あなたは夫婦喧嘩をしたとき、相手にどのように伝えていますか?

あなたは大丈夫?夫の愛情が冷えていく「妻の地雷行動」ワースト5

夫婦喧嘩には、二種類あります。「大きな溝」を作ってしまう喧、「を強める」喧です。それぞれ、どのような違いがあるのでしょう?

夫婦喧嘩で「大きな溝」を作る人、「を強める」人の特徴をお伝えします。

夫婦喧嘩で「大きな溝」を作ってしまう人の特徴

まずは、夫婦喧嘩で大きな溝を作ってしまう人の特徴を2つご紹介します。

1.怒りやイライラをそのままぶつける

夫婦喧嘩で大きな溝を作ってしまう人は、怒りやイライラを相手にそのままぶつけます。

「何時までほっつき歩いてるのよ!」

ゲームばっかりしないで少しは子どもの相手をしてよ!私にばっかり押し付けて!」

このように妻に頭ごなしに怒られると、夫は、「仕方ないだろ、付き合いなんだから!」「うるさいなあ。だっていろいろやってるよ!」と、自己防衛のための言い訳をしたり、自分の正当性をし始めます。

こうなると、後はパワーゲーム。どちらが正しいか、導権の奪い合いです。

どちらかが言い合いに疲れて「もういい!」と言い出すか、不本意ながらも謝罪するか、相手が望み通りの行動をするまで続きます。

怒りやイライラをそのまま相手にぶつける行為というのは、甘えや依存、そして「相手を自分の思うようにコントロールしたい」というエネルギーからくる行為でもあります。身近な人だからこそできる行為ではありますが、こういうコミュニケーションが続くと、相手の精は疲弊してしまいます。

親子関係であれ、夫婦関係であれ、上司と部下の関係であれ、コントロールエネルギーが双方の関係にプラスに働くことはないということを、覚えておいてほしいと思います。

2.人格否定・人格攻撃をする

夫婦喧嘩で大きな溝を作ってしまう人は、人格否定や人格攻撃も、よくします。

  • 「だからあなたはダメなのよ」
  • 「あなたって本当にだらしない人よね」
  • 「あなたはいつも要領が悪いから、職場でそんな貧乏くじを引くことになるのよ」
  • 「あなたのの人って、ほんと神経な人多いわよね」

このように人格を否定されたり、攻撃されたりして、傷つかない人はいません。

相手に対する日ごろの不満がたまっていたり、言い争いが化してくると、人は、「人格」を責めやすくなります。

人格否定や人格攻撃をしだすと、喧は、ただの罵り合いになり、建設的な方向に行くことはありません。

加えて、言われた言葉は心の傷としてずっと残ることも多く、夫婦の溝は大きくなっていくばかりです。

また、夫だけでなく、夫の親兄弟や友人の人格攻撃も、喧化させ、夫婦の溝を大きくする原因になります。

を強める伝え方って?

夫婦喧嘩が「を強める」人の特徴

夫婦喧嘩夫婦を強くする人には、どんな特徴があるのでしょう?2つご紹介します。

1.「第一感情」を伝える

怒りの感情は、「第二感情」と言われています。つまり、元となる「第一感情」があるのです。

第二感情の元となる第一感情・・・それはどんな感情かというと、「寂しさ」だったり、「悲しみ」だったりします。

人は、寂しくてたまらなかったり、悲しくてたまらなかったりすると、怒っていることにして、かにぶつけることで、寂しさや悲しみを減らそうとします。

夫とを強める喧をする人は、この「第一感情」を伝えます。

「帰りが遅いし、なんの連絡もないから心配でイライラした。寂しかったよ」

「私たちがそばにいるのにゲームばかりされちゃ、存在を視されているみたいで悲しいよ」

このように第一感情を伝えられると、人は、怒りをぶつけられるよりもずっと素直に、相手に対して「悪かったな」と思いますし、相手の気持ちにきちんと向き合おうと思うようになります。

2.「行為」を責める

夫とを強める喧をする人は、夫の「行為」を非難します。人格を否定したり、攻撃することはしません。

  • を脱ぎっぱなしにしたり、トイレの便座を上げっぱなしにするの、止めてくれない?」
  • 一週間に2、3回ぐらいは、残業しないでく帰ってこれない?」
  • 「さっきのお義母さんのあの言葉には、ちょっと傷ついたわ」

このように行為に対する非難だと、言われた相手はが立つことはあっても、深く傷つくことはありません。また、具体的なので伝わりやすく、善や対策がしやすいのです。

まとめ

パートナーとの喧は、お互いのことをより理解し合うために大切です。

ただ、相手を叩きのめしたり、打ち負かしたりするための夫婦喧嘩は、溝を大きく深くすることはあっても、良い方向に向かうことは決してありません。

そういう喧を繰り返していると、帰宅恐怖症や、庭内別居、離婚にやがては繋がる恐れがあります。子どもへの悪影も計り知れないでしょう。

溝を大きくする喧ではなく、を強める喧になるよう、心がけていきたいですね。