「がんが発覚する前、仕事人間だった私は、ストレスによる暴飲暴食で体調が悪化し、うつ病にもなりました。それに術後は人工呼吸器につながれて身動きが取れず、圧倒的な孤独や再発の恐怖に襲われたんです。でも、がんになった原因は私にあります。がんを再発させないためには、今までの生き方を180度変えるしかないと決意しました」

 そう話すのは、2006年に食道がんの手術を受けた織田英嗣さん(現在54歳)です。退院後、織田さんはがんを克服するため、玄米、野菜、きのこ、海藻を摂る食事療法や太陽を浴びて手から気を取り込む「毒出しエネルギー循環法」などに取り組みました。がん患者をサポートする「めぐみの会」を立ち上げ、現在、びわの葉療法、生姜療法、温熱療法など、自分でできる「お手当て」の体験会やがん患者による音楽会などを主催しています。

「がんは球根から出てくる芽のようなもの」

 前回、この連載で自然療法や気功療法などの民間療法を行ったがん患者さんの声を紹介しました。私自身、それらを体験させてもらって、「身体だけでなく精神にも癒しを与えているのは確かだ」と書きました。しかし、民間療法でなくても、心身の癒しになる方法は他にあります。なぜ民間療法なのでしょうか。今回、もう少し深掘りしてみたいと思います。

 生き方を180度変えるため、民間療法に取り組もうと思った理由について、織田さんがさらに続けます。

「がんは、球根から出てくる芽のようなものだと思うのです。がんの三大療法(手術、放射線、抗がん剤)は、球根から出てきた芽を摘み取ってくれるかもしれません。ですが、がんになった原因は自分の忙しすぎた生活や暴飲暴食などにあります。その球根にあたる根本を改善しない限り、いずれ芽が出るように再発、転移していきます。ですから、がん患者は医者任せにせず、自分でやれることはやるべきだと私は思うのです」

医師に「もう治療をしなくていい」と言われても不安

 確かに、がん治療は手術、放射線、抗がん剤が一通り終わると、医師から「これで治療は終わりです。あとは普通に生活してください」と言われます。しかし、がんを経験した方々に話を聞くと「治療をしなくていい」と言われても不安で、「自分で何かをしないと、またがんになるのではないか」という気持ちに駆られる人が多いようです。

 通常のがん治療を行う病院は、今まさに治療をしている人への対応で精一杯で、治療が終わった人や積極的な治療ができない人にまで十分に対応する余裕はありません。それが、多くの人を民間療法に誘う要因の一つになっているのではないかと思います。

患者の顔を見ず、パソコン画面ばかり見ている医師への不信感

 もう一つ背景にありそうなのが、医療に対する不信感です。ある民間療法を受けていた70代の患者さんは、「大学病院の医師はパソコンばかり見て、患者の顔を見ない。どうせマニュアル通りの診療をされて、薬漬けにされる。だったら、自分で好きなようにしたいと思った」と話してくれました。

 大学病院の医師がみんな、患者を「薬漬け」にしようと思っているわけではないでしょう。しかし、医師の対応を「冷たい」と感じてしまうことで、元からあった医療に対する不信感が大きく膨らむことはあり得ます。

 一方、がんの民間療法を行っている人たちは、がんの三大療法のデメリットを強調することが少なくありません。とくに抗がん剤に対して、「効果がほとんどないのに免疫力を低下させて、命を縮めてしまうことが多い」などと説明することがよくあります。これに対して、自分たちが行っている民間療法は、逆に免疫力を高める「やさしい治療だ」というのです。

 そう言われたら、ただでさえ病院の医師の対応に不満を感じ、度重なる辛い検査や治療で嫌な思いをしている患者さんの多くが、民間療法に惹かれてしまうのではないかと思います。実際、民間療法を受けてみると、施術者は患者さんに優しく、部屋も癒しの雰囲気がありました。病院にいるよりも、心地よいのです。

頭では治らないとわかっているのに民間療法にのめり込んだ医師

 さらに、もう一つ押さえておくべきなのが、民間療法の効果を頭から信じ切っていなかったとしても、それに賭けてみたいと思う人が多いことです。

 2006年に亡くなった作家の米原万里さんもそうでした。「週刊文春」2017年10月26日号の記事でも紹介しましたが、卵巣がんとわかってから、米原さんは様々な民間療法を試しました。妹の井上ユリさんによると、民間療法を試した根底には「わずかでも可能性があるなら、ダメ元でもやってみるべきだ」というお気持ちがあったそうです。

 また、緩和ケア医の萬田緑平さんによると、患者に抗がん剤治療を行っていたのに、自分ががんになったときには、民間療法にのめり込んだ医師がいたとのこと。その医師も、頭では治らないとわかっているのに、効果があるかのように楽しそうに話していたそうです。萬田さんは「人間、何も希望がないというのは、ものすごいストレス」なのだと言います。

「何としてでも生きたい」と強く思うのは、いのちの瀬戸際に追い詰められた人間の本能的な反応なのかもしれません。そのような心理状態のときに、本やネットの宣伝で、「がんが消えた」「医師も見放したがんが治った」と目にしたら、健康なときには眉唾に思えたものでも、一筋の光に見えてしまうものなのでしょう。

効果を過大に強調する民間療法の施術者たち

 まとめると、がん患者が民間療法をする主な理由として、取材を通して次の3点が浮かび上がってきました。

1.自分で何かをしないと、また再発するのではないかと不安だから。
2.患者に冷たい現代の医療に不信感があるから。
3.わずかでも可能性がある限り、それが生きる希望になるから。

 逆に言えば、これらの三つの要素をサポートすることができれば、多くの患者が民間療法に頼らなくても、がんと向き合うことができるかもしれないのです。しかし、現代の医療はそうした患者の気持ちに十分に対応することができていません。そこに、民間療法の存在理由がある(悪い言い方をすれば「つけ込む余地がある」)と言えるのではないでしょうか。

 民間療法が、1~3のような心理状態にある患者さんの気持ちに寄り添うものであるならば、頭から否定すべきものではないと思います。患者さんの体と心が癒されているなら、健康を害するものではない限り、どんな方法でも私は構わないと思うのです。

 しかし、民間療法には大いに問題もあると感じました。民間療法の施術者が、効果を過大に強調することが多かったのが一番の理由です。民間療法の施術者たちが、とにかく「いかに効果があるか」を強調したがるのです。

なぜ民間療法で「奇跡的によくなった」と証言する患者がいるのか?

 確かに、民間療法の現場を取材すると、がんが奇跡的によくなったとしか思えないような患者さんをよく紹介されました。そして、「効果があった」とみずから熱心に話す患者さんたちが、ウソをついているとも私には思えませんでした。

 ただし、それが民間療法の効果だと科学的に証明することは容易ではありません。なぜなら、がんの中にも極めてまれとはいえ、自然に治ってしまうものがあるからです。とくに腎がんは、そのような症例報告が多いそうです。また、前立腺がんでは進行がゆっくりで命取りにならないものが多く、乳がんにもそのようなタイプのあることが知られています。

 また、転移をしたらがんは治らないと思い込まれていますが、大腸がんなどでは肝転移や肺転移をしても、手術すれば完治してしまうケースがあります。他の進行したがんでも、ごく少数とはいえ抗がん剤で治ってしまう人もいます。どんな種類のがんもそうですが、進行して遠隔転移のあるⅣ期の患者さんでも、5年生存率(および10年生存率)を見ると0%にはならないのです(全国がんセンター協議会「全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率2006-2008年 診断症例」。

客観的なデータを示さないかぎり「奇跡的な効果」をうたってはいけない

 したがって、民間療法の施術を受けた患者さんの中に、がんを克服した人がいたり、症状が改善した人がいたりしたとしても不思議ではないのです。それに、民間療法を受けた人の中には、よくなった人がいる一方で、よくならなかった人たちもたくさんいるはずです。しかし、民間療法の施術者が、そうしたケースを積極的に示すことはありません。

 どれくらいの患者さんが施術を受け、そのうち何%の人の症状が改善したのか。さらに5年、10年単位で、何%の人が生存しているのか客観的でウソのないデータを示さない限り、「奇跡的な効果がある」とは言ってはいけないはずなのです。

 こうした点を踏まえて、次回の「後編」では最後に、怪しい民間療法の見極め方について、書いてみたいと思います。

(鳥集 徹)

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