前編から続く

 史上3人目の中学生棋士として鮮烈デビューを飾り、1996年には25歳で前人未到の7冠制覇。40代に入ってからもタイトルが途切れず、まったく衰えを感じさせない棋士・羽生善治さん。ついには渡辺明竜王からタイトルを奪取して、永世竜王、そして永世7冠の資格を獲得した。

 その強さの秘訣は何なのか。2014年、名人位に返り咲いた直後のインタビューを掲載する(聞き手:ノンフィクション作家・後藤正治)。

出典:「文藝春秋」2014年8月号

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――こんな風に解釈してもいいでしょうか。羽生さんが第一人者の地位を揺るぎなきものとされているのは、常に新しいものに挑戦している、未知なるものに好奇心旺盛で踏み込んでいく、自身を甘やかさない。そういう姿勢が、結果として棋士・羽生善治を前進させている、と。

「ああ、はい、そうですね――。どう言ったらいいんでしょうね……。勝手知ったる道を行くことはもちろんできるわけですが、そうではなくて可能性を広げていくほうの道を選んでいきたいという気持はずっとあります。それを選んでうまくいかない場合はもちろんある。ただ、長い目でみると、瞬間的な損得勘定ではない選択が、多分いい方向なのだろうと思っています。

 しかし一方で、そのときどきの最先端のものと自身のマッチングの問題があって、それはかなり大きな問題です。能力はあっても、その時代のものとマッチングしないと力が発揮できないケースがある。それとどう合わせていくのか。合わせ過ぎるとまた自身の個性が死んでしまうので、個性を生かしつつ小さな修正を繰り返しているということになるでしょうか。まあ、あまりこだわりはないほうなので、意外な手や新しい戦法が出てきても受け入れやすいところはあるのかも知れません」

――なるほど。将棋界の定めというのでしょうか、やはり年齢の壁というものがあって、過去、大名人といわれた棋士たちも一様に不振となる時期が到来します。これも棋士の個性と時代とのマッチングの問題なのでしょうか。

「一つには戦術の変化についていけなくなることがあるんですね。将棋の世界ってファッションと似たところがあって、流行がある。年配の人たちにとって、たとえお洒落な人であっても、いまの若い人のファッションが真似できるかといわれたら難しいでしょう。そのあたりから少しずつ遅れを取っていく。

 15年ほど前に、藤井システムという作戦が出てきて、これは過去400年の将棋の歴史の中で1回も考えられたことがない指し方でした。一方で、一手損角換わりという指し方も流行った。こちらは局面としては過去に類似したものがありました。ですから、ゼロからやるか、自分が知っている中から活かすか、どちらかをまず最初に考えることです。

 新しいイノベーションやアイディアといっても9割以上は過去にあったものの組み合わせなどですが、ごく稀に、もともとの大前提をすべて引っくり返すものがある。その時は、自分の経験則がむしろ邪魔になってしまうということなのだと思います」

コンピューター将棋の未来

――時代の新潮流ということでしょうか、近年、コンピューター将棋が強くなって、プロ棋士と対戦する電王戦もはじまっています。今春、5人の棋士と対戦しましたが、戦績は棋士側の1勝4敗。将棋ファンの間でも戸惑いが広がっています。

「基本的にテクノロジーの進歩は止まらないものであって、影響を受けていくことは間違いないと思います。かつてはデータ分析として使っていたものが、これから先はコンピューターがこの局面をどう判断するのか、どんな手を思いつくのか、ということを調べる時代にもうなっている。少し前まではハードの力でソフトの弱点を補っている感がありましたが、ソフトそのものの力が随分と向上していますね。

 プログラムの強さ。むしろ将棋を知らない人で強いプログラムを作る方もいます。コンピューターの将棋は基本的にあまり一貫性がないんです。その局面で何がいいかを見る。瞬間瞬間に手を選ぶ。前からの手順の流れや構想のなかでこうするということはない。形という概念がないんです」

――ソフトがさらに向上して人間の側が追い詰められていくのでしょうが、はかない抵抗感としていえば(笑)、コンピューター将棋に魅力を感じないのは「美」がないからと思えるのです。羽生さんや谷川さん、あるいはかつての升田将棋には盤上この一手、なんとも鮮やかで美しいと感じる手があった。美しさというのはコンピューターの価値観にはないですよね。

「そういう観点はおそらくないと思いますね(笑)。ただ、コンピューター自身は美しいと思っていなくても膨大な量の情報と計算式で、結果としてそういうことが表現できるかもしれない。データの量でもって質を上げていくのがコンピューターの進歩であって、そういう可能性はある。いまのところ、人間の指した将棋とコンピューターが指した将棋は明らかに違う。まだ距離がある。ただ、“美しい”というのはとても主観的な話ですよね。

 人間の考えることには盲点とか死角というものが必ずあります。で、思考のなかの死角は、それは浮かばないものだから実体的にはどのようなものかわかりませんが、もしかしたらすごく美しいところなのかもしれない……」

――コンピューター将棋の棋譜を追っていると、負けない手ばかり選んで指しているように映る。勝つこと以外の要素は一切組み込まれていないように思えて何だか腹が立ってきます(笑)。

「実は、コンピューター将棋で一番難しいのは“形づくり”だと聞いています。終局間近になって、棋士が敗局を自覚しつつ、美しい投了図を描こうとしてあえて何手か駒を進める。コンピューターでこういう形づくりを組み込むことは難しい。もしそういうレベルまでできるとなると、人工知能の一番基本のところができるようになるので、本当に大変なことだと思います。つまり、棋士もどのように形づくりをするのか、言語化できません。言語化できないものを数値化して教えるのは、やはり難しいわけです」

――この先どんどんコンピューターに勝つことは難しくなるんでしょうか。

「そうですね。でもコンピューターに勝つためだけの研究をしたらどうなるかはわからない。でもそんな研究、非生産的じゃないですか。ここが穴場で、こうはやってこないとか。プログラムの穴を探す、いわばバグ取りのような作業になってしまう。将棋をやっていて将棋じゃないような、そういう世界です。

 しかし現実にはコンピューター将棋の影響はさまざまに現れています。先の電王戦で豊島将之7段が対戦したソフトはYSSと呼ばれるもので、人間から見ると、このソフトの指し回しはとても違和感があるんですよ。でも、最近プロの実戦の間で少しずつ増えている。評価はまだ定まっていませんが、じゃあ、もしこれが升田幸三賞を取ったら、誰がもらうのか、という話です(笑)」

将棋がもたらしてくれたもの

――ここまで歩んでこられて、どうでしょうか、富士山でいえば9合目あたりまで上り詰めたというような実感でしょうか。

「どうでしょうかね……。莫大な可能性があるなかで分かりやすいところからやっているので、わかりにくい局面や形に出会うと、自分はまだ何もわかっていないのだと思います。

 たとえばルールを覚えたばかりの人同士が対戦して、形勢互角で、形もなくてただ混沌としているという局面があるとしますね。形が整っていないから、もうどこから手をつけてどう整理していったらいいかわからないわけで、指すべき手としてすごく難しい。このように将棋とは、わかっていない部分が実は圧倒的に大きいのだと思いますよ」

――中学3年生時にプロ棋士の4段となって以降30年近くたっています。将棋がご自身にもたらしてくれたもの、というとどんな言葉が浮かびますか。

「うーん、何か考えるべきテーマを与えてくれたことでしょうか。25年を超えたときに勤続表彰されまして、いや随分長い間やってきたんだなと実感しました。今度は40年ということだそうです。随分と対局を重ねてきましたが、対局中に考えているときは局面が苦しいときが多いので、時間的な長さからいえば苦しい時間帯が多かったといえるでしょう。ただ、そういうなかでしか得られないものもやっぱりあるのかなあと思ったりします」

――どのようにして、高いモチベーションを維持してきたのですか。

「アスリートの世界では、たとえばオリンピックとかワールドカップとかに向けてモチベーションを上げることは可能でしょうが、何十年と続いていくと、そういうアプローチはさすがに無理ですね。もう天気のようなものだと思っているのですよ。

 今日は晴れるか、曇りか、雨降りか。朝起きてみないとわからないじゃないですか。同じように、年に何度か、集中力が乏しいという雨降りの日がある。その日のモチベーションは起きてみないとわからないですよ。ふがいない形で負けてしまい残念に思うこともありますが、それはもう駄目なときは駄目、仕方ないと割り切るようにしています」

――豊島将之さんとか中村太地さんとか広瀬章人さんとか、羽生さんから2世代ほど下の20代の棋士たちが台頭しています。まだまだ負けんぞという気持ですか。

「いやぁ、若手の棋士たちは強いですよ。安閑としておれないという感じは常にあります。プロ同士で対局すれば、すべてきわどいところで勝負がついていくものだと思っていますし」

――60代後半になってなおA級に在位して現役のままお亡くなりになった大山康晴15世名人を評して、羽生さんは、読むのではなく盤面を眺めているだけであったが局面をすべて掌握されていたと、どこかで語っていますね。

「大山先生とは晩年、公式戦で10局ほど対局しました。会長職をされていて、超多忙で、対局中も用事をこなしつつ指しておられた。午前の時間帯はほとんど盤の前に座っておられない。それでもあれだけ強かった。将棋だけに集中しておられたらどれだけ強かったことか……。直接的な真似はできないでしょうが、対局外のことを含め、教えていただいたこと、勉強させてもらったことはたくさんあります。そのことは大切にしていきたいと思っています」

――羽生さんは勝ちを意識すると手が震えると聞きましたが、それは癖になっているのですか。

「ああ、5、6年前からです。わりあい我に返ったときのほうが多いですね。無我夢中で対局しているときにはそういうことはないので」

――中原誠さんは勝ちが見えるとトイレに立つというので、相手は、あれ、負けてるの? と思ったとか。

「有名ですよね。それができればいいんでしょうけれど(笑)。なかなかそうもいきません。でも、詰みを一応確認するために席を立つことは、他の棋士も結構していますよ」

さらなる高みへ

――最近、「玲瓏(れいろう)」という文字を記した扇子を好んで使っておられるそうですね。八面玲瓏から取った言葉だとか。

「四方八方、景色が澄んで晴れ渡っているという意で、明鏡止水に近い言葉のようです」

――ご自身、いまその心境にあると?

「いいえ、いいえ(笑)。それは理想であって現実はそうはまいりません。そうありたいという意味です」

 天才は涼しい――とは、美声の歌手としても鳴らした内藤國雄9段の言である。2003年、有馬温泉で行われていた谷川・羽生の王位戦。立会人をつとめつつ、控え室で継ぎ盤の検討をしていた席で、羽生への人物評として口にした言葉である。

 名人への久々のインタビューであったが、以前と変わらず、涼しき人であった。

 彼だけが視えているもの――もまた深化しているように思えた。発言の端々、遠い彼方を見詰めて語っているようにも感じた。頂点にあってなお研鑽を怠らず、常に未知なるものに挑み、それを糧として歩んできた蓄積のなせるものなのだろう。これからさらにどんな未踏の道を歩んでいくのか、見詰めていきたいと思う。

(後藤 正治)

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