【サッカー英雄列伝|No.2】ジネディーヌ・ジダン(前編)――世界一へと駆け上がった新時代の“将軍”

 

 近代サッカーにおける欠のトップ下――。フランス代表のとして活躍したジネディーヌ・ジダン(現レアル・マドリード監督)には、そんな言葉がよく似合う。

 

 185センチ身長を持つ雄大な体からは想像できないほどの鮮やかなテクニックを持ち、ゴール前での得点感覚も抜群。もちろん、セットプレーキックも正確。全てにおいてがない男は、1990年代後半から2000年代前半のサッカーシーンにおいて、常にトップランナーであり続けた。

 

 北アフリカアルジェリアルーツを持つベルベル人の両親を持つジダンは、フランス南部の港町マルセイユ1972年に生まれた。22歳の時にボルドーでフランスの最優秀若手選手に選出されて頭を現したジダンは、96年のUEFAカップで決勝に進出。この時、イタリアの強ユベントススカウトは、フランス代表の先輩であり“将軍”と呼ばれたミシェル・プラティニの後継者を発見したとして、狂喜乱舞。即座にジダンの獲得に踏み切った。

 

 守備のイタリアにおいてジダンの才は、相手チームの全ての計算を狂わせた。94年のアメリカワールドカップW杯)でイタリア代表を率いたアリゴ・サッキ監督が導入した“ゾーン・プレス”戦術が浸透したイタリアでは、いわゆるジダンのようなイタリア語で「トレクアルティスタ」と呼ばれる、自から4分の3のエリアプレーするトップ下は絶滅危機を迎えていた。

 

 ロベルト・バッジョアレッサンドロ・デル・ピエロといった“ファンタジスタ”は、中盤のしいプレッシャーを受けるポジションから、2トップの中でも衛星的な役割、イタリア語で「セコンダ・プンタ」と呼ばれるセカンドトップに移動した。それは、中盤に線の細いテクニシャンを置くことによるプレッシングの不備を避けるという意味合いもあった。

 

 

 

ライバルを苦しめた“悪魔”のキープ力

 

 しかし、ジダンにそのような心配はなかった。強な体を持つジダンは、守備時にはセントラハーフとして戦うことができる。そして、相手のプレッシングにとってジダンという存在は“悪魔”でしかなかった。なぜなら、プレッシングによってボールを持たせない、あるいは奪い取るということが設計図に書き込まれているのに、ジダン々とボールキープして時間を作り出してしまうのだ。

 

 ジダンに2人以上の選手をぶつけていては、組織が崩れてしまう。しかし、組織を重視するとジダンボールを持たれて良質なラストパスを出されてしまう。セリエAの対戦チームは、そのパラドックスに苦慮し続けることになった。

 

 ユベントスでは、“デル・ピッポ”の称を持ったデル・ピエロフィリッポ・インザーギの2トップを背後から操り、5シーズンで2度の優勝。トヨタカップクラブ世界一くと、UEFAチャンピオンズリーグでも2回の決勝進出を果たした。貴婦人称で知られるゼブラ軍団の中心には、常にジダンの姿があった。

 

 そして、キャリア前半で最大のハイライト98年の地元開催フランスW杯だろう。当時のエメ・ジャケ監督はほとんどのポジションに2人の選手を選んでいたが、ジダンポジションだけはバックアップがいなかった。それは、ジダンの代わりなどもできないから。しかし、ジダンは時に発してしまう“狂気”によってチームに非常事態をもたらしてしまう。

 

 

 

衝撃の蛮行から世界一の英雄へ

 

 初戦を勝利して迎えたグループリーグ第2戦のサウジアラビア戦、ジダンは突如として相手選手を踏みつける蛮行に出た。当然、レフェリーが提示したのはレッドカード。これによって2試合出場停止の処分を受けてしまう。グループリーグは全勝で突破したものの、決勝トーナメント1回戦ではパラグアイが生んだ名GKホセ・ルイス・チラベルトが守るゴールフランスは切り崩せなかった。延長戦に入ってようやく決勝ゴールを決め、準々決勝に進出したが、もしPK戦にでも入って敗れていれば、“戦犯”として恐ろしいまでの批判を浴びただろう。

 

 それでも生き残ったジダンは、準々決勝ではPK戦の末にイタリアを下す。準決勝ではクロアチアを破り、決勝の相手はブラジルだった。当時の世界最高のストライカーと呼びが高く、ユベントスライバルクラブであるインテルエースだったFWロナウドとの対決に大きな注が集まった。

 

 しかし、体調を崩していたロナウドは決勝戦では全く本来のプレーができなかった。一方のジダンは、前半のうちにコーナーキックから2度のヘディンシュートを決めて一気にフランスリードをもたらした。決勝戦に来て、大会初ゴールと追加点の一撃は、ブラジルの戦意を砕くのに十分すぎた。結局、3-0でブラジルを下したフランスは、地元開催のW杯で初優勝を遂げる。ジダンの存在は、様々なルーツを持つ移民系の選手が集結していたフランス徴として、その存在を世界に知らしめた。

 

 そして、続く2000年欧州選手権でもフランス代表は優勝。ジダンは大会MVPく活躍を見せ、まさにフランス黄金期の中心に君臨していた。しかし、スペイン人の妻はイタリアでの生活に限界が来ていた。欧州チャンピオンいた数カ後、ジダンは移籍世界を驚かせることになるのだった。

 

(後編へ続く)

 

【了】

 

フットボールゾーンウェブ編集部文 text by Football ZONE web

 

ゲッティイメージ写真 photo by Getty Images

 


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