「主人はあの番組が本当に好きでした。病に侵されながらも、毎晩のようにパソコンを操作して執筆を続けていましたから。メモも見ず、日記も見ず、記憶だけを頼りに。きっと、楽しかったあの頃の思い出が次々と蘇ってきたのだと思います」

 こう語るのは、昨年10月26日に逝去した学習院大学名誉教授の篠沢秀夫さんの妻・礼子さんだ。礼子さんの手許には、〈懐かしいクイズダービー 篠沢秀夫〉と題された一束の原稿がある。

 篠沢さんは1977年から1988年まで、TBSの人気番組『クイズダービー』(1976年~1992年)に解答者として出演し、「篠沢キョウジュ」の愛称で親しまれた。2009年にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した篠沢さんは長い闘病生活に入ったが、そんな中、生きる支えとなったのは執筆活動だった。そして、亡くなるまでの8年間でなんと7冊もの本を書き上げた。

 だが、出版が叶わなかった本が1冊だけある。

 それが、『クイズダービー』への思いを綴った、この原稿だった。司会の大橋巨泉氏のこと、番組の放送作家だった景山民夫氏からかけられた言葉、長山藍子氏や竹下景子氏ら共演者たちとの思い出――。400字詰め原稿用紙で200枚にも及ぶ原稿には、篠沢さんの思いが詰め込まれている。

 礼子さんは言う。

「2011年頃、主人は思い立ったようにこの原稿を書き始め、1年ほどで書き上げました。私には、『礼子、出版社に掛け合ってくれ。どんなに小さな所でもいい。なんとしても本にしたいんだ』と何度も繰り返し言っていました。ですが、その夢は生前には叶いませんでした……」

 篠沢さんは、こう綴っている。

〈本番も控室と同じでした。筋書きがあるわけではない。巨泉さん中心に語りが盛り上がります。遊びに来た感じです。おお、クイズダービーとは、皆で視聴者のお家へ出向いて賑わうホームパーティなのです〉

 この遺稿の抜粋は、1月10日発売の『文藝春秋』2月号で初公開される。

(「文藝春秋」編集部)

©文藝春秋