クイ(テンジクネズミ=モルモット)の串焼きを食べに行った話のつづき。

 ランチの準備が始まったのは朝の八時半。ファビオさんは小屋の脇の野外キッチンで焚き火を起こす。次に小屋に入り、生後四十五日のタイプ【1】(標準)と大柄の生後三カ月のタイプ【2】(渦巻き状の体毛)を捕まえた。籠に入れると、焚き火のところにもっていく。

 籠からクイを取り出し、足と頭をもってキュッとひっぱって捻った。これでネズミは即死。ファビオさんはクイを東に向けている。「クイは死ぬとき太陽の方を見ようとするから、見えるようにしてやるんだ」

 さらに彼は不思議な行動に出た。模様の描かれた赤い布を地面に敷き、二匹のクイをそこに横たえると、上からタンポポのような黄色の花を散らした。美しい。

「こうすると、最後までよく世話したことになって、肉もおいしくなるんだ」

 後で訊けば、アンデスでは牛でも羊でも、屠畜するときは必ずこのようにするという。犠牲になった動物と恵みを与えてくれた神様に感謝するという意味らしい。生活の中に自然へのリスペクトがある。

 次は毛をとる。実はクイの屠畜・料理において圧倒的に手間がかかる作業がこれ。熱湯をかけ、耳の中まで丁寧に手でむしり、最後はナイフも使う。二匹で四十分もかかった。さらに内臓をとってよく洗う。

 内臓を抜いた後、代わりにワカタイというアンデス独特のハーブと、ニンニクとクミン、塩、酢を混ぜた薬味をギュウギュウに詰める。これが終わると、細い木の棒に刺して、ネズミの後ろ足を棒に縛る。頭を下にして、鉄フレームの台にたてかける。焚き火はごうごうと燃やす。強火の遠火だ。少し焼けてくると、ネズミの向きを変える。どこかで見たことがあると思えば、魚の炉端焼きだ。

 だが、こちらの方がもっと凝っている。十五分ほどして茶色く焼き色がついてくると、ローズマリーの葉でオリーブ油を肉全体にまんべんなく塗る。

 こんがり焼けてきたら、火から少し遠ざけ、クイを横向きにする。すると、ハーブ汁が滴り落ちる。「中の水分を抜く」とのこと。

 ハーブと油と肉の焦げる何とも香ばしい匂いが漂ってくる。

 十二時前、ようやく小さい方が焼けた。調理(屠畜)を始めてからざっと三時間半。クイをキッチンへ持っていくとナイフでなく、ハサミで切り分ける。頭と足の先を切ってから、胴体を三分割にする。

 私は先に足の方を味見。肉は若干赤っぽいが、味は鶏に似ている。新鮮なためか育て方がいいためか、臭みは全くなく、ハーブがいい感じに利いている。コレステロールが少ない肉として知られているだけあって、脂肪分はとても少なく、かわりに皮下のゼラチン質がうまい。

 さらに一時間ほどして本格ランチ。肉を食べて驚いた。さっきは鶏だと思ったのに、今度はちがう。やや独特の匂いとコクのある赤身肉は、昔タイに住んでいたときよく食べていたアヒルそっくりだ。なぜ、高所に住む南米のネズミと熱帯アジアのアヒルが似た味なのか。

 付け合わせはロコト(ピーマンの肉詰め)、ふかしたジャガイモ、パスタに卵をからめたアンデス名物の麺「クルシパタ」。全てこの農場でとれた有機無農薬野菜で、地元の家庭料理だという。なんだか雑誌などで見るニューヨークのアッパーな人たちのランチみたいだ。お洒落でヘルシーで意識高い系で。たしかに標高は三千メートル近くもあるからアッパーはアッパーだが……。不思議と美味さが溶け合った希有なランチタイムだった。

(高野 秀行)

イラスト 小幡彩貴