1月6日の朝6時頃だったか、

「ちょっと、星野さんが……」

 嫁さんが僕に向けたスマホの画面には、星野仙一氏訃報のニュースが流れていた。

「えっ」

 その瞬間の事はあまり覚えていないが、ふと30年くらい前にオカンに怒られた記憶が脳裏に浮かんだ。

強さの中にある優しい声

 闘将と呼ばれたその漢が東北に来る事が決まったのは2010年の秋の事。「東北を熱くする」シンプルな言葉だが、心に響いた。2009年に野村監督がチームを二位まで押し上げ、後一歩の所でブラウン監督にバトンタッチした。2010年の開幕戦は京セラドームでのオリックス戦。金子と岩隈の投げ合いは1対0で迎えた9回の攻撃、代打草野が出塁し、ノーアウト一塁でバッターは聖沢。次のバッターはその日唯一複数安打の渡辺直人で、その次は前年に首位打者を獲得した鉄平へと続くので、もちろん送ると思いきや、まさかの強行策でダブルプレー。三塁側内野席でそれはそれは深いため息をついたのをよく覚えている。

 チームは結局完封負け。去年まで積み重ねてきた野球はどこにいったのか、シーズンも結局最下位に沈んでしまった。また振り出しに戻ったチームをどう再生していけばいいのだろう。そんな時に現れた救世主が星野仙一監督だった。

 しかし、就任して間もなく、チームどころか日本にとって過去最大級の困難が東北を襲った。3月11日に起こった東日本大震災である。

 星野楽天は被災地を訪問し皆を元気づけてくれた。「子供達、負けるなよ。しっかり頑張ろうな!」。文字にすると無責任なセリフに見えてしまいがちだが、あの星野監督の声の説得力はなんなのだろうか。

 そしてその答えがわかる時がとうとうやってくる。2013年シーズン開幕前に選手を集めて語りかけた。

「本当の優しさとは強さというものを持たないとダメだ」

 そう言って始まったシーズン、チームは快進撃を続け、初のリーグ優勝、そして日本シリーズでは星野さんにとっての生涯のライバル、ジャイアンツを相手に日本一を成し遂げてしまう。

 97年に奥様がパパの胴上げを見たかったねと言って旅立たれた時も、2年後に夢を叶えた。頭を下げて「助けてくれ」と言われれば助けるのが名古屋の男だと、阪神に衝撃的な移籍をしたときも2年後に。そして、2013年もほんの少しでも被災者の皆さんを癒やす事ができたらと。

 いつの時も自分ではなく誰かのためにが原動力(まさにDパワー)で実現してきたからこそ、あの強さの中にある優しい声にこそ圧倒的な説得力があったのだろう。

「監督が目立つ球団なんてロクなチームじゃない」とよくジャイアンツを比喩して語っていたが、自分自身もどうしても目立ってしまう。ただ2013年の日本一監督インタビューで「選手達を褒めてやって下さい!」「拍手してやって下さい!」と連呼していたのが本当の星野仙一なのではないかと思っている。

星野さんが聴いていた「勝手にドラフト会議」

 直接お会いする事は一度もなかったが、2016年の秋に芸人達が東北に集まって自分の贔屓チームのドラフトを実際に行うという「勝手にドラフト会議」というイベントをラジオで生放送したのだが、このラジオを本物のドラフトの作戦会議のために球団事務所に来られていた星野さんが偶然聴いていたらしく、僕が明治大学の柳裕也投手を指名した瞬間に、

「誰や! 今、柳を獲ったやつは!」

 と叫んだのだと、すぐに本番中にも関わらず舞台上に背広を着た方が現れ、僕の足元で「副会長が聴いている事をふまえてよろしくお願いします!」とだけ残し去っていった。。

 いや、なんか恐いやないかぁ!

 ラジオ消してくれよっ!!

 その後、二位で獲った笠原祥太郎投手も本番のドラフトでは中日ドラゴンズへ。
僕が決めるドラフトの選手を星野さんが聴いてくれていたという、間接的ではあるが、僕にとっての星野さんとの唯一の思い出であります。

星野さんを見ると恐かった母親を思い出す

 30年くらい前、小学校の修学旅行で友達とプロレスごっこしていて僕が頭から血を流し救急車で運ばれた事があった。幸運にも頭を数針縫うだけで助かったのだが、家に帰ると、その友達がお母さんと謝罪に来た。するとうちの母親は「修学旅行楽しまれへんかったんちゃうか? ゴメンな。ゴメンな」と友人に謝り、「お前はただケガしただけやないか! この子が悪いならお前も同じだけ悪い。謝れ!」と僕をむちゃくちゃ怒った。

 かと思えば姉が男の子とケンカして、男の子が泣きながら母親とウチの家に乗り込んで来た時なんかは、「君は情けないのぉ! 男やったら勝たんかい! よし、もっかいケンカしてみぃ!」と言っていた。

 そう、とにかくウチのオカンは恐かった。怒るとむちゃくちゃ恐かった。なんでこんなに恐いんやろ思てた。

 昭和22年1月22日生まれ、干支は猪、みずがめ座。中学くらいの時に星野監督と同じ日に生まれた事を知り、妙に納得した事を思い出した。その頃からだろうか、勝手に星野さんを通してオカンを思い浮かべるようになっていたように思う。子供の頃、めちゃくちゃ怒られたけど、頑張った時は褒めてくれたオカン。実はそんなオカンも昔から星野さんの大ファンだった。今シーズン一度ぐらいオカンと楽天戦観に行ってみようかなぁ。

 星野仙一様

 東北に来てくださり本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。

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(かみじょう たけし)