ロシア出身で、現在ベルギーに居を構えるピアニスト、ヴァレリー・アファナシエフは、奇才とか偉才などと称される。その演奏は意表を突くゆっくりとしたテンポ、ペダルで長く引き伸ばした音、音符と音符の絶妙な間(ま)など、個性と創造性に満ちている。

ファナシエフは近年積極的にレコーディングに取り組み、モーツァルトベートーヴェンピアノソナタリリースしている。

それらの録音では、すべての演奏がアファナシエフならではの解釈、表現、音楽性にられ、聴き慣れたソナタに新を吹き込む。

来日演でも意欲的なプログラムを組み、個性的で哲学的ともいえる深い解釈に基づく演奏を展開している。

「私が最近レコーディングを数多く行っているのは、レコード会社が私の自由を尊重してくれるからです。どんな作品をいつ録音するか、それは演奏者にとってとても重要なことで、何年か先まで企画などが決まっていると、息苦しくなってしまいます。でも、いまは自由に、好きなときに録音に着手できるのです。それが私をレコーディングへと向かわせ、必然的に数が多くなっているわけです」

近ごろの来日演では、録音で話題を呼んだモーツァルトベートーヴェンの作品を披露しているが、その演奏は冒頭から類まれなる集中と緊感に支配されたもので、聴衆にも同様の集中を要するもの。聴き手はアファナシエフのひとつひとつの音に精を集中し、奏者とともに呼吸をしているような感覚に陥るのである。

「私は、聴いてくださる方たちの心の深く届く音楽演奏したいと思っています。表面的な演奏や、やたらに自分の存在を前面に押し出す演奏は、好きではありません。作曲に敬意を表し、作品の内に迫り、その魅を聴き手に届けたいのです」

最近の来日演でとりわけ印深かったのは、ベートーヴェンピアノソナタ第14番「月光」の第1楽章の信じがたいほどのゆったりしたテンポ。これは3連符の秘的で幻想的な和音から始まり、この序奏部が全体の性格を決定している。

ベートーヴェン子であり人でもあった伯爵令嬢ジュリエッタげた曲で、詩人レルシュタープが「スイスルツェルン月光の波に揺らぐ小舟のよう」と形容したことばでも知られる美しいである。

しかし、アファナシエフの手にかかると、この3連符は静謐で内的なモノローグのような音楽と化す。

「私はごく幼いころから《月光》の第1楽章に親しんできました。がよく弾いていたからです。プロのピアニストではありませんでしたが、よく演奏していました。私は子どものころからそれをにしていたのです」

ファナシエフのショパンのポロネーズ6曲も、これこそアファナシエフの創意と工夫に満ちたショパンとの対峙である。ポロネーズはポーランド民的舞曲で、壮大で祝祭的な気分にられている。

これらをアファナシエフはショパンの深層心理に迫り、2度と祖国に戻ることができなかった念の思いを描き出すように、諦念、慟、悲哀などの心の叫びを音に託す。そこには祝祭的な色合いは微もなく、打鍵の深さと強さが地団駄を踏んでいるショパンの姿をほうふつとさせる。

「私は演奏するとき、世界を澄ますことにしています。ベートーヴェン演奏するときは彼の音楽だけでなく世界を聴くわけです」

これはアファナシエフがCDの解説書でっていることば。彼はCDを作るとき、常に音楽のみならず作品にまつわるエッセイもっている。彼は小説、戯曲、などを得意とし、執筆が生活の大きなウエイトを占めている。現在は、に起き、まずピアノに向かう前にさまざまな原稿を書くそうだ。

そんなアファナシエフが、2018年5月佐渡裕揮トーンキュンストラ管弦楽団と共演し、日本では17年ぶりとなるブラームスピアノ協奏曲第2番を全5か所で演奏することになった。

佐渡さんともトーンキュンストラー管とも初共演になります。私はブラームスのこのコンチェルトは昔から弾いていて、自分のからだの一部になっているような曲です。もちろん演奏する作品は、みな自分の心身の深く根付いている曲ばかりです。そうでなければ、ステージにかけることはできません。私は全に自分のからだと心の一部になっている曲だけを演奏しているわけです。ブラームスのこのコンチェルトは13歳ころから弾いてきました。もちろん、年を経るに従って解釈、奏法、表現は大きな変貌を遂げてきましたが、根底に流れるブラームスへのは変わりません。自分の人生のなかで、一生つきあっていきたいと思っているコンチェルトです」

ブラームスピアノ協奏曲第2番は、作曲の円熟期である48歳のときの作。イタリア旅行に出かけ、かしい陽に魅せられ、ミケランジェリをはじめとする芸術に触れたブラームスが、ウィーンに戻ってから短期間で書き上げた意欲作である。

曲は当時としては異例の4楽章形式で、ピアノを伴う交響曲といわれる。それだけに、ソリストオーケストラとの密度濃い音の対話が要される。

「私は長い歴史と伝統を誇る、ロシア・ピアニズム(ロシア奏法)を受け継ぐ最後の世代だと思っています。ロシア・ピアニズムという流は、ピアノを豊かにうたわせるのが基本です。ドイツ奏法はどちらかというと、とても器楽的なきを重視します。ですから、私のブラームスコンチェルトは、ピアノで歌をうたいます。ロシア・ピアニズムの体現者である作曲ラフマニノフは、残された音を聴くと、とても大きく豊かに深々と楽器を鳴らしました。私もその奏法を受け継ぎ、ブラームスで豊かな歌を表現したい。その歌心を聴き取ってほしいですね」

ファナシエフのブラームス、それは聴き慣れた作品に新たなを当てる演奏になるに違いない。最後に、彼はちょっぴりシニカルな笑みをみせながら、こうった。

17年前、私が日本演奏したブラームスピアノ協奏曲第2番は、自分としてはあまり満足のいく演奏ではありませんでした。下手だったのです(笑)。若かったのか、楽譜読みが足りなったのか、表現不足だったのか定かではありませんが、それを払拭する意味で、今度は全に納得のいく演奏を行うつもりです。みなさんにその立会人になってほしいと思っています!」

まさに一期一会重な機会となりそうだ。

取材・文=よし子  写真撮影=武田敏将

<出演>
佐渡裕揮) 
トーンキュンストラ管弦楽団
ヴァレリー・アファナシエフ(ピアノ)※【プログラムB】のみ

 
<日程(2018年)・会場>
※ヴァレリー・アファナシエフ氏の出演は【B】 のみです。
5/12(土) 京都京都コンサートホール 【B】
5/13(日) 熊本熊本県立劇場 【A】
5/15(火) 福岡福岡シンフォニーホール(アクロス福岡【B】
5/17(木) 東京サントリーホール 【B】
5/18() 新潟新潟市芸術文化会館 りゅーとぴあ 【A】
5/19(土) 大阪フェスティバルホール 【A】
5/20(日) 東京NHKホール【A】
5/22(松本・キッセイ文化ホール 【B】
5/23() 浜松アクトティ浜松 【A】
5/24(木) 名古屋日本特殊陶業市民会館(名古屋【B】
5/26(土) 仙台東京エレクトロンホール宮城 【B】
5/27(日) 札幌札幌コンサートホールKitara 【A】
大和グループの特別協賛は、熊本足利以外の11演が対です。

<チケット>
東京演のみ】
■座席選択先行受付:11/14(火)12:00~12/10
23:59 
2018年5月17日(木)19時開演 サントリーホール
2018年5月20日(日)14時開演 NHKホール
■一般発売:2018年12月16日(土)~

ヴァレリー・アファナシエフ