中島みゆきが昨年11月リリースしたオリジナルアルバム『相聞』のアナログレコードが、数量限定で発売開始となった。

中島みゆきにとって通算42枚となる本作は、「慕情のためのアルバムですよ。「慕情」の言葉を変えると「相聞」。心ということですね。」と中島本人がるように、ドラマ『やすらぎの郷』題歌となった「慕情」を中心として生まれた作品だという。

アナログの発売に合わせて、中島みゆきが難産の末に生まれた「慕情」を含め全10曲に込めた想い、制作秘話をった今作一のインタビューが到着した。

――「慕情」のレコーディングは去年の会VOL.19「の下のアルカディア」が終わってすぐだったという話を聞きましたけど。そんなにかったんですか。

中島うん、すぐだった。そうでなきゃ間に合わないでしょ。あれでもギリギリまで引っってましたから。「会」の間中、「くください」「もっとくなりませんか」と言われていて。それは理ですと言ってあの時期になった。「会」の後なので私もコーラスさんもなんかスッカスカ。すいません20回は歌えませ~ん。NG出しても19回まででーす、という状態(笑)

――そんなに何度も。

中島だってうまく行かなかったらそうなるかもよ。

――どなたもそう思われるでしょうけど「相聞」は「慕情」があって生まれたアルバムという印ですね。

中島中心ですね。慕情のためのアルバムですよ。「慕情」の言葉を変えると「相聞」。心ということですね。だからってさすがにアルバムタイトルも「慕情」じゃ混乱するねと、ちょっと変えただけね。

――題歌になったドラマ「やすらぎの郷」は、どういう話の始まりだったんでしょう。

中島話自体はいつだ、もう分からなくなってる(笑)。去年のには台本をもらってるものね。話を聞いた時にこれは台本を全部読んでからじゃないとダメだなと。あんまり身勝手に書かないで、とにかく台本を読んでからやろう。覚えるまで読む。々の台詞と言われても自分でやれるくらいまで読んでから書こうと。

――台詞まで覚える。そこまで読み込むんですか。

中島そういう意味では難産と言えば難産よね。時間はかかりましたね。だって全回分の曲を渡したら、後はどの回のどの場面で使われるかはお任せということになりますから。が出ている場面でも流れるということになると全部の内容を理解してないといけないでしょ、そこにものすごく時間がかかった。

――前作の「組曲(Suite)」から二年いたということでいつもより余裕があったかと思ったんですが、とんでもないですね。

中島そう、とんでもないよ(笑)。余裕はない。時間はない。というか「慕情」だけで一年は経ってしまった。アルバムも入れると2年か。「慕情」と言ってるだけで2年過ぎちゃったということかな。だって最終話まで全部台本があるというのはあまりないよね。それ、全部読んでみ、髪の毛、抜けるから(笑)

――台本、全部あったんですか!

中島倉本さんの勢いはすごかったです。次々と送られてくる。よくこんなにく書けますねって言ったら、く書かないと、死んじゃうかもって。書き終わらないうちに死んじゃったら皆に迷惑かけるからって。いつ何が起こるか分からない、ということも含めて実にリアル、身につまされるドラマでしたね。

――瀬尾さんとお話しする機会があったんですが、レコーデイングに入る前に全曲が曲順通りにっていたそうですね。

中島あらそう、いつもあるよ(笑)。ないと分からないってご自分で言っておいて。ねぇ(笑)歌詞にしてもそうよ。最初は一番だけでもあればいいからデモを録ろうと言っておいて、いざとなるとどこに間奏が入るかとか、フルサイズでどのくらいの長さなのとか、歌詞も全部読まないと分からないって言うからね、おらァ全部書いて渡すのさ(笑)

――ということは去年のクリスマスに「慕情」を録った時には全曲の曲順まで出来上がっていた。

中島そりゃもう(笑)。「慕情」を書き始める時には、この曲を中心にしたアルバムになるだろうから、どんな曲を持ってこようかなと考えてないとね。二年前か。「会」をやる時にはもう書き終わってないと、ねえ(笑)

――これも瀬尾さんの話で知ったんですが、レコーデイングの時にアレンジを初めて聴かれるんだそうですね。じゃ、次はこれですって、スタジオで一緒に聴く。

中島いつもそうですよ。そういう意味では初見のレコーデイングだね。瀬尾さんもそれが楽しみみたいで。聴いて驚けよ、っていう感じ。じゃ、最初は歌なしでミュージシャンだけで行きますからってんで、初めて聴かされるのね。こっちは呆然として聴いているわけでしょ。その時に振り返った瀬尾さんの顔は見ものですよ。「どないや」感よね(笑)。「そこ、転調したでしょ」「そこ増やしたでしょ」「うん、増やした」みたいな火が散る(笑)。だから面いと言えば面いですよ。たまに大外れもなくはないの。こっち的には大外れでもやってみたら面いとかね。バクチのようなレコーデイングね(笑)

――そういう思いがけないアレンジとか演奏があって歌えた曲というのもあるんでしょうし。

中島やってみないとわかんないもんだよ。ミュージシャンにつられて歌えちゃうというのはあるんだねぇ。一人でギター弾き語りで歌っている時に出なくてもミュージシャンにつられて“ヤホ~”とかって歌ってると違うのね。「アリア-Air-」なんかもまだが死んでてカスカスの時にデモを録ったから瀬尾さん、心配してたんだ。半音下げなくて大丈夫かって。「直るんじゃないの」って放置して本番になったら出たからね。

――そういう全体の流れが出来上がっていたからこそ生まれたのが一曲の「秘密の園」でしょうね。このイントロから歌の入り方はインパクトがありますね。

中島不思議感ね。歌詞に合わせてこういうイメージになったと言ってましたね。私が、拍子にないところで歌うからねと言った時に師匠はお喜びになりました(笑)。でも、すっごく気持ち悪いレコーデイングでした。

――気持ち悪い、ですか(笑)

中島気持ち悪くしたかったのね。カウントに合わせて歌ったんじゃ音楽学校で歌ってるみたいになるから、カウントに合わないところで歌うんで皆はそのまま弾いててねって。彼らは一生懸命弾いてるんだけど、こっちは全然関係ないところで歌う。全然合わないところで歌うんだから、こっちもミュージシャン気持ち悪い(笑)

――それがこの曲の不気味さにもなってますね。

中島頭から数えると絶対に合わないですからね。それが一曲気持ち悪いアルバムでしょ(笑)。だってに迷っている歌ですよ。の中で迷っている感じにしないとねえ(笑)。問題はこれをコンサートではどうすんだ。全員に迷っちゃってサビに行けないの(笑)

――迷っている人はマンハッタンにもいるというのが三曲ですね(笑)。「マンハッタン ナイト ライン」。創作期間中に行かれたのかと思いましたが、そういう歌ではないんでしょうね。

中島何度も仕事で行ってますからね。今回のために行ったということはないです。

――「やすらぎの郷」がそうだったこともあるんでしょうけど、ラブソング主人公が熟年という印だったんです。「人生の素人(しろうと)」の中の“いつか立つ日”という一節にしても単なる立ちという感じじゃないですもんね。

中島英文に訳してもらう時に“いつか立つ”というのをどう表現してもらうか話し合いましたよ。いつか立つ、どこへ立つ。行って帰るなのか、戻ってくるなのか戻ってこないなのか、みたいなやりとりを何度も。

――“departure”となってます。出発。

中島Journey”に行こうとか、そういう問題じゃないんですよね。「人生の素人(しろうと)」も「慕情」とどっちを使うか分からないということで出した曲ですね。イメージもあるだろうし、倉本さん決めてと。どこで使っても大丈夫な意味あいになってる。かかった場面、すごかったですけど、ここかいって思った。

――全部見たわけではないんで、と言い訳です。

中島是非、見てください。12月DVD-BOXの1回が出るらしい。まとめて出すと高くなるからでしょ。クリスマスプレゼントお年玉バレンタインプレゼントもあるか(笑)

――アレンジということでは「移動性低気圧」の意外性でしょうか。詞を見た時にはこういうアレンジとは思いませんでした。60‘Sのアメリカポップス。ウォールオブサウンド

中島ちょっとホッとするでしょ。ワシらの歌ですから。今時の歌だとヒップホップみたいな音もてんこ盛りメールとかも一杯出てくるんでしょうけど、ワシらの世代の歌ですからね(笑)

――瀬尾さん、快心の一曲。

中島怪心、じゃないでしょうね(笑)