「食事とがん」については昔から様々なことが言われてきましたが、確たる根拠がないのが実情でした。予防研究機関のトップである国立がん研究センターの社会と健康研究センターでセンター長を務める津金昌一郎氏が、データに裏打ちされた最新のがん予防法を指南します。 

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 2人に1人ががんになると推計され、3人に1人ががんで命を落としている現代。私たちにとって、がんという病気が大きな脅威であることは言うまでもありません。「がんにならないように予防できれば」と考えるのは、現代人共通の思いでしょう。 

 がんに限らず病気予防を考える上で、まず思い浮かべるのが「食事」です。私たちは食べることで栄養を補給し、健康を維持しています。その根源となる食事を見直すことで、病気予防に役立てようと考えるのは、至極もっともなことです。 

 もちろん医学界でも、昔から「食事とがん」の関係については興味を持たれており、動物実験レベルでは盛んに研究が行われていました。 

「焼き魚のコゲはがんのもと」という話を聞いたことがある人もいると思います。これは焼け焦げから抽出した化学物質をネズミに投与したらがんができた――という実験から派生した推察です。 

 ちなみに、本当に魚のコゲを食べるとがんになるのかと言えば、これまでに確かな証拠はありません。焼肉や焼き魚のコゲの部分だけを、毎日山盛りで食べていれば別ですが、一般的な食生活の中で摂取される程度の量であれば、発がんリスクをそんなに心配する必要はないでしょう。 

 巷で流れる「食事とがん」の話題は、ウソとまでは言い切れないものの、拡大解釈されて広まっているものが少なくありません。そこでこの章では、世界規模の研究と、日本人を対象とした調査の両面から検証して、信頼性の高いデータをもとに、読者のがん予防に役立つ情報を紹介していきます。 

 個別具体的な食材についてはこれから触れていきますが、まずは特に気を付けるべき、大きな4つの方針について述べたいと思います。

 1「日本人の基準」に気を付ける――「肉の食べ過ぎに注意」の逆説

 先ほど、この章では世界規模の研究と、日本人を対象にした調査を元に、食事とがんの関連性を述べていくと書きました。世界規模の研究結果があるなら、それを日本人に当てはめればいいのではないかと考える人もいるでしょう。しかし、この分野はそう簡単には行かないのです。 

 たとえば、欧米人を対象とした調査では、赤肉(赤身の肉という意味ではなく、ウシ、ブタ、ヒツジなどの四足の動物の肉)は大腸がんのリスクを高めるという結果が出ています。 

 しかし、これをそのまま鵜呑みにするのは早計です。なぜならこの調査の対象のほとんどが「欧米人」に限定されているからです。たしかに日本人でも欧米人並みに沢山食べれば、大腸がんのリスクは高くなるという研究結果はありますが、通常、日本人はそれほど肉を食べていないのです。 

 身長と体重から肥満度を算出するBMI(ボディ・マス・インデックス)という指数があります。日本ではこの指数で25を超えると「肥満」と定義していますが、WHO(世界保健機関)では25以上を「過体重」とし、30を超えて初めて「肥満」と呼ぶことになっています。 

 これは、欧米人で「BMI25以上」は決して珍しくなく、アメリカでは70パーセント以上の人がこの範疇に収まってしまうからです。 

 ちなみに日本人でBMIが30を超えるのは全体の3%程度に過ぎません。 

 そんな肥満度や体格、日頃の食生活の違いを度外視して、海外の研究結果を日本人に当てはめるのは、正確性に乏しいだけでなく、逆に健康被害を招きかねないという危険な側面さえ持っているのです。 

 基本的に肥満傾向にあるアメリカ人が肉食を控えたほうがいいのは事実です。彼らが真剣に肥満対策を実践すれば、それだけでがんのリスクは大幅に低下することでしょう。 

 しかし、元々欧米人ほど赤肉を食べていない日本を含むアジア人を対象に研究を進めてみると、逆に積極的に肉を食べている人のほうが、あまり肉を食べない人よりも病気になるリスクが低いという調査結果も出ています。がん以外の病気でも、特に日本人が気にしている血管系の病気において、その傾向が顕著です。

2 日本食は効率的ながん予防食だが、塩分の摂りすぎには要注意 

 こうした、国や地域間の食生活の違いは、病気の発生状況と大きな関連性を持っています。そして、世界中の研究者が指摘するように、日本人の食生活は、病気予防という意味では非常に優れた内容であるということができるのです。 

 個人差はありますが、毎日肉だけを食べていて満足する日本人は少数派です。昨日ステーキを食べたから、今日は魚を食べたい。季節ごとの旬の野菜もおいしいし、何より様々な食材が手に入る環境があります。 

 がん抑制効果が認められているイソフラボンを多く含む大豆食品などは、日本食以外で摂取することはきわめて困難です。しかし日本食では豆腐や納豆といった大豆食品を日常的に取り入れており、一回の食事で大豆だけでなく魚、肉、野菜など様々な食材をバランス良く食べることができるため、非常に効率的ながん予防食と言えるでしょう。 

 そんな恵まれた環境に身を置く日本人が、唯一注意しなければならない問題が「食塩」。世界の研究者が羨む日本食の、唯一の欠点ともいえるのが食塩の過剰摂取なのです。 

 日本食の味付けは、ほぼ食塩がベースにあります。味噌汁、漬物、干物、煮物と、あらゆる場面に食塩は入り込んできます。そのため、塩分摂取量の国際間の比較を見ると、日本食は世界の中でも突出して高い値を示しているのです。 

 塩分の過剰摂取は胃がんのリスクを高めます。高塩分の食材が胃に入ると、胃の細胞が産生している粘液の性状を変性させます。わかりやすく言うと、ナメクジに塩をかけたような状態になるのです。これにより胃の表面を保護する粘液が破壊され、粘膜組織が胃酸の攻撃を受けて炎症を起こしやすくなります。ここにヘリコバクター・ピロリ菌が悪さをすることで、胃がんの温床が出来上がっていくのです。 

 50歳以上の日本人の7~8割がピロリ菌を持っているか過去に持っていました。つまり、日本人の多くが、塩分の摂り過ぎで、自動的に胃がんのリスクを高める状況にあるのです。 

 日本人に限って言えば、塩分摂取量は少ないに越したことはありません。国際的な塩分摂取量の上限は「一日当たり6グラム」ですが、この数値は日本では高血圧の患者に対して奨励される基準。言ってみれば「病院食」の水準なのです。 

 日本の厚生労働省が推奨する塩分摂取量の上限は、男性が8グラム、女性が7グラム。これも医学的には多すぎる数字なのですが、ある意味、日本食の文化を失わないための妥協点――といった意味合いが強く、実際にはこの数値さえ順守できている日本人は僅かです(2013年の調査によると実際の日本人の一日当たり塩分摂取量は、男性11.1グラム、女性9.4グラム)。 

 日本のファミリーレストランで「和定食」などを食べると、それだけで10グラム程度の塩分を摂ってしまいます。同じファミレスのメニューでも、ハンバーグ定食なら、塩分摂取量は2~3グラムで済みます。健康に良さそうなイメージがある和定食のほうが、食塩量という点では、実は危険なのです。  

3 積極的に摂るべき食材は「野菜と果物」――1日400グラムが目標 

 反対に、がん予防のために日本人がより積極的に摂るべき食材に「野菜と果物」があります。 

 一口に野菜と果物と言っても多岐にわたり、構成する栄養素も様々。どの野菜がどのがんにいいのか――という個別の研究も進んでいます。 

 例えば、ブロッコリーやキャベツに含まれるイソチオシアネートという物質が、活性化された発がん物質を解毒する作用を持っていることがほぼ解明されており、特に食道や胃などの上部消化管のがん予防に有効な働きを示すことが分かってきています。 

 それ以外にも多くの野菜と果物に含まれるビタミンCによる抗酸化作用なども、がんを抑制する何らかの働きがあるものと考えられています。 

 今後の調査研究に大きな期待が寄せられているところですが、残念ながら日本人は野菜と果物の摂取量が必ずしも十分とは言えません。 

 国際基準では一日当たりの推奨摂取量を「野菜と果物を合わせて400グラム」と定めています。しかし、2013年の国民健康・栄養調査によると、日本人の「野菜と果物」を合わせた一日当たりの平均摂取量は400グラムですが、特に若い世代ほど摂取量が少ないという傾向が見て取れます。  

4 どんな食材でも「適量を守る」――過剰でも不足でも危険 

 ただ、ここで注意しておかなければならないのは、がんの予防効果が期待できる食材でも、「適度な量」を過剰に超えて摂取すると、本来の効果が得られないどころか、逆にがんのリスクを高める危険性を孕んでいることもある、という点です。過不足なく、適量を食べることを心がけることが重要なのです。 

 例えば、β-カロテンという栄養素の名前を聞いたことがある人は多いと思います。シソやニンジン、パセリなどに多く含まれる物質です。これらの食材の名前を見ただけでも「健康に良さそう」というイメージが湧きますが、実際にこうした食材として摂取する分には、β-カロテンはがん予防に効果的な作用を持つ栄養素ということができます。 

 がんは、体内で発生する活性酸素という悪玉物質が遺伝子を傷付けることで発生していきます。そしてβ-カロテンはこの活性酸素の働きを抑え込む作用を持っていることから、がん抑制物質として期待されているのです。 

 しかし、これを摂り過ぎると逆の働きをする、つまり、がんができやすい環境整備に寄与することが分かってきました。 

 これはサプリメントを使った大規模ランダム化比較試験から見えてきたことです。ランダム化比較試験とは、何らかの効果が期待できる製剤やサプリメントと、何の成分も入っていない製剤を、本人にはそのどちらであるかを伝えずに摂取してもらい、効果を比較する研究です。 

 アメリカ、フィンランド、中国で、β-カロテンを使った大規模なランダム化比較試験を行ったところ、中国では胃がんのリスクが下がったのに対して、アメリカとフィンランドでは逆に肺がんのリスクが上がるという結果が出たのです。 

 これは、その国の人が元々持っている抗酸化物質のレベルの違いによるもの。中国人は血中の抗酸化物質のレベルが元々低いので、そこにサプリメントでβ-カロテンを補うことで抗酸化作用が発揮されたものと考えられます。それに対して欧米人は、元来血中の抗酸化物質が多いため、そこにサプリメントを摂取すると抗酸化物質が過剰状態となり、がん予防の観点から見ると「逆効果」となってしまうのでしょう。 

 同じことは葉酸やビタミンEなどの栄養素でも確認されています。 

 葉酸はレバーに含まれる栄養素です。妊婦でこれが不足すると胎児の神経系にダメージが及ぶ他、酒好きの人でも葉酸を積極的に摂ることで大腸がんなどのリスクが下がるということが示されています。 

 ところがこれを過剰に摂取すると、反対にがんのリスクを高めてしまうという調査結果が示されました。

 葉酸は細胞分裂のエネルギーになるので、体内に過剰に存在すると、それががん細胞の増殖にも役立ってしまうのです。  

5 アルコールは必ずしもデメリットばかりではない 

 アンチエイジング作用のある栄養素として知られるビタミンEも同様です。 

 低用量のサプリメントを使ったトライアルでは死亡リスクを下げているのに、高用量のサプリメントを使うと、軒並み死亡リスクが上がる結果が出ています。 

 また、アルコールについても同じことが言えます。飲酒は比較的少量でも大腸がんなどのリスクを上げることがわかっている一方、ある程度までの量であれば、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを下げる効果があり、全体的に考えると、適量においてはデメリットばかりではありません。 

 しかし、飲みすぎは問題外です。 

 毎日飲酒する場合は、アルコール量換算で一日あたり23グラム程度を目処にしましょう。これは日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本、焼酎や泡盛なら1合の3分の2、ウイスキーやブランデーならダブル1杯、ワインならボトル3分の1程度になります。この量を超して飲む場合は、飲まない日を作って週単位で調整してほしいと思います。もちろん、飲めない人や飲むのが好きではない人は無理に飲む必要はありません。 

 また、コレステロールという物質は、血管内にできるプラークという血栓の原因物質であり、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすリスクを高める働きがあることで有名です。そのため、「コレステロールを下げる食事法」など、いかにしてコレステロール値を下げるかが世間の課題になっている節があります。 

 ならばコレステロールは人間にとって害でしかないのかといえば、そんなことはありません。実はコレステロールは血管の組成になくてはならない存在で、これが欠乏すると血管は弾力性を失い、破れやすくなります。結果として脳出血のリスクを高めてしまうのです。 

 戦後の高度成長期の前あたりまでの日本では、肉をあまり食べなかったことから、コレステロールの摂取量が低い状態が続いていました。そのため脳出血で命を落とす人も多くいました。その後、肉の消費量が高まるにつれて脳出血になる人の数は減少したのです。また、がんの場合、総コレステロール値が低いと、男女の肝がん、男性の胃がんの発生リスクが高かったという研究結果もあるので、低いことが良いわけではありません。 

 何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」ですが、私たちは、つい「摂り過ぎると危険」、「不足すると危ない」という“片側のリスク”だけに目が向きがちです。しかし、日常私たちが摂取している食品の栄養素や成分は、「摂り過ぎても不足し過ぎても危険」という“両側のリスク”を持っていることが多く、だからこそ「バランスのいい食生活」が重要になって来るのです。 

 赤肉のように、恐がらずにもっと食べてもいい食材がある半面、健康によさそうに見えても塩分過多に陥りやすい和食もある日本人の食生活。これを上手に選び、効果的ながん予防に結び付けていくには、正しい知識を身に付ける必要があります。 

 次稿から、いくつかの具体的な食材や栄養素とがんの関連を解説していきますが、単品の素材だけに頼るのではなく、常に「バランスを考えた適度な摂取」を心がけて下さい。 

 一人ひとりが、正しい知識を持って食生活を見直すことで、食事によるがん予防は実現するのです。

(津金 昌一郎)

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