「挑む、挑戦の『挑』ですね。少子高齢化という大きな壁への挑戦をスタートさせた年でもありました。北朝鮮の脅威に対して国際社会と共に挑んでいく1年であった。この国難に挑むために総選挙に挑んだ年でもあった」

 恒例となった今年の漢字が「北」と発表された12月12日夕、官邸で首相・安倍晋三は記者団に、勝利した10月の衆院選に触れながら、誇らしげな表情で自身の今年の漢字を披露した。

 10月下旬の衆院選快勝で、憲法改正の国会発議に必要な3分の2を再び手にした安倍。選挙直後の記者会見で「憲法改正は今回初めて公約の主要項目の一つに位置付け、四つの項目を具体的に掲げた。党内で検討、議論を深め、自民党の案を国会の憲法審査会に提案したい」とぶちあげている。

 だが祖父・岸信介元首相以来の悲願の憲法改正に安倍が挑むとすれば、時期は限られている。18年秋の自民党総裁選で順当に勝利すれば、規定上は21年までの任期を得る。ただ任期を全うするには19年夏の参院選に勝利しなければならない。しかもこの年は重要な日程が目白押しだ。決まっているだけで4月の統一地方選、同月末に天皇陛下の退位、5月1日の新天皇即位・改元のほか、9月にはラグビーのワールドカップ(W杯)日本大会、10月には消費税率引き上げがある。さらに主要20カ国・地域首脳会議(G20)、アフリカ開発会議(TICAD)の日本開催もある。翌20年7月から9月までは東京五輪・パラリンピックが控える。開催前に国論を二分しかねない憲法改正の話題で水を差すわけにいかない。五輪閉幕後は、衆院任期、総裁任期ともに残り約1年となり、「勇退は規定路線」(自民党幹部)だ。

 12月6日午前、安倍は官邸執務室に自民党副総裁・高村正彦を招いた。高村は集団的自衛権行使容認の与党内の取りまとめに奔走するなど、安倍が頼りにする知恵袋だ。先の衆院選に出馬せず息子に地盤を譲って政界を引退した彼に、安倍が異例の副総裁続投を要請したのは憲法改正のためにほかならない。引き続き自民党憲法改正本部の特別顧問として睨みを利かせる。ただバッジのない副総裁は「18年秋の総裁選後の党役員人事までが限界」(三役経験者)が永田町の常識。高村が「憲法で何か指示がありますか」と投げかけると、安倍は「来年の発議に向け、準備だけはしておいてください」と返した。安倍も発議のチャンスは18年中しかないことを理解している。

太田の呼び掛けに安倍は……

 安倍の指示を受け、自民党の憲法改正推進本部は12月20日の全体会合で、安倍が公約で掲げていると言及する(1)自衛隊明記 (2)緊急事態条項 (3)参院選「合区」解消 (4)教育無償化・充実強化の改憲4項目に関する論点取りまとめを提示、意見集約に踏み出した。

 党内だけでなく与野党の合意形成という課題も待ち受ける。比較的ハードルが低い「教育無償化・充実強化」をとってみても、安倍が改憲勢力と期待する日本維新の会と連立与党・公明党の温度差は鮮明だ。維新が無償化の明記を強く求めるのに対し、公明党は必要ないとの立場。安倍の本命である憲法9条への自衛隊明記は、両党とも党内での意見すらまとまっていない。

 安倍政権のもとでの改憲に反対する立憲民主党が野党第一党にいることも悩ましい。国会運営は与野党の筆頭理事(幹事)間の協議で決まる。野党筆頭理事を担うのが野党第一党だ。改憲論議、発議の主戦場となる憲法審査会も同様で、その意向は無視できない。

 現状を打破しようと、官房長官・菅義偉は維新と希望の党の統一会派結成を促し続けている。実現すれば議席数で立憲民主党を上回り、彼らが野党第一党に躍り出るからだ。だが、両党とも難色を示し、実現は見通せない。

「安倍さんは改憲をいつやるか決めかねているんじゃないか」

 12月11日の安倍との会談後、公明党議長・太田昭宏は首をひねった。太田の会談の目的は、選挙の実動部隊となる支持母体・創価学会の力が分散しかねない19年夏の参院選と国民投票の同時実施の回避だ。「18年に国民投票をするか、間に合わなかったら参院選の後でいいじゃないですか」。こんな太田の呼び掛けに、安倍はあいまいな返事を繰り返すだけだった。

 自衛隊明記の改憲案を助言するなど公明党内では数少ない安倍応援団の太田にも本音を明かさない伏線は会談前にあった。「改憲は政権そのものを賭けないといけない。それがいいのか」。安倍最側近の首相政務秘書官・今井尚哉は希望の党幹部に悩ましげに打ち明けた。各社の世論調査でも安倍政権下での改憲には反対が多い。安倍も周辺に「否決されたら退陣だ」と語る。改憲への猛進は政権を失うリスクと表裏一体だ。今井はこうも続けた。「でも首相の応援団のことを考えると、改憲の旗を降ろすこともできない」。

かつての「聖域」も例外ではない「政高党低」

 安倍政権下での改憲が盛り上がらないのは、足元の揺らぎが影を落としているからだ。衆院選大勝で一見盤石に見える「安倍一強」体制だが、自民党筆頭副幹事長・小泉進次郎が衆院選直後に喝破した国民の「飽き」が、自民党内にも広がっている。党内の中堅や若手は「鬱々とした空気が党内を覆っている。一部の側近を除けば『面従腹背』だ」と口をそろえる。

 党内のフラストレーションがたまる最大の原因は、12年の第2次安倍政権発足以来、相も変わらず続く「政高党低」だ。自民党政権は長らく政府と党が車の両輪となって政策を走らせてきた。「族議員」と批判にさらされても、政府入りせず党の立場からの政策関与を通じて能力を研鑽し、うまみも得る実力派議員がいることで、両輪のバランスは保たれてきた。

 かつて時の首相の介入も許さず「聖域」とされてきた自民党税調も、最早例外ではない。18年度税制改正で最大の焦点となった所得税改革。会社員の控除を縮小する一方で、納税者全員が対象の基礎控除を拡大し、フリーや個人請負で働く人に恩恵を及ぼす狙いだ。最後までもつれたのは、増税にする会社員の年収水準だった。官邸の策略で、ほぼ決まっていた「800万円超」から、わずか数時間で「850万円超」への転換を余儀なくされた。

 19年10月の消費税率引き上げに併せた軽減税率導入を見据え、当初、公明党も自民党案の800万円超を容認していた。公明党が強く求めた軽減税率導入に伴う減収分の穴埋めの目途が立っていなかったからだ。

 待ったをかけたのは今回も官邸だった。「増税額が1300億円とは大きい。聞いていない」。菅は根回しに来た財務省幹部に言い放った。衆院選で争点にしなかった所得税増税に対する世論の反発を危惧したからだ。東京や大阪など大都市圏の会社員に広くいる800万円超を増税対象にすれば、消費へ悪影響を与えるとの懸念もあった。一方で、900万円超にまで基準をあげれば、地方自治体が減収になる。

 官邸の動きは速かった。「都市部は公明党の強いところですね」。菅が難色を示した直後、秘かに公明党幹事長・井上義久のもとを訪れた今井はこう囁いた。同時に対象は850万円超、増税額は900億円とする案を差し出した。増税幅の縮小は公明党の手柄に――そう水を向けたのだ。その後、12月7日夕の公明党税調総会で800万円超に批判が噴出。当日午前中の自民党税調幹部会合で800万円超が了承されたばかりだったが、一気に850万円超の流れが固まった。

 翌8日に閣議決定した「人づくり革命」を柱とした総額2兆円の政策パッケージでも、官邸は公明党が衆院選公約で打ち出した私立高校授業料の実質無償化を押し込んだ。「改憲を見据えた公明党への配慮」との見方が専らだが、当の公明党は衆院選不振の影響もあり改憲への慎重姿勢を強めている。

 面目を潰されっぱなしの自民党内では「連立パートナーへの気遣いとはいえ、自分の党をないがしろにするのか」と官邸の手法に批判が渦巻く。安倍からの禅譲を狙う政調会長・岸田文雄ですら周囲に「官邸は暴走気味だ。修正する必要がある」と漏らした。

「スパゲティまで出てきた」

 12月5日、東京地検特捜部が政権を震撼させる事件に着手した。スーパーコンピューター開発会社「ペジーコンピューティング」の助成金詐欺事件だ。容疑は経産省所管の「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」に事業費を水増し請求し、助成金約4億3000万円を騙し取ったというもの。

 注目を集めるのは逮捕された同社社長、斉藤元章容疑者を巡る人脈にある。焦点は、ペジー社顧問に就いていた元TBSワシントン支局長のフリージャーナリスト・山口敬之の存在だ。官邸傍の「ザ・キャピトルレジデンス東急」にある山口の事務所家賃も斉藤が負担していたという。山口は安倍や副総理兼財務相・麻生太郎に近い人物として永田町で知られる。

 山口を介し斉藤と知遇を得たともされる麻生は16年7月、理化学研究所を訪れ、斉藤の案内でスパコンを視察している。17年5月の参院財政金融委員会では「今年多分世界一になると思いますが、ペギーコンピューター(※原文ママ)というのが出てきました。(略)将来的な金融の方向性を大きく変えるのは間違いない」と答弁。この後も、麻生は財務省内で「あそこのスパコンすげぇらしいな」と称賛を繰り返していた。

 斉藤は16年秋に、内閣府の有識者会議のメンバーにも就任。ペジー社単体でもNEDOから計約35億円の助成金を受けられることになっていたほか、関連会社への優遇融資を合わせると計100億円超の公的資金が流れる段取りになっていた。逮捕容疑となった助成金を担当した課長は、秘書官の今井に近い現職の経産省幹部だ。経産省OBは「チェックがずさんだった可能性がある」と指摘する。

「お友達」「忖度」「公金」。これだけ役者とキーワードが揃えば、民進党分裂で足並みが乱れがちな野党といえども政権追及の材料にしない手はない。早速、事件翌日には、希望の党が経産省からヒアリングを実施。立憲民主党国対委員長の辻元清美も「もりそばとかけそばだけだと思っていたらスパゲティまで出てきた」と、特別国会で究明しきれなかった森友、加計学園問題に加え、麺類3点セットで通常国会で取り上げると強調する。代表の枝野幸男も「久しぶりに予算委員会で質問してみようかな」と手ぐすねを引く。

 両学園問題で内閣支持率が急落した苦い記憶が安倍の脳裏に蘇ったのは間違いない。二の舞を避けなければならない安倍は、「私は斉藤と会ったことはない。でも、“もりかけ”のようにはならないようにしよう」と側近を集めて指示を出し、神経をとがらせる。

 12月15日。自民党議員による待機児童解消に向けた安倍への要望を巡り、両学園問題のトラウマが安倍に色濃く残ることを窺わせる一幕があった。当初、自民党の幼児教育議員連盟(会長・中曽根弘文元外相)で官邸を訪れる段取りだったが、今井が「総理は中曽根さんが来るといい顔しないんですよ」と難色を示したのだ。急遽、中曽根が役職に就いていない全日本私立幼稚園PTA連合会(会長・河村建夫元官房長官)が要望主体となった。

 本来、安倍と中曽根の関係は悪くなかった。ただ中曽根の妻は、加計学園問題で首相側近からの働き掛けを暴露した前文科次官・前川喜平の妹で、二人は義兄弟。ゆえに顔も見たくないというわけだ。官邸筋は、「もりかけ同様、完全潔白の証明は難しい。問題が長引けば支持率低下を招き、党内の不満爆発の引き金となりかねない」と負の連鎖に懸念を示す。

 安倍は、静かに忍び寄る「内憂外患」を振り払い、宿願の憲法改正に踏み出すことができるのか。18年は正念場の年となる。

(文中敬称略)

(赤坂 太郎)

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