アテネ五輪で金メダル、ロンドン五輪で銅メダルと、男子ハンマー投げ選手として好成績を残し、2016年に引退した室伏広治氏が『ゾーンの入り方』(集英社新書)を上梓(じょうし)した。

集中力を極限状態にまで高めた者だけに訪れるという“ゾーン”とは一体、なんなのか? それはアスリートに限らず、一般人にも体現できるものなのか? 室伏氏に話を聞いた。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会でスポーツ局長を務める室伏氏は取材の日、東京・新宿にある同委員会事務局にいた。応接室で待つこと10分―。スーツ姿のゴツイ体がのそっと現れた。

「待たせました」

引き締まった体躯(たいく)に、スーツ越しにも伝わる大胸筋、そして、現役時代と変わらぬ鋭い眼光。“鉄人”は今も健在だった。

―今日は“ゾーン”についてのお話を伺いに来ました。

「ゾーンですか。ゴルフなどアメリカのスポーツ心理学やプロスポーツが由来ですね? これは形のないものでしょう? それを形のあるもののようにインタビューしようとすると難しいですよね」

集中状態を極限まで高めた者にだけ訪れるという“ゾーン”。その向こう側にある景色は、「ボールが止まって見えた」「相手のパンチがスローモーションで見えた」など、これまで複数の一流アスリートによって語られてきた。室伏氏の口からも、現役時代にその目で見たゾーンにまつわる話を引き出そうと質問を繰り返すのだが…。

「言葉にするのは難しい」

と“ヌカにクギ”。そんな記者泣かせな禅問答を20分ほど繰り返したところで、室伏氏からまさかの提案が!

『ゾーン』という言葉の意味で共通認識が違う、との理由から「その言葉を外してインタビューしていただいたほうがいいと思いますが、いかがですか?」と…。

取材ノートに目を落とすと事前に記した質問事項には漏れなく「ゾーン」の文字が……(苦笑)。額と脇からイヤな汗が噴き出し始めた。

「アスリートに限らず、一般の人も人生を左右するような勝負の場に立たされることがあるでしょう? それは重要な面接かもしれないし、大きな商談かもしれない。そういう瞬間にいかにして自分の力を最大限に引き出して戦えるかどうかが問われるのです」

記者にとってはまさに今が「勝負の場」。だが、ゾーンに関する取材で「ゾーン」を“禁句”とされ、正直、この場から逃げ出したい思いに駆られていた。

「そういう場から逃げずにチャレンジを続ければ新たな自分が生まれます。では、自分の力を極限まで引き出すにはどうしたらいいのか? その答えのひとつが集中力です」

そう言われて集中、集中!と自分に言い聞かせるも心はよけいに乱れていくばかり。

「その環境に抗(あらが)おうとしたり、悪条件を排除しようと力んでも集中はできません。集中状態というのはいつも、いろんな偶然が合わさったときに“外”からやって来るのです」

記者の心を見透かすように、絶妙なタイミングで次々と話を繰り出してくる室伏氏。途中からもはや取材というより、メンタルトレーニングを施されているような、妙な感覚に襲われたのだった…。

★この記事の続き、後編は明日配信予定!

(取材・文/週プレNews編集部 撮影/田中 亘)

●室伏広治










1974年生まれ、静岡県出身。シドニー、アテネ、北京、ロンドン五輪に出場し、04 年のアテネでは金メダルを獲得し、紫綬褒章を受章。中京大学准教授を経て、東京医科歯科大学教授、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会スポーツ局長に就任した。主な著書に『超える力』(文藝春秋)などがある





















●『ゾーンの入り方』(集英社新書 740円+税)










大事な舞台やプレゼンテーションで結果を出すための集中力はどうすれば身に付くのか? 集中状態である「ゾーン」とは何か?  常に自己と記録に向き合い活躍した著者が、集中するための方法論と哲学を、満を持して公開する。男子ハンマー投げ選手として多くの大会で好成績を残し、引退後は学者、指導者として活躍する著者が今だからこそ語る、スポーツや仕事、人生にも役立つ究極の集中法をまとめた一冊
鉄人・室伏広治に聞く極限の集中状態“ゾーン”「いろんな偶然が合わさったときに“外”からやって来る」