兵庫県豊岡市にある高齢者支援施設「たじま荘」で“セラピードッグ”として働いている「まるこ」。山梨県の「犬捨て山」で生まれた雑種のまるこは、持ち前のおっとりした性格と観察力をいかしてセラピードッグになりました。どんな訓練を経て「10頭に1頭」という狭き門をくぐりぬけたのでしょうか(前編「いやし犬『まるこ』。セラピードッグがお年寄りにもたらす効果とは?」も公開中です)。

セラピードッグになれるのは10頭に1頭!

 まっ白く輝くからだでソファーに寝そべる姿は、ただの昼寝犬に見えなくもない! しかし、彼女は10頭に1頭という狭き門をくぐりぬけた“セラピードッグ”なのだ。

「セラピードッグが来たら、いろいろとセラピーされて楽になるんだと想像していたら、なんだか、まるこ、最初は寂しそうで、ぷるぷる震えていてね。人見知りちゃんやもん。思っていたのとちゃうかった」

 と古参の職員。

 セラピードッグともなれば、特別パワーを以てして、すごい電波を発信して、まわりを一瞬で虹色に変えてしまう!……というわけではない。

 では、一般の愛玩犬と、セラピードッグを分けているものはいったいなんだろうか。

 特別養護老人ホーム「たじま荘」で働く“いやし犬”・まるこ(メス/12歳/雑種)。2016年には、兵庫県から顕彰された、「ジ・いやし犬」だ。彼女のケースを見てみよう。

 秋に山梨県の犬捨て山で産まれた彼女が、縁あって兵庫県伊丹市のNPO法人・日本レスキュー協会に連れてこられたのはお正月。その後、時間をかけて人に慣れながら、適性テストと、潜在性テストを受けている。

 犬の個性が決まり、性格が定まる生後8か月までに行うもので、セラピードッグに向いているか/向いていないか、の判断である。面白いことに、犬が年を取るほどに、向いているのかいないのかは分かりづらくなるという。

「ほえない、かまない、うならない」

 ドッグトレーナーの安隨尚之さんはセラピードッグの素質について、「ほえない、かまない、うならない。この3つができることが最初の条件」という。

「それから、なにより人が好きなことが重要です」

 ブリーダー(繁殖家)から来た犬だけではなく、保健所や動物愛護センターに連れていかれた殺処分犬を育成して、この試験を受けられるまでにしようとしているところが、日本レスキュー協会のユニークなアイデアだ。阪神大震災で災害救助犬がうまく活用できなかった苦い思い出をきっかけに1995年に協会開設。それからこっち、約300頭のセラピードッグ候補犬から、実際に適性を認められ、資格を得たのは30頭。なかなかの難関だ。

 殺処分犬のなかには、そもそもの“捨てられる原因”として、ほえ癖、かみ癖、うなり癖を持つ犬がいる。そういう犬は、残念ながらセラピードッグにはむかない。

「人は敵ではない」「危害を加えない」「落ち着いてともに過ごせば、ごはんも散歩もおうちもある日々を送れる」ということを教え、馴致訓練を経て愛玩犬になる道を進む。

 中には、セラピードッグ訓練生のステイタスからリタイアして愛玩犬コースになる犬だっている。

 適性テストのチェック項目を具体的に挙げると、

・エサをあげたときにてのひらや指先に犬の歯が当たらない。

・知らない人が来たときや、突然大きな音がしたときに、おびえたり騒いだりしない。

・知らない犬と出合ったときにパニックにならない。

・初めての場所でも落ち着いていられる。

 などが審査の対象になる。

 まるこは、おとなしい犬でおっとりしていた。よく観察してから行動した。これは彼女の個性。

 人の目の高さから見れば、犬はどれも「犬」だけれど、犬が何頭もいれば、すべて性格が違うのである。

 犬種によっても特徴があり、ご主人様命の“忠犬度”が高い、柴犬や秋田犬などはあまり向かず、レトリバーやプードルなど外国から来た種のほうが向く。面白いもので、兄弟で、片方が適性あり、片方が適性なしになることもある。

まるこは人見知りでも、知らない人に囲まれてパニックにならなかった

 まるこは、潜在性テストと適性テストに合格して、「セラピードッグとしていける」と判断されたあとに、実地の経験を重ねていった。数頭の仲間の犬たちとともに日帰りで施設訪問をした。

 老人ホームや養護施設などで人とふれあい、遊び、人に体験を与える仕事だ。ここでも、人見知りで引っ込み思案の性格は顔を出すものの、その一方で、知らない人に囲まれてもパニックにならないところがあった。

 そんな折り、施設で犬を飼おうという計画を立てていたたじま荘と縁があって、お試し宿泊などを経て、譲渡されることになった。現在では、施設の看板犬(看板娘?)として愛されながら日々暮らしているのだ。(そのあたりの経緯は『いやし犬まるこ お年よりによりそう犬の物語』、岩崎書店に詳しい)

セラピードッグの育成は、ボランティアや寄付に頼っているのが現状

 まるこがレスキュー協会にいた時代から十数年が経った。いま、協会ではセラピードッグテストとして、100点満点のオビディエンステスト(服従訓練テスト)を受けさせ、「40点以上でアシスタントドッグ合格」「70点以上でセラピードッグ合格」と判定する方式も始めている。

 まるこは、兵庫県から表彰され、本になるほどの、名“いやし犬”となったが、その後輩達、6頭がきょうも協会でセラピードッグ研修生として訓練を受けているのだ。

 現在、使役犬としてのセラピードッグを統括する公的機関は日本にはなく、日本全体で何頭のセラピードッグが働いているのかは、よくわかっていない。経済的な面から見ても、セラピードッグの育成やアニマルセラピーの多くは、ボランティアやドネーション(寄付)に頼っていることが現状だ。

 2017年は、ソニーがロボット犬「aibo」を12年ぶりに発売した年だった。人が犬からのいやしを求めていることは間違いない。これからますますセラピードッグは増えていくはずだ。山梨県の犬捨て山で、最初にまるこを見つけ、彼女の命を救った愛犬家のブルーノ・マルコさんは、こう言っている。まるこの名前は、彼にちなんでつけられた。

「いやし犬か、いやし犬でないかなんて、本当はどうでもよいことなんです。犬がそこにいれば、それだけで、あなたはすでにいやされているのです」

(輔老 心)

©前川政明