何度か本連載で触れているように、筆者は事業承継の受け皿として複数の小規模事業者を譲り受けています。実現はしなかったものの、中規模ともいえる売上5~10億円の会社も買収の対象として検討したことがあります。「そんなの、いったいいくらかかるのか?」と思われるかもしれませんが、筆者には大きな資産があるわけではないので、高額であれば買おうとは思いません。売上がそれくらいの規模があっても赤字であると小規模事業者と同等の価格になっているので、買収検討の俎上に乗せられるのです。

●そこまでカネを出して追い出したいのかと、言われた社員の感情は?

 11月7日、経営再建中の三越伊勢丹ホールディングス(HD)が記者会見で、新たな早期退職制度の概要を明らかにしました。部長級の早期退職の対象年齢を48歳からとし、退職金を最大5000万円上乗せするとのことです。「バブル経済期に大量入社した総合職を中心に高止まりしている人件費を減らす」のが背景にあり、「3年間で800~1200人の応募を想定している」ようです。社長のコメントとして、「いわゆるバブル入社組の数が他世代に比べ3~4倍に上る」「今の退職金では誰も手を挙げない。(昇進できず)不満を持っている世代にしっかりとした金額を示した」と述べました。

 退職金の上乗せ分だけで、1人平均2000万円と仮定すると1000人の応募で200億円になります。足掛け3年にわたるとはいえ、2017年3月期の営業利益が239億円のグループにとっては、以後の人件費が軽くなる(有価証券報告書によると、給与単価が比較的高いホールディング会社の平均年間給与が850万円なので、1000人で年間85億円の削減)とはいえ、相当思い切った策だといえるでしょう。

●後処理に使うようなカネを、崖っぷちの再起を促す前向き投資に使ってみては?

 以下は、あくまでも公表情報のみに基づく筆者の仮説です。

 同時期に、三越伊勢丹HDはクイーンズ伊勢丹を投資ファンドに売却するとの報道がありました。売上は400億円以上あるものの5期連続の赤字なので、赤字事業の切り離しに加えて、30億円とも報じられている売却額が入ってくるので、グループとしては身軽になって次への投資資金も得られるとの判断だったと推測されます。

 年単位でどれくらいの赤字だったのかは不明ですが、母体や意思決定のしっかりした投資ファンドが30億円も出すということは、そこまで壊滅的でもなかったのではないかと考えられます。だとすれば、今回リストラ対象にする社員のなかから、たとえば20人ほどを選出し、1年間は親会社が給与を保証するかたちでクイーンズ伊勢丹に“改革部隊”として送り込んでも良かったのではないでしょうか。

 ただし、1年たって改善の兆候が見られなければ割り増し退職金は4分の1にするというムチの一方で、アメとしては良い結果が出れば新しい給与水準のもとで自由に働けるというものとセットです。覚悟していた退職金の割増分がもともと4億円(2000万円×20人)なので、1年分の人件費の1.7億円(850万円×20人)と、1年後にクイーンズ伊勢丹の業績改善がうまくいかない場合に支払う退職金割り増し分の1億円を差し引いても、1.3億円残ります。

 残った予算は手ぶらで送り込むのではなく、自由に差配できる投資の原資としてクイーンズ伊勢丹に割り当てて販促や改装に当てるなどして、「必死になってがんばりましょう」というメッセージにします。

 もしくは、やや高給であってもリーダーとなる人材を外部から採用してくる原資に充ててもいいでしょう。

●身内だとやりにくければ、ビジネスライクな環境を探す

 ここで、逆に同じグループ内だと過去の諸々の経緯があったりして、ヒト同士の複雑な感情が絡むのでオペレーションがやりにくいという雰囲気があることも想像できます。その場合、冒頭で触れたように、類似業種で後継ぎがいない中小規模の事業者を引き取り、雇用の受け皿にしていく手段があります。

 1.3億円あれば、筆者が過去に検討した事例では5~10店舗を展開する外食企業や小売企業などが買収できました。業績は決して良くないうえ、人材不足でした。20人送り込んだとして、1年後に数人に絞り込んだり、もしくは黒字でグループに迷惑がかからなければ構わないというスタンスでできるだけ雇用を継続したりなど、その結果を見ながらさまざまなかたちが考えられます。

 過去に筆者が譲り受けた会社でいえば、10年以上連続で赤字が続いていた会社は10カ月、3年連続で赤字だった会社は2カ月で単月黒字を達成し、そのまま継続させていますので、投資を検討する際にある程度見極めれば、業績を回復させて新しく投入した人材の人件費を負担していくのも不可能ではないと思います。

●環境が変われば人は生まれ変わる、かもしれない

「ある程度見極めれば」と条件を置いたのは、中小企業においては業績が悪い場合でも、その要因が人材不足であるケースが非常に多いためです。たとえば、営業力が量的にも質的にも不足している会社であれば、営業経験が多少なりともある人材が(少なくとも当初は)人件費負担なく合流すれば、収益向上による新しい展開ができる可能性は十分にあるでしょう。

「中小企業に送り込まれるくらいなら、高額の退職金をもらって辞めるに決まってるじゃないか」と思われるかもしれませんが、高齢になってからの再就職は以前より機会が増えましたが、一部の技能者やハイスペック人材を除けば、普通の会社員にとっては依然として厳しい状況です。

 なので、まっさらな状態から職を探すよりも、目の前にある自分の力が生かせる可能性がある仕事にチャレンジすることは、1年後に失敗しても通常の退職金は払われるというセーフティネットがあれば、やってみようという気分になる人はいると思います。

 崖っぷちだけれど全力を尽くせるかもしれない再チャレンジの機会、「君は必要ない」と言われた状況から「君が必要だ」と言われる環境を選ぶ人も、10人に1人くらいはいてもおかしくないと思います。そして、その気合があれば、結果を出せる可能性も十分あると思います。人間の能力の差はそこまでは大きくなく、環境によって変わりうるというのが筆者の感覚です。グループ運営の目線では、損失を覚悟した枠をあらかじめ設定し、それ以上は出さないと決めておけばリスクも限定できます。

 今回は伊勢丹HDを例に挙げましたが、これから市況が変調した際など、特定の年齢層であっても人材が余っている大企業には、検討の余地がある手段だと思っております。

 人材不足の問題が顕在化してきた今後の企業経営においては、人材のリテイン、採用や生産性向上が必須の課題であるのと同程度に、人材の再生も重要な課題となってくるはずです。その一つの考え方として、リーダー育成の機会と合わせて考えてみる価値があると思います。
(文=中沢光昭/経営コンサルタント)

日本橋三越本店(撮影=編集部)