拉致被害者・横田めぐみさんの、キム・ウンギョンさん(30歳)の義は、1976年日本から北朝鮮に帰した在日コリアンだったーー。

12月4日付の『毎日新聞』のスクープだ。つまり、めぐみさんを通じて日本とつながるウンギョンさんの結婚相手もまた、日本ゆかりを持つ人物だということになる。

記事によれば、この義の名前はソンホさん。55年に中部地方で生まれ、日本高校に通っていたが、民族意識に覚めて東京都小平にある朝鮮大学校に入学。そして在学中の76年に単身、新潟港から万峰(マンギョンボン)号に乗り込み、北朝鮮に帰したのだという。

ソンホさんはその後、やはり日本から帰した女性結婚。ふたりの間に生まれた男の子が、ウンギョンさんの現在の夫というわけだ。

ソンホさんが北朝鮮に帰した76年というのは、どんな時代だったのか。41年前、ソンホさんが乗った万峰号を新潟港の埠頭(ふとう)から見送った現在50代の在日コリア男性がこうる。

「帰する従兄弟を見送りに行ったんです。『差別があって日本の会社に就職できない。北朝鮮なら自由に働ける』というのが、従兄弟の帰の理由でした」

かしこのとき、万峰号に乗り込んだ在日コリアンのほとんどは、親族訪問などのための一時帰。この従兄弟やソンホさんのように、永住帰する人はほんのひと握りだったという。

「帰還事業が始まった59年以来、“地上の楽園”という宣伝を信じて10万人近い在日コリアンが北朝鮮に帰しました。ところが70年代になると、帰しても厳しい思想統制や物資不足による生活苦を強(し)いられるだけだという事実が広く知られるようになり、帰者は減。私の従兄弟やソンホさんは極めてレアケースでした」

北朝鮮内事情に詳しいコリア際研究所の斗鎮(パク・トゥジン)所長も言う。

「ソンホさんという人物は、故・金日成(キム・イルソン)席の『体(チュチェ)思想』を信奉するなど、北朝鮮の熱な支持者だったのでしょう。そうでなければ76年に帰などしません。そして、その体制への過剰な忠心が、後にウンギョンさんの義になるという運命をもたらしたのだと推測されます。

まず、ソンホさんは平壌(ピョンヤン)に住み、その息子(ウンギョンさんの夫)は金日成総合大学で学んだとのことですが、体制への忠心が高い人でなければこんな特権は与えられません」

ソンホさんは帰後も、金日成体制への強い忠心を保っていたということだろうか。

「また、ウンギョンさんは対日交カードとなるキーパーソン北朝鮮政府にすれば、しっかりとした結婚相手をあてがいコントロールしたい。ただ庭事情が複雑なため、普通北朝鮮エリートはウンギョンさんとは結婚したがらない。そこで、在日出身で忠心の高いソンホさん一家羽の矢を立て、その息子とウンギョンさんを結婚させたのでしょう」(氏)

拉致被害者と在日者。北朝鮮に翻弄(ほんろう)されるその生はあまりに痛々しい。

写真有田芳生提供/時事)

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