既報の通り、小田急電鉄は新型ロマンスカー「70000形」の車両を公開した。合わせて、この車両の愛称を「GSE」と発表した。ロマンスカーは1957年登場のSE(Super Express)に対して、63年の2代目が NSE(New Super Express)、80年の3代目がLSE(Luxury Super Express)と、SEの前に象徴的な文字を入れる。例外としてEXEがあるけれども、70000形GSEのGは「Graceful」だ。優雅な、しとやかな、上品な、という意味である。

【その他の画像】

 いきなり余談だけど、ネット時代を象徴する話として、GSEについては小田急が商標登録し、その登録情報が公開されたため発表前から鉄道ファンの話題になっていた。それを全国紙が報道したというやぼな話もあるけれども、小田急電鉄もツメが甘い。「ASE」から「ZSE」まで、取れる商標は全て押さえておけば当日まで伏せておけたし、そうしないと今後困るぞ、と思う。

 さて、「Graceful = 優雅さ」の象徴は大きな窓だ。前面展望窓、側面ともに窓の高さを約30センチ大きくした。展望席は傾斜角を立たせ、前面ガラス両側の柱を板状とし、進行方向に平行に立てることで、前面展望を最大化した。最前列の座席位置を在来車VSEより約35センチも前に押し出したから、乗客の視野角いっぱいに窓ガラスが広がる。

 建築では頭上空間の広さで優雅さを演出する。しかしロマンスカー展望席の宿命として、後方2階部分に運転室がある。従って、天井高に限界があるけれども、GSEは床の方を下げて頭上空間を確保した。天井を高くではなく、床を下げるという逆転の発想が面白い。もう1つ、展望席の荷棚をなくしたことも頭上空間を広げている。荷棚の廃止は 後方席からの前方展望にも配慮したという。

 展望席付きのロマンスカーはどうしても展望室に人気が集中する。料金は同じだから、先頭車と中間車の展望格差がある。GSEはそこに2つの解決策を施した。1つは、Wi-Fiコンテンツだ。スマートフォンなどで利用でき、8カ国語で提供される車内エンターテインメントの1つに、展望カメラからのリアルタイム映像配信がある。視野角はかなわないけれども、大型タブレットを持ち込めば、どの座席も展望席になる。もちろん電源コンセントは各座席に用意されている。

 もう1つの格差解消策は、前述のように側面窓ガラスの高さも約30センチ拡大したことだ。窓は肘掛け付近から始まり、頭上のずっと上、座ったときは手の届かない荷棚付近まである。しかも緩やかな曲面ガラスが天井に回り込む。窓側の座席では空の青さ、広さも感じられそうだ。ヘッドレストの上に届く高い窓は通路側座席からの眺望もよい。車両後方から見渡せば、複数の窓にわたるパノラマが楽しめる。窓が大きいと、窓から離れた席も幸せになれる。

窓の拡大、理由は「コンセプト」と「予算」

 窓の大きさはVSEとは対照的だ。VSEとMSEの窓は天地70センチで、その前の形式のLSEよりも10センチ小さい。なぜVSEとMSEの窓が小さくなったか、なぜGSEでは高さをLSEよりも拡大したか。VSE、MSEに続いてデザイン設計を担当した建築家の岡部憲明氏に聞くと、「コンセプトの違い、そして予算かな(笑)」と語った。

 「VSE、MSEの窓ガラスは平面なんです。GSEの窓は合わせガラスで、しかも曲面。上に行くに従って丸みを帯びる。このガラスは製造も難しいし、コストが掛かる。今回はそれを許してもらえた」という。隣にいた小田急担当者もこれには苦笑いする。GSEはいままでのロマンスカーに比べてお金がかかっている。

 しかし、VSEやMSEの窓が小さくなった理由はコストだけではない。「高さを比較すればVSE(とMSE)は小さい。でも、横幅は広いです。柱を減らし、水平方向にワイドにしようというコンセプトだったからです。VSEは特に、連接車といって1つの車両の長さが短い。だからこそ、広い視界を確保したいという思いがあった」。ワイドな視界へのこだわり。それは連接車体ではないMSEにも継承されたようだ。地下鉄直通のMSEで、窓の高さよりワイド感が重視されたという理由は理解できる。窓を高くしても駅の天井が見えるだけだ。

 そして、GSEは窓を高くする方向に変わった。つまり、車両デザインのコンセプトが変わった。優雅に、というキーワード。そして箱根への海外旅行客の増加。さらに私は「関東の他の観光地との競争がある」と感じた。小田急電鉄はロマンスカーの価値感を固定していない。時流に合わせた車両を導入し、乗客の要望に対応するメニューを増やしていく。これが小田急電鉄の観光特急の戦略になっている。

 GSEのデザインの背景として、大きく2つある。1つはインバウンド旅行客の増加だ。箱根は海外旅行客にとって人気の場所だ。先日取材した強羅の高級レストランでは、アジア系だけではなく欧米からの富裕層も多いと聞いた。欧米からの富裕層は団体バスでは来ない。右ハンドルという日本の独特の交通事情からレンタカー利用も少なく、意外にも鉄道やバスで訪れるという。彼らはまさにロマンスカーが運ぶべきお客さまだ。

 12月3日、GSEの公開に先駆けて行われた岡部憲明氏の講演会で、GSEの設計について、車体と同時に座席のデザインを始めたという。展望座席から荷棚をなくした。中間車も窓を高くしたため荷棚が高い。そもそもお年寄りに荷棚の出し入れはキツい。そこで、まず、座席の下に航空機の機内持ち込みサイズのかばんを入れると決めた。支柱は2人掛けの間になるため、安定させるための強度が必要。回転機構も必要。暖房装置も入る。70000形で最も注目すべき場所は座席かもしれない。

 車内客室内に大型のトランクを置く場所も作った。全ての車両ではないけれども、滞在客には必要な装備だ。この荷物置き場は意外な効果もある。前方車端部の座席は目の前に仕切り壁があって圧迫感があるけれども、荷物置き場の空間のおかげで居心地よく感じられる。デッキと客室のドアは透明なガラスになっているため、開放感もある。ただし、ガラス扉の衝突防止も兼ねた「ヤマユリの紋章」はなかった。ちょっと寂しい。

 GSEに課せられたもう1つの役割は、首都圏の滞在型観光地の競争に勝つことだ。東武鉄道が日光鬼怒川でSLを走らせ、海外の高級ホテルと提携する。西武鉄道は秩父鉄道のSLと連携し、西武秩父駅に温泉施設も作った。2018年度は西武鉄道も新型特急車両を導入する。東急電鉄は伊豆方面の取り組みを強化。観光列車「ザ・ロイヤルエクスプレス」の運行を開始した。小田急の箱根観光はこのままでいいのか。いずこの観光地も、常に新しい施策を投入し、差別化を図らなくてはいけない。1年も2年も「変化なし」ではいられない。

LSE引退は2018年度初め。それまでは「いろいろあって楽しいでしょ」

 小田急電鉄は2018年3月にダイヤ改正を実施し、長大な複々線区間を活用した増発と優等列車のスピードアップを実施する。ロマンスカーも観光用、通勤用のどちらも増便する。増便するためには車両が必要だ。ならば、箱根観光用にVSEの増備、通勤特急用にMSEの増備でもよかった。

 他社を見れば、京成電鉄はスカイライナーの車両は全て新型に置き換えている。西武鉄道もレッドアローからニューレッドアローに全て統一し、次の新型車両の導入を告知している。車両の統一はサービスレベルの統一であり、車両の保守の面で都合がいい。東海道新幹線も形式は異なるとはいえ、座席配置は同じで効率よく運用している。

 しかし、小田急はロマンスカーの形式を統一しない。今回は新たにGSEを2本導入する。3本目の予定はないという。いままでの小田急のやり方なら、3本目は作らず、新たなコンセプトで新形式を2本作るとなるだろう。定員も座席配置も異なるかもしれない。手間のかかることをやっている。

 小田急社長いわく「GSEの2本目の導入時期は、工数の都合もあるとはいえ、わざとずらした。GSEの2本目は2018年度第1四半期の早めに入れる。その間、LSEとGSEが並ぶ様子を見ていただける」。つまり、「GSEの2本目と引き換えにLSEは引退」だ。「LSE、EXE、VSE、MSE、GSE、5種類のロマンスカーの競演を、短い間とはいえ、鉄道ファンの皆さんに楽しんでいただきたい」。VSEも2本導入し、製造時期は少しずれているとはいえ、運用開始日は同じだった。今回は運用開始日も変えた。鉄道ファンに人気のLSEについて、引退の花道を作ってくれたらしい。

時流に合わせた「ロマンスカーの系譜」

 ある路線で車両を全て交換する。そのメリットはサービスレベルや保守だけではない。性能を統一することで、路線全体の運行速度を上げられる。過密ダイヤに対応できる。だから大手私鉄も、JRも、混雑路線では予算が許す限り早期に全ての車両を取り換えたい。山手線などは今が過渡期だけどすぐに全て新型になる。

 一方で、もちろん予算の都合があるとはいえ、慎重に時流に合わせた車両を導入する例もある。かつて紹介した東京モノレールがそうだ。羽田空港の役割に合わせて、性能や客室の仕様を変えた車両を導入している。

 では、小田急ロマンスカーはどのように時流を受け止めてきたか、形式と登場年に沿って見てみよう。

1949年 1910形が初代ロマンスカーとなった。戦後、大東急から分離した小田急電鉄にとって、箱根輸送という「自分らしさ」を取り戻す列車だった。2人掛け向かい合わせのボックスシートをロマンスシートと呼んだ。ただし、普通列車としての運用も考慮し、一部ロングシートだった。後に2000形と改名される。

1951年 1700形を導入。ロマンスカーの人気が高まり車両を増やすことになり、2000形を追加導入するよりも、特急用の新型を導入した。箱根行き特急の需要が手堅かったという背景がある。

1955年 2300形、キハ5000形登場。後述のSE車を準備していたけれど、朝鮮特需によって予想より早く特急客が増加した。そこで急きょ、最新の通勤用電車に特急用の室内装備を搭載した車両が2300形。キハ5000形は非電化だった御殿場線に直通するために作られた。

1957年 3000形(SE:Super Express)登場。新宿〜小田原間60分を目指し、最新技術をふんだんに使った特急用車両。「重くて強力なモーター」という常識を覆し、軽量、高速を主題とした。車両同士を台車でつなぐ「連接式」を採用し、曲線区間の速度向上を狙った。神武景気もあって4編成を投入し、小田急ロマンスカーの地位を確固たるものにした。後に時速110キロ運転、新宿〜小田原間62分を達成。

1963年 3100形(NSE:New Super Express)。先頭車展望席付きの初代。箱根特急の人気はとどまるところを知らず、ロマンスカーの増発を計画。3000形を増備するよりも、斬新な新型を投入すべきという意見が通った。東京オリンピックで、日本が世界から注目される機会でもあった。61年に登場した名古屋鉄道のパノラマカーに次ぐ展望席付き列車は大人気となる。ロマンスカーはSE、NSEの2車種となった。

1980年 7000形(LSE:Luxury Super Express)。SE車の置き換えのために製造された。NSEの登場から17年が経過しており、同型式の製造は念頭になかったようだ。先頭車展望席付きで、デザインや内装、走行機器などは時代に即した新しい意匠・仕様となった。ロマンスカーは箱根方面のLSEとNSE、御殿場線に乗り入れるSEの3車種となった。

1987年 10000形(HiSE:Hi Super Express)。 ロマンスカーの増発のため新造。LSEの増備ではなく、小田急電鉄60周年記念として、新たな意匠が求められた。観光バスのハイデッカー化に刺激されたこと、展望座席以外の眺望に配慮した。Hiに固定した意味はなく、ハイパフォーマンス、ハイデッカー、ハイグレードなどのイメージによる。ハイデッカー構造が徒となり、バリアフリー対応ができず、LSEより先に引退した。

1991年 20000形(RSE:Resort Super Express)。長らく御殿場線直通列車で運用され、老朽化したSE車を置き換えるために投入された。展望座席はなく、中間に2階建て車両を採用。連接車ではない。JR東海もほぼ同じ仕様の371系電車を導入し、相互直通運転を実施した。

1996年 30000形(EXE:Excellent Express)。老朽化したNSE車を置き換えるために製造された。乗り入れ用の20000形の増備は念頭になく、12年前の10000形の改良でもない。この頃から回送列車を旅客化した通勤客向けの特急に人気があり、ビジネス利用を重視した新コンセプトで作られた。6両と4両に分割して複数の行き先の受給バランスに対応した。展望席も2階建て車両もないため、鉄道ファンや旅行客には不評だった。しかし天井は高く座席間隔も広いため、通勤や買い物利用客には好評。意図通りの車両となった。

2005年 50000形(VSE:Vault Super Express)。白いロマンスカー。LSE、HiSEの置き換えとして、箱根特急のフラッグシップとして登場した。バブル崩壊後の景気低迷により箱根の観光客が減少傾向となり、箱根行きロマンスカーの乗客数も減少していた。新型、新コンセプトのEXEは、沿線の人々にとって重宝され特急利用客も増えていた。しかし、箱根向け特急利用客には不評。そこで、箱根観光の起爆剤として、外部デザイナー岡部憲明氏を起用し、新しい展望室付きロマンスカーとして製造された。大胆なデザインながら、前述の岡部氏の「平面ガラスを使ってワイドな車窓」という言葉から察するに、予算を抑えつつ、最大限の魅力アップを目指したといえる。

2008年 60000形(MSE:Multi Super Express)。青いロマンスカー。EXEが開拓したロマンスカーの通勤利用に注目し、東京メトロ千代田線へ直通するロマンスカーとして製造された。VSEに似た外観ながらも展望座席はなく、地下鉄の安全基準を満たすため、流線型の前面に非常用扉を設けた。ビジネス利用を主体としているため、EXEと同じく6両と4両の分割に対応して需給バランスに配慮している。20000形の引退後は御殿場線直通列車にも起用され、現在は箱根特急にも使われる。

2017年 30000形 (EXEα)。70000形(GSE:Graceful Super Express)登場。EXEαは製造から20年が経過したEXEを延命させる目的で、内外装をリフォームした。70000形は赤いロマンスカー。長らく使用してきた7000形を置き換えるために製造された。50000形から12年経過し、箱根観光の潮目が変わった。インバウンド需要が高まり、箱根観光客も増加。スマートフォンが普及し、車内サービスの在り方も変わっている。VSEは箱根需要喚起、GSEは箱根観光のさらなる強化という背景がある。

202X年 80000形 (?SE)。製造から30年近く経過したEXEαを置き換えるために製造されるかもしれない。EXEは7編成もあり、分割併合機能が必要な列車を全て現在のMSEでまかなえるかという心配もある。28年にはMSEも製造から20年を迎えるため、地下鉄直通運転が継続していれば、MSEの後継車種と分割併合運転機能を継承する新型車が登場するだろう。

 新たな時流に合わせた車両が登場すれば、古い時流の車両は陳腐化する。しかし、時流の変化は車両の交代のように明確ではなく、従来の需要も継続していくから、たいした問題ではない。そして、車両を統一しないメリットはもう1つある。「いろいろ選べる」だ。「今回は赤いロマンスカーで来たから、次は白いロマンスカーに乗ろう」。その逆もある。乗りものに飽きなければ、もう一度同じ地域で、別の体験をしようという気持ちになる。

 車両を選んで乗る人には楽しみだろうし、車種を意識しないで乗る人にとっても新たな発見だ。東海道新幹線の700系とN700系の違いに気付かない人も、50000形、60000形、70000形の違いはハッキリ分かる。箱根観光のインバウンド客を獲得するためにGSEがある。しかし、LSE、VSE、MSE、EXEαも、箱根にリピートする国内観光客に貢献する。「小田急にはいろいろあるんだね」。そう思わせ、話題になれば、観光地向け列車としては成功だろう。

(杉山淳一)

小田急電鉄70000形「GSE(Graceful Super Express)」