2019年卒の就活が慌ただしくなっている。本来であれば大学3年生の3月に採用広報活動開始、大学4年生の6月に選考開始なのだが、「インターンシップ」という名のもとで、早期接触が行われている。

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 インターンシップというと数日間行う「職業体験」を想起するのだが、実際は1dayインターンシップの割合が増えており、中には会社説明会同然のようなものも行われているのが実態だ。グループワークやプレゼンなどをさせる企業もあるが、優秀な学生の見極め、早期接触を目的としていることは明らかだ。そこで活躍した学生には「今度は2dayのプログラムがある」などの案内を送り、囲い込んでいく。

 さて、この時期は意識高い系ウォッチャーとして、たまらないシーズンである。SNS上で意識高く就活生にエールを送る「若者応援おじさん」や、就活や新卒一括採用を批判する「若者の味方おじさん」が跋扈(ばっこ)するからだ。前者は、まだかわいらしい。セルフブランディングのためにやっているのだろう。ただ、後者は罪である。若者を何も救わないからだ。

 よくある新卒一括採用批判は「決められた時期に一斉に行うのはおかしい」「没個性」「学業を阻害する」「卒業後にするべきだ」などというものである。気持ちは分からなくはない。

 もっとも、長く続いていることには合理性がある。ある時期に集中して行った方が、企業も学生も効率が良い。「没個性」と言う人は、企業の面接の舞台裏をのぞいてもらいたい。学生のことを理解するために人事が研修を受けるなど、並々ならぬ努力をしている。

 学業阻害は大学教員として私も問題だと思うが、一方で私立文系などは大学3〜4年生になるとゼミ以外の科目が極めて少なくなるし、理系にとっては大変だが、文系ほど必死にならなくても内定が決まりやすいので、そこまで学業阻害にはならない。

 多様な体験を積むためにも卒業後に就活をするべきだと言うが、奨学金問題、ブラックバイト問題に代表されるように若者が貧しくなっている中で、卒業後に就活をするとなると、非正規雇用者がますます増えることも懸念される。生活するためにアルバイトをせざるを得ず、就活をする暇さえなくなるからだ。

 この手の話をすると、「○○社は新卒一括採用にとらわれない採用をしている」などという、意識の高い反論があったりもする。このことを大きく取り上げて「新卒一括採用崩壊」などと言う輩もいる。これは採用対象のポートフォリオ化であり、さらには要件緩和にすぎないことに注目するべきだ。

 なお、政府系の有識者会議でこの手の企業のデータを開示してもらったことがあるが、実際、制度として通年採用などを設けていても、ほとんど採用実績がなかったりするのだ(あくまで一事例であるが)。

おじさんたちの的外れな批判に惑わされるな

 本題に入ろう。今年も就活生からこんな質問をいただいた。

 「画一的なリクルートスーツで、個性を表現することができるのでしょうか?」

 学生に限らず、日本の就活、新卒一括採用に疑問を抱いている者が必ずと言っていいほど批判するのが、リクルートスーツだ。ある時期に一斉に同じような格好で就活を始める日本の光景は異常だと言われる。

 しかし、だ。こういう批判論者は、リクルートスーツや就活、新卒一括採用といった「仮想敵」を設定することによって、ストレスを発散しているのではないかと思ってしまう。このような学生に、こう質問したら、固まってしまうのではないだろうか。

 「リクルートスーツがなくなった瞬間に見える、あなたの個性とは何ですか?」

 批判論者は、自分は素晴らしい個性の持ち主だと信じているのに違いない。しかし、逆にリクルートスーツがなくなった時に発揮される個性とは何なのだろうか。私服選考で落ちた時にはどうするのか。かえって自分を責めることになってしまう。

 このリクルートスーツ批判同様、的外れだと感じるのが「人間力」の礼賛だ。「私は人間力で勝負する」「人間力を重視した採用を行っております」「ウチの大学では、学生の人間力を重視しています」など、学生側も企業側も、さらには大学も「人間力」なるものを連呼する者が散見される。

 なんて牧歌的なんだろう。人間力とは何か。定義が曖昧だ。ここでは、この人間力なるものが誰も救わない言葉であることに注目したい。仮にその人間力なるものが、生まれ育った環境などによって育まれるとするならば、格差そのものになってしまう。「人間力で勝負だ」と言ったところで、人間力対決で負けてしまっては意味がない。

 この「個性」や「人間力」の礼賛なるものは、重大な勘違いだ。別に採用活動はこれらだけを評価する場ではない。採用するべき人材かどうかを見極める場だ。それが決め手になるわけではない。

●「若者の味方おじさん」の叫びでは若者は救われない

 もちろん、新卒一括採用に問題がないわけではない。むしろ、大きな問題を抱えている。しかし、未完成の若者の可能性にかけるという意味では新卒一括採用のポリシーは評価するべきである。

 課題は、就職活動ではなく就社活動になっているという点だ。いくら業界・企業・職種研究をしたところで、配属先が大きくずれてしまうケースもあるし、その後も良くも悪くも業務内容は変化していく。

 そもそも「個性」や「人間力」が重要だと勘違いしている点が日本の労働市場の問題だとも言える。このようなものを求めるのは酷である。だから就活はつらくなる。「労働力」「スキル」こそ問うべきなのだが、これは学校教育との共犯関係で、一部の学部を除いては社会にすぐ役立つスキルは身につかない。

 というわけで、「就活は没個性だ、学業阻害だ」と叫んでいても、若者は救われない。逆にブーメランも飛んでくる。このような議論を10年前もしていたような気がするのだが、この先10年はどうなるだろうか。

(常見陽平)

既に2019年卒の就活が盛り上がってきている