どこを見てもきれいな日本。ごみが見当たらず、痰を吐く人もいない光景には、日本人の民度が表れていると、訪日中国人からたびたび称賛される。こうした中国人は日本をお手本にしようと呼びかけているが、いつか中国もこうなる時が来るのだろうか。

 中国メディアの捜狐は7日、日本の街の清潔さには衝撃を受けると称賛しながらも、中国が模倣するのは不可能であり、その必要性もないと主張する記事を掲載した。なぜなら、日本はそのぶんの「代価」を支払っているからだという。

 記事が指摘しているのは主に「ごみの分別」についてだ。日本のごみの分別は非常に細かい。市町村によって異なるが、可燃ごみ、不燃ごみ、有害ごみ、資源物、粗大ごみなどに分別したうえで、それぞれ決まった曜日と時間に出すことになっており、ごみ袋を指定している市町村もある。

 日本ではごみの分別がすっかり定着しているが、これのどこが「代価」なのだろうか。記事は、この決まりは「厳しすぎ」で、もはや「儀式」にさえなっていると主張した。中国人留学生が分別できないのも厳しすぎるルールが悪いのであり、日本人でも確認しながら分別するので、余計な労力をかけていると主張した。

 さらに記事は、「時間の浪費」にもなっていると指摘。細かく分別するのに時間がかかるとし、日本の専業主婦は時間があるから良いだろうが、中国人の生活は忙しく、時間と労力は貴重なため、現実的ではないと主張した。また、ごみ収集についても、種類ごとに収集するのはコストがかさばり無駄が多いとした。

 中国では、ごみ箱は資源ごみと一般ごみに分かれていても、収集時にはすべていっしょくたにして運ぶ様子を目にする。つまり分別の意味がない場合が実に多い。また、資源ごみについては売るとお金になるため、誰かしらが常にごみをあさっており、リサイクルは十分できているという論理のようだ。

 記事は、ごみの分別をしないのは「中国人の習慣」であり、「むしろ効率的」と主張しているが、結局は面倒なことはしたくないだけだろう。しかし、このような考えではいつまで経っても街が汚れたままなのではないだろうか。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)
訪日した中国人が一様に驚く「清潔さ」、だが「我々が模倣する必要はない」=中国