様々な働き方が問われる現代。女性の場合、結婚、出産というライフイベントによってキャリアを棒に振ることがない働き方に、注目が集まっています。なかでも若い女性向けの起業セミナーは、どこも盛況を迎えているとか。

希望に満ち溢れ、起業する女性たち。そこには成功が待っているのでしょうか、それとも挫折が?今回登場するのは、都内で写真スタジオを経営している美穂さん(仮名・32歳)。

黒髪のボブスタイルに、ファンデーションしか塗っていないようなナチュラルメイクは年齢よりも若く見えます。ボーダーのカットソーに深緑色のカーディガンを合わせ、細身のデニムにコンバースという着こなしは学生のような雰囲気です。床に直置きされたリュックサックからは、雑誌やノートが無造作に突っ込まれているのが見えます。普段から荷物が多く、大型のリュックサックが手放せないそう。

彼女は、カメラマンの友人たちと共同でスタジオを経営しています。スタジオでは、主に一般の利用客を中心とした記念写真を撮影しています。自分で揃えるには高額な機材や、画像編集ソフトなどを共有で使えるのが最大のメリットだと言います。最初はフリーランスのカメラマンとして活動していましたが、収入の波が多く仕事量がなかなか増えなかったため、共同経営に加わることに決めたと言います。

美穂さんは静岡県出身。実家は中学生をターゲットとした学習塾を経営しています。規模では大手の塾には負けますが、30年以上地元で教え続けていた実績と、少人数制でわからない部分はわかるようになるまで教えるという面倒見が良い姿勢が評価され、今でも経営を続けています。そのような家庭環境だったため、常に周りから監視をされているような学生時代でした。「学習塾の娘が、悪い高校に進学するわけにはいかない」というプレッシャーから、学区内でも1、2位を争うレベルの高校に見事合格を決めます。

美穂さんは、最初からカメラマンを目指していたわけではありませんでした。中高ともに運動部に所属し、学生生活の中で特に目立った活動をするタイプではなかったので、カメラマンになると決めた時、周りは驚いたと言います。受験勉強の末、東京の大学に入学し、周りに影響され一眼レフカメラを手にしたことが、写真に興味を持つきっかけでした。女性向けの軽量化された一眼レフカメラが普及し始めた頃で、友人たちと一緒に出掛けたタイ旅行で撮った写真をネットでアップしたところ、反響があったため趣味で写真を撮り始めます。

大学では、マスコミへの就職に有利になりそうな新聞部に所属します。先輩の紹介で、新聞社で編集バイトを始めたところ、編集長が彼女の写真を気に入ってくれたため、編集長が個人的に活動していたバンドのライブ撮影や、求人広告用のフリーペーパーなどの撮影の仕事を頼まれるようになります。

「このまま、カメラマンとしてフリーランスでやっていくには、技術が足りない」。周りから勧められて、いくつか写真のコンテストに作品を応募しましたが、すべて選考落ちという結果にカメラマンという夢は諦め、フリーペーパーや求人情報誌の広告営業を行なう代理店に就職をします。慣れないスーツを着て、担当地域の飲食店や美容施設などに営業に向かう毎日。できあがった広告ページを見て「自分だったらもっとうまく撮影できるのに」と、感じるようになります。

会社を退職して、カメラマンを目指し修行をスタート。商業を目指すか、アートを目指すか!?

ちょうど新卒で入社した企業には、勤めて3年が経っていました。時間的な余裕もできたので、昼間は広告代理店のOLとして働きながら、写真のテクニックを学べる講座に通い始めます。講座はプロを目指す人が受講する内容ではなく、趣味を深めるためのレベルでしたが、次第にカメラをもっと勉強したいと思うようになります。

「このまま営業の仕事を続けていても、スキルアップもできそうにない。もしかしたら、辛くてもやりたい仕事をやった方が後悔しないかもしれない」と、一念発起し写真スタジオを探します。ネットなどで見かけた写真スタジオに連絡を取り、未経験でも働けるか問い合わせを続けます。何社も断られますが根気強く探した結果、カメラマンが個人経営している写真スタジオにアシスタントとして入社することができます。

主な仕事は、写真スタジオの受付業務や撮影の準備という裏方作業ばかりで、実際に美穂さんが撮影をする機会は入社して1年間はほぼありませんでした。転職したことで、会社員時代と比べると収入も大幅にダウンしてしまったため、それまで住んでいたアパートから、さらに家賃が安い部屋に引っ越しを余儀なくされます。仕事の内容によっては深夜まで作業が終わらなかったり、冬の野外での撮影ではレフ板を持ち続けて手が寒さで痺れてきたり……。クリエイティブに見えていたカメラマンの仕事でしたが、実際は肉体労働の部分も多く、3年勤めて向いていなければ辞めようと自分の中で期限を決めて働くことにします。

ある時、カメラ雑誌の手伝いで、有名カメラマンの撮影現場を見学する機会に恵まれます。自分の親世代でも名前を知っているような、有名カメラマンのアシスタントと呼ばれる人たちの中には、父親と同じ年代くらいの年配男性もいました。「どうしよう。こんなキャリアがある人でも、アシスタントとして働いているような厳しい業界なんだ……」。彼女はこのまま仕事を続けていくうえで、深く悩みを抱えます。ウエディングや七五三というようなお祝い事などを個人写真を専門に撮る「商業カメラマン」を目指すか、自分の感性に沿った芸術的な写真で勝負をする写真家のようなカメラマンになりたいのか。どちらに向いているのかわからないまま、日々の業務に追われていきます。

今でも辛くなると、自分で撮影をした旅行写真を見返す。

師匠とのトラブルがきっかけでフリーランスに転身!収入が激減でピンチに!?~その2~に続きます。

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