのような方針で行っていくのかが見え、その後の生活や仕事の見通しが立てられるようになります。「それまでやめるのではなく休んだらどうですか」と、患者さんにはいつもお話ししています。

写真=山元茂樹/文藝春秋
(#2に続きます)

おがわ・あさお/ 1973年生まれ。医学博士・精神腫瘍医。大阪大学大学院医学系研究科修了。現在、国立がん研究センターの東病院精神腫瘍科長と先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野長を務める。国立病院機構大阪医療センター神経科時代、精神科医として緩和ケアチームに携わった経験を持つ。著書に『新版 がん緩和ケアガイドブック』(共著)、『あなたの患者さん,認知症かもしれません』など。

(相澤 洋美)

©山元茂樹/文藝春秋