ちょっとしたことにもすぐ凹み、傷ついてしまうような脆いメンタルを持った人たちの心の叫び。それは「この生きにくさ、どうにかしたい、どうにかしてくれ!」である。先日のガールズちゃんねるに立った「豆腐メンタルの人語りませんか?」というトピックには、トピ主が次のように悩みを吐き出していた。

「別に気にしなくていい事をクヨクヨ悩んだり、わざと自分を追い込むような考えをしてしまうことがあります。本当にこんな自分に嫌気がさすし、変わりたいです」

健気な表現に、トピ主の一生懸命さが伝わってくる。気にし過ぎてしまう性格がゆえ、自分で自分に疲れてしまうのだろう。(文:みゆくらけん)

「傷つくと何年も思い出しては同じように傷つく。心の生傷が絶えない」

豆腐メンタルって自覚している分悩みも付きません

トピ主と同じような「自称豆腐メンタル」な人たちも次のようにコメントを書き込んでいた。

「人と会話したらその都度脳内で反省会が開かれる。本当に疲れます」
「昔の嫌なことやトラウマで眠れなくなる…今もそう」
「1日1日何事もなく平和に過ごせるように祈りながら仕事してる。小さなイレギュラーが起きるとぐったりします」
「傷つくと何年も思い出しては同じように傷つく。心の生傷が絶えない」

簡単にいえば、「考え過ぎ」「慎重過ぎ」なのだろうが、その背景には「失敗したらどうしよう」という強い不安があるようだ。

他人事のように書いているが、筆者もかなりの心配性。考えても仕方ないことを深く掘り下げて考えてしまうクセがあり、答えの出ない悩みに振り回される自分にも疲れている。自己コントロールや気持ちの切り替えが非常に苦手なため、自分で自分を許すこともできず、とことん追い込んでしまう。でも、今のところそのようにしか生きられないので、改善もそう簡単ではない。

豆腐メンタルの人は、他人が見たら「なぜそんなことで悩むのか?」と首を捻るような些細なことで心を疲労させているケースも多い。ある人は自分を「生きていくのが難しい性格」だと称し、次のようにコメントしていた。

「いちいち小さなことまで凄く考えてしまって、心が休まる時がない。子どもが風邪で休むときに学校に電話するのもドキドキ。自分で意味がわからない。子どもの行事もいきたくない。 いや、子供はかわいいんだよ。 全てから逃げ出したくなる」

「親としてちゃんとしなくちゃ!」という責任感や真面目さが裏目に出て、必要以上に自分にプレッシャーをかけてしまうのだろう。

「脱豆腐」のためには気合や憧れの人が必要

豆腐メンタルの人が心の体力をつけ、豆腐を脱するためにはどうすれば良いのだろうか。ある人は「キッツい人の中にいたらだんだん強くなってきた」とコメントしているが、要は「慣れ」が重要ということだろうか。「いちいち気にしていられないほどに忙しい環境に身を置くのも良い」という声もあったが、どちらも荒療治ではあるものの、効果はありそうだ。

過去、何かの番組で、土屋アンナと蜷川実花が「人生は気合いだ」と言っていた。筆者は、自分の弱さを痛感する度にその言葉を思い出す。そう、大抵のことは気合いで乗り越えられるはず。「人間いつ死ぬかわからないから、私は好きなように生きる!」がポリシーだという土屋アンナには「クヨクヨさ」が微塵もなく、その強さに痺れる。憧れの生き方をしている人を見つけ、お手本にするのもひとつの方法かもしれない。