『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、“全米で最も影響力がある女性”といわれるオプラ・ウィンフリー人気から、アメリカ社会を分析する。

* * *

1月7日、米カリフォルニア州で開催されたゴールデングローブ賞の授賞式。黒人女性として初めて「セシル・B・デミル賞」を受賞したテレビ司会者で女優のオプラ・ウィンフリーが披露したスピーチは、非常に感動的で素晴らしいものでした。

翌日から、アメリカでは2020年の大統領選を見据えて“オプラを大統領にしよう”という意見がSNSなどで爆発的にシェアされました。あの忌まわしいトランプを叩きのめしてくれるのはオプラだ。オプラなら分断されたアメリカを元どおりに戻してくれる――。

「#MeToo」運動から加速する“一気呵成(いっきかせい)の世直し”への願望が、あの感動的なスピーチでさらに熱を帯びたのです。

ただ、「もし(政治素人である)オプラが大統領になったら○○○○……」という論理は、そもそもアメリカがなぜトランプを勝たせてしまったのかという根本的な問題を清算できていません。確かにオプラのようなパーソナリティの人物が大統領なら、マイノリティも希望が持てるし、人種差別が政治の小道具にされることもないでしょう。

しかし、それは決して現実に対する政治的なソリューション(解決策)ではない。むしろオプラ待望論は、わずか1年と少し前の選挙でトランプ大統領を誕生させたアメリカ社会の奥底にある絶望、人種間の亀裂、貧富の格差――それらを“希望”という美しい言葉とイメージでごまかしているだけのように僕には感じられます。

かつての米政治では、“思慮深い人たち”が中長期的な視野に立ち、様々な面で妥協しながらも現実的なポリシー(政策)を見つけ、実現していくという面倒な手続きを踏んできました。それを猛烈に批判して人気を得たのがリーマン・ショック後に台頭した“草の根の右派運動”ティーパーティで、トランプの勝利もその流れのなかにあるといえます。

ところが今、(多くはリベラル派を自任する)反トランプ派の人々は、同じような情緒的な論理展開で自分たちの“復権”を狙っているとしか思えません。トランプが嫌いだという共通の認識をタコツボのなかで日々強め合い、タブロイド的な情報の断片だけを拾い、自らで薪(まき)をくべるように火を焚(た)き続ける。

メディアやコメンテーターも、結局は「トランプはダメだ」という結論を導き出すためだけに専門的なレトリックを使う。こうした反トランプ陣営の著しい劣化は、米政治の先行きに暗い影を落としています。

日本でも最近は、反原発で政権批判を始めた元俳優や、基地問題で持論を展開する芸人に無批判に賛同するメディア、知識人が少なくありません。いかに論理的に破綻(はたん)していても、情緒的に正しいから、希望を持てるからと、議論を深めようとしない。

本来、知識層はそういった潮流に惑わされることなく、そこにあるポリシーの部品を冷淡に、かつ極めて現実的に分解し、再構築しなければならないはずですが…。

理想は確かに重要ですが、いくら美意識だけを空虚に満たしても現実は変わらない。簡単に答えが出ない問題は、時間をかけた構造的な変化が必要で、そのためにはみんながなんらかの我慢を強いられる――こうした“不都合な真実”をはっきりと指摘する声に、もっとスポットライトが当たるといいのですが。

●Morley Robertson(モーリー・ロバートソン)










国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。10月より日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送、隔週土曜出演)、『ザ・ニュースマスターズTOKYO』(文化放送、毎週火曜出演)などレギュラー多数。

2年半におよぶ本連載を大幅加筆・再構成した待望の新刊書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(小社刊)が好評発売中!

女優を大統領に!という待望論はアメリカ社会の絶望や格差をごまかしているだけ