ハリウッドの大物プロデューサーが女優やスタッフに肉体関係を強要するなどのセクハラを繰り返していたという報道をきっかけに、性的被害を受けた女性たちがSNSで自身の経験を公表する動きが世界各国で広まっている。

しかし、日本における報道を見ていると、この反セクハラ運動は「海の向こうの出来事」という印象がある。お隣の韓国ではどうなのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第101回は、ソウル出身の国際法学者で、様々なメディアで活躍する金惠京(キム・ヘギョン)氏に聞いた――。

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―ハリウッドのニュースをきっかけに、SNSで「#Me Too(私も)」と、セクハラ被害経験のある女性たちが声を上げるムーブメントが起こっています。韓国ではどうでしょうか?

 まず、何をもって「セクハラ」というのか、その定義は国や組織によって異なりますので、ここでは被害の大小を問わず、なんらかの性的被害という位置づけでお話させていただきたいと思います

韓国でも、ハリウッド発のムーブメントが社会に広まっている現象は見られません。やはり、日本と同様に自身の実名を挙げることへの抵抗があるのでしょう。日本の内閣府の男女共同参画局推進課による「男女間における暴力に関する調査」(2014年)によると、異性から無理やりに性交された経験がある女性は6.5%、そのうち警察に相談したのは4.3%、少し前になりますが1999年の総理府による同様の調査では、痴漢被害の経験は48.7%、そのうち警察に連絡・相談したのは10.7%です。

いずれの調査でも、後者の数値は前者の数値の中における割合なので、非常に少ないことがわかります。また、痴漢被害の経験は48.7%となっていますが、私の実感では通勤・通学で電車のラッシュを経験して痴漢に遭ったことのない女性はほとんどいないと思います。これらの低い数値が示すように、性的被害は表面化しにくいものです。その根底には男女格差の大きさ、男性優位の価値観が根強く存在しているのではないでしょうか。これは社会構造的な問題であり、日本と韓国に共通しています。

―韓国が男性優位社会というのは、なぜですか?

 儒教の影響が強かったことも一因でしょう。私が子供の頃は、3世代が暮らす大家族も珍しくなく、家庭では男女が食卓を別々にしていた記憶もあります。もちろん、今はみんなで一緒に食事をするのが一般的になっています。

―これまで韓国でセクハラなどの性的被害が社会問題になったことはありますか?

 2009年に当時、売り出し中の女優だったチャン・ジャヨンさんが所属事務所から「性接待」を強いられていたことを苦に自殺しました。捜査が進むにつれ大きな問題になり、2014年に「大衆文化芸術産業発展法」(通称:チャン・ジャヨン法)が公布され、16条で性接待―日本語でいう枕営業の禁止が記載されました。韓国は大きな問題が起こるとスピーディに法律が作られるという特徴があります。

―チャン・ジャヨンさんが自殺に追い込まれてしまった背景にも、被害女性が泣き寝入りするしかないという実情があったのではないでしょうか。その背景には、どのような理由があると思いますか?

 これも日韓で酷似している問題ですが、ふたつの背景があります。まず、男女間の格差が挙げられます。日本も韓国もGDPでは世界トップレベルの先進国なのに、OECD内の「男女賃金格差ランキング」では韓国がワースト1位、日本はワースト2位です。

もうひとつの背景は、加害者が罪に問われる割合が少ないということです。被害者の女性が訴え出たとしても、捜査や裁判で被害に遭った際の状況を事細かに説明しなくてはなりません。この多大なストレスは、捜査や裁判における労力と見合うものではないので、訴えを断念してしまうことも多いのです。

―ハリウッドの件では、アンジェリーナ・ジョリーさんなどの大物女優も自身の経験を打ち明けています。有名人が名乗り出ることの効果は?

 有名人が自らの経験を発信することで勇気づけられる人も多いと思います。セクハラ以外でも、例えば男性の育児参加という課題でも公人の発言は効果的ですよね。イギリスの元首相、トニー・ブレア氏は在任中に育児休暇を取ると宣言して話題になり、広く育児休暇を認めるべきだという社会的気運が醸成されました。

日本でも最近、ジャーナリストの伊藤詩織さんが自身のレイプ被害を書いた『Black Box』が話題になっていますね。とても冷静な筆致で性的被害に対する考えを綴(つづ)り、多くの女性たちに受け入れられているようです。

―ただ、ハリウッドの報道と伊藤詩織さんの出版は同時期だったのに、このふたつを結びつけて捉(とら)えるような報道はあまり見られないし、ハリウッドのダイナミズムに比べると、伊藤さんの本への注目度はあまりにも小さいのではないでしょうか。

 私もそう思います。大変な目に遭ったのにもかかわらず、実名で発信していくという勇気は称えられるべきなのに、日本のメディアでの扱い方は抑制的に見えますね。

―伊藤さんは外国特派員協会で行なった記者会見で、「脅迫やバッシングを受けた」と発言しています。なぜ、「被害者が叩かれる」現象が生まれるのでしょうか?

 それは、セクハラ被害がなぜ起こるか?ということにも通じる問題で、男尊女卑、男性優位という社会通念をまさに表している現象だと思います。被害者であっても女性にはステレオタイプの「女性らしさ」が求められる一方で、「社会の主流にある」男性は擁護されやすいという環境があるのです。

『サイエンス』というアメリカの科学雑誌の今年1月の記事に、女性は6歳頃から知能に関して男性が優位とする性差別的ステレオタイプを信じ始めるというデータが示されています。そこから私が考えたのは、男性が何か間違ったことをしたとすると、女性は「男性は合理的な考え方をするもの=正しい存在だから、ひょっとしたら間違っているのは自分なのではないか」と自然に思ってしまう、ということでした。

―子供の頃からそういった刷り込みが始まる、と。それは日本や韓国に限ったことではなく?

 特定の国ではなく、世界的な話です。このように生まれる性差別的ステレオタイプも、加害側の男性が擁護されるという現象の背景にあるのだと思います。

―韓国では11月21日、職場内のセクハラ・性暴力の解消を目指す「男女雇用平等と仕事・家族の両立支援に関する法律」改正案が議決されたと同時に、女性労働者の不妊治療のために年間3日の「不妊休暇」が新設されました。日本では不妊治療に対する国の助成制度はありますが、仕事との両立支援策はありません。韓国のほうが女性の権利向上がずっと進んでいるのでしょうか?

 いえ、先述したOECD内の男女賃金格差ランキングが示すように、日本と韓国は「どんぐりの背比べ」ですよ。世界経済フォーラムの「世界ジェンダー・ギャップ報告書2017」でも144ヵ国中、韓国は118位、日本は114位という低評価ですし、女性閣僚比率を見ても、日韓ともに10%程度です。女性閣僚比率の高い国にはフランス(52.9%)、カナダ(50%)などがあります。

しかし、人権弁護士だった文在寅氏が大統領に就任したことで、韓国に転機が訪れました。文氏は選挙公約として、女性閣僚比率を3割にし任期内には半数まで上げること、そして今仰った「男女雇用平等と仕事・家族の両立支援に関する法律」改正を強く推していました。そして、先月閣議決定された改正法は、セクハラを発生させた事業主の責任として加害者への懲戒や、被害を受けた労働者の保護義務を大幅に強化しています。

現在の韓国では、日本の国家1種にあたる公務員5級合格者の女性割合は41.4%、司法試験合格者の女性割合も38.6%と、女性がとても活躍しています。こうした社会の実態に見合った法制度を整えることを文大統領は目標としています。今の大統領は女性の権利向上を応援しているのだな、と思いますね。

―「どんくりの背比べ」から、韓国が頭ひとつ抜けそうなわけですね。最後に、セクハラなどの性的被害について考える時、大切な視点はなんでしょう?

 これまで例を挙げてきたように、性的被害は「社会構造の表象」という視点です。1979年に国連で採決された「女子差別撤廃条約」(通称)には、前文で「女子に対する差別は、社会及び家族の繁栄の増進を阻害するもの」、4条1で「締約国が男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置をとることは、この条約に定義する差別と解してはならない」とあります。

韓国は84年、日本は85年に批准していますが、この条約の理念を実現できているでしょうか? 4条1にある「特別措置」というのは、例えば大学における学生の比率を男女で半々にしましょうとか、企業でマイノリティである外国人女性従業員の比率を何割にしましょうとか、組織によって異なりますが、そういった規定のことです。

社会を改善するために、成果が目に見える形としては法律を作ることが最も適しています。しかし、日本ではセクハラなどの問題に関する法整備があまり進んでおらず、被害女性が声を上げやすい状況ではありません。すぐに法整備ができなくても、特別措置の強化は社会を変える手段として有効だと思います。

―なるほど。日本や韓国では男尊女卑のような固定観念が未だ根強く、それがセクハラなどの温床になっている。それを改善するために法律や特別措置を強化して、社会の認識をトップダウン的に変えていくべきだということですね。

 そうです。韓国はやっと舵(かじ)を切り始めました。これが、日韓ともに改善していく契機になれば素晴らしいと思いますね。

(取材・文/週プレNEWS編集部)

●金惠京(キム・ヘギョン)










国際法学者。韓国・ソウル出身。高校卒業後、日本に留学。明治大学卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で博士号を取得。ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学韓国研究センター客員教授、明治大学法学部助教を経て、2015年から日本大学総合科学研究所准教授。著書に『涙と花札-韓流と日流のあいだで』(新潮社)『柔らかな海峡 日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル)、『無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか』(岩波現代全書)などがある

なぜ反セクハラ運動は日本で盛り上がらない──女性の権利向上は韓国のほうが進んでいる?