史上3人目の中学生棋士として鮮烈デビューを飾り、1996年には25歳で前人未到の7冠制覇。40代に入ってからもタイトルが途切れず、まったく衰えを感じさせない棋士・羽生善治さん。ついには渡辺明竜王からタイトルを奪取して、永世竜王、そして永世7冠の資格を獲得した。

 その強さの秘訣は何なのか。2014年、名人位に返り咲いた直後のインタビューを掲載する(聞き手:ノンフィクション作家・後藤正治)。

出典:「文藝春秋」2014年8月号

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 羽生善治が4年ぶりに名人位に復位した。棋界の第一人者となってすでに久しい。驚くことではないのかもしれないが、43歳になっての復位は趣深い。名人戦では2年連続して敗退していた森内俊之・前名人にストレート勝ち。かつ4戦ともに斬新でわくわくする1手があって将棋ファンを魅了した。

 羽生が7冠すべてを制覇したのは1996年、25歳のことであった。以降、将棋界のほとんどの記録を塗り替え、名人位は通算8期目となる。歳月を踏みしめ、また新たな世界へと歩を進めているようである。いま名人の視界に映っているものは何か。心境を聞く機会を得た。

――振り返って名人戦の総評はいかがでしょう。

「この4局でも、自分があらかじめ考えていた通りに指せた、という対局は1つもありませんでした。4局ともに、序盤から終盤近くまで局面が均衡してほぼ互角という戦いだったと思います。善悪のはっきりしない、成算がもてない局面のなかで結果的にいい手を選べたのが幸いしました。やはり実戦は生き物であって、予期せざる、やってみないとわからない指し手が多くて、その意味では自分にとっても新鮮で充実した名人戦でした」

――第2局はびっくりしました。序盤から右銀が単独でどんどん前に進んで行く。分銅(銀)のついた鎖を投げて鎌(飛車)で一撃せんという意味から「鎖鎌銀(くさりがまぎん)」と名づけられている戦法です。プロの棋戦ではあまり見かけなくなっていますが。

「これも6年ほど前、森内さんではありませんが、相手に指されたことがありました。アイディアとしては昔からあったけれども筋が悪いといわれた戦法です。あの局面で、基本通りの指し方もできましたが、先手(羽生)の優位性があまり生じない。あまり確信はなかったけれど、良くしようとすれば鎖鎌銀を選ぶしかないのかなぁと思って指した手です。

 何か新しい手を見つけたというよりも、作戦的にそう指すように森内さんに誘導されていったというところもあります。強いられた感もありますが、こう指すことによって一方的にこちらが悪くなることもないだろうとも思っていました」

――森内さんは同世代のライバルであり、対戦成績も拮抗している棋士です。どんな存在といえますか。

「子供のころから指していて、公式戦だけでも120余局に達していますからね(笑)。互いに、どういう指し手で来ようとしているかはもう承知しているわけです。

 森内さんは緻密に作戦を立ててきます。これまで、事前に考えてこられた手順にはまって負かされてしまうケースがよくありました。相手の動きを察知して封じるのがとてもうまいんですよ。相手の動きを洞察するところに強さの原点があるのだと思います。ですから、それをかいくぐっていろんな手を考えていかなくてはいけない。その意味でも、自身の個性を引き出してくれる相手といえますね」

――いま羽生さんが4冠(名人、棋聖、王位、王座)、森内さんが1冠(竜王)、渡辺明さんが2冠(王将、棋王)と、3人でタイトルを分かち合っています。ひと世代下になる渡辺さんの意味はまた異なりますか。

「渡辺さんは人も将棋も現代風なんですね。現代風というのは、まずはとにかく守りをがっちり固めて負けない形をつくる。ただ最近は、そういうなかでも実践的な試みといいますか、幅を広げた将棋を指されている印象があります」

 10年近く前、羽生の30代前半ということになるが、王座戦の観戦記(日経)を幾度か依頼され、羽生将棋をじっくり鑑賞した日々がある。対森内、対佐藤康光、対久保利明戦で、いずれも羽生の勝利に終わった将棋であったが、久保戦の観戦記・最終回(2007年10月16日付夕刊)で私はこう記している。

《中盤までずっと久保指しやすしと見られていた。事実、羽生の駒は凝り模様となり、桂頭から打って出る強行手段で局面を打開した。この間、久保にこれという悪手があったわけではない。にもかかわらず、久保の明瞭な勝ち筋も見つけられなかった。不思議な感触が残るミステリー将棋だった。

 今振り返って思うのは、久保指しやすしであったとしても、それは微差であり、“通常人”の感触であり、羽生だけに視えていた固有の秤があったのではないかということである。それを解きほぐすことができれば、羽生将棋のコアに接近できるだろう》

 年月を経て、羽生は40代に入った。一般的に将棋は若年層が優位に立つゲームである。羽生もまた追い上げられる世代へと移行しつつあるが、彼だけに視えているもの、その固有の秤(はかり)――もまた広がりと深みを増しているように思える。

局面を見極める力

――記憶力とか戦術研究という面では若い世代が優位といわれる将棋界ですが、第一人者の位置を揺ぎなく確保されているのは?

「記憶の力が将棋の結果につながることはありますが、40代に入るとさすがに記憶力に頼るということはないですね。そうではないところでいかに棋力を補うか、だと思っています。記憶力のピークは20代前半のころでしょう。自分の指した将棋のみならず、隣で指している将棋の棋譜もすべて覚えていることがありましたから。将棋って、いいかげんな記憶は意味がないんです。40枚の駒の配置のうちで38枚記憶していても2枚位置がずれていたら、もう全く別の局面ですから。それが経験と共に、覚えることにこだわらなくていいと思えるようになる。それは意識せずに自然とそうなります。

 また画期的な新戦法や作戦が出てくると、それに対応しない過去5年分のデータはもう覚えている必要はないということもある。むしろ忘れてしまったほうがいい。覚えることは大変ですが、忘れる力は年齢が上がるとどんどん伸びていってくれます(笑)」

――指し手を読むという点でもピークはあるのでしょうか。

「読む力自体は年齢が上がっても変わりません。ただ思考の中で、20代は8割を読みに費やしていたのを5割6割にして、あとは感覚的な判断や方向性をとらえるようになりました。若いころは、葉の部分、ミクロの細かい部分を詰めて、それから枝へ幹へ思考が移行していくことが多かったのに対し、マクロ的に局面全体をとらえてから、読みというミクロのところで確認するように順番が変わりました。経験を積んで自分で向上したと思うのは、見切るということに関してでしょうか。局面を見渡して、これなら大丈夫とか、この筋は駄目だとか、この手は可能性があるとか」

――捨てるべきものと、そうでないものを腑分けする力について、もう少し聞かせてください。

「将棋は平均120手、お互い60手ずつ指すわけですが、その全ての局面をゆっくり考えている時間はありません。ですので、ここが勝負どころとか、課題になっているという場面をとらえられるかどうかが、まず最初の大事な判断になるわけです。

 その上で、ここは30分でも1時間でも考える価値があると判断するときもあるし、あるいは、難しすぎて判断も考えもできないから、考えないで、とりあえず手を決めて局面を進めようと判断することもある。しっかり考える局面か、パッと判断するべき局面か、実戦では初めて見る局面で判断するわけです」

――それは経験とともに身につくものですか。

「うーん。必ずしもきれいに経験と正比例するとはいえない気がしますね。そこに感情的な迷いが生じることがありますし、初めて見る局面に羅針盤がまったく利かず、判断が誤っているケースも多数あります」

――以前インタビューした折に、この筋の正解はいますぐには見つからない。ただ、豊かな可能性を秘めたものであろうから抱えていきたい。考えるに足るものを考える、という意味のことをおっしゃったことを印象深く覚えています。

「新しい手や戦術が出てきた際に、それがどの程度の鉱脈をもつのかを見極めるのが大事だと思っています。これからいっぱい油が出るのか、逆に半年も掘れば枯れそうなのかと。

 この点、将棋の世界はとてもわかりやすくて、真似してくれる人が出ると鉱脈があるということなんですよ。たとえば名人戦でやってみた鎖鎌銀については、あれ以降、この戦法を指した将棋は出ていない。多分、鉱脈があまりないんです(笑)」

――以前、谷川浩司さん(永世名人・日本将棋連盟会長)が、羽生さんは数学的なものに秀でている、と話されたことがありました。

「将棋の棋力としてまずあるのは、読みの力、計算する力ですね。たくさん読める、はやく計算ができることが、将棋の力が向上する要素です。もう一つ、幾何学的なセンスが磨かれることも要素なんですね。

 将棋にはミノ囲いとかヤグラ囲いとか、さまざまな囲いがある。実戦ではさらに入り乱れるわけですが、その際に、これは守りが弱い、こうしておけば凌げるだろうという感覚があって、そうなれば必然的に実力が向上します。

 さらに、それらを組み合わせたときにどうなるか。飛車と桂と香で攻める際に、どういう格好で組み合わせたら一番いい攻めになるか、いい形になるか。そういうところを磨いていくことも将棋力を上げることになるわけです。それがわかってくると無駄な手を考えずにすみます。

 ただ、将棋は相手がいますから、いつもいつも自分のいい形で指せるとは限らない。形が歪んでしまって、見るも無残な形のなかで指さないといけない場合もある。でも指さないわけにはいかないから、その時、勝負という観点からどういう手を選ぶのか。実戦でいえば、悪手が悪手を呼ぶというか、悪手と思われる手を指したが故に逆転の可能性が広がる場合もあるわけです。わざと混沌とさせたほうが、ということもあるので、そのへんが結構入り混じって対局しているというのが実情です」

――混沌を生み出す手は「羽生マジック」とも呼ばれていますね。

「それはどう言ったらいいのでしょうか。自分から求めるのではなく、棋士として続けていくなかで、そういうアプローチが必然的に求められてしまう局面があるのです。そういうアプローチをしないと、その局面を判断できないというような」

――『週刊現代』に米長邦雄・永世棋聖(前日本将棋連盟会長)の「名勝負今昔物語」という連載がありました。棋士が思い出に残る名局を挙げ、それに講評を加えたエッセイです。私が驚いたのは、羽生さんが谷川さんとの1戦、なんと敗局を取り上げたことです。羽生・谷川戦には幾多の名局がありますが、あえて負けた1局を選ばれた。将棋の目的は勝つことですが、同じくらい、内容の充実を重視する。羽生さんのある種の美意識のようなものも感じるのですが。

「A級順位戦でともに8勝1敗となってプレーオフとなった1戦ですね(2005年度)。この1局は、要するに詰むか詰まないか、詰め将棋の面白さがあったという意味で挙げたのですよ。詰め将棋には江戸時代から随分と凝ったものがつくられていますが、普段の実戦では作品的な終盤はまず現れない。ところがこの1局ではそういう局面になった。よく『つくったような』という表現がありますが、文字通りそれが実現している。そこに対局としてとても面白さがありました。

 もうひとつ、この対局については、残り時間が5分程度だったと思いますが、後で、詰むか詰まないかの判断を誤ったことは反省しなきゃいけないとも思ったんです。つまり、詰んでいて、それを詰ませられなくて負けたのならいい、という言い方は変ですけど、そもそも詰みのない局面だったわけで、前提の判断が誤っていたわけです。

 だからそこは、ちょっと反省するところがありました。手順として、どちらに転ぶかわからない1局でした。そういう意味で、対局としてよかった。面白い将棋だったと思います」

後編に続く

(後藤 正治)

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