東日本大震災から7年… 羽生結弦と「3.11」を五輪専門サイトが特集

 フィギュアスケート男子シングルで五輪連覇を達成した羽生結弦(ANA)にとって、3月11日は特別な日だ。仙台出身の羽生も7年前に被災した。あれから7年が経過。再び「3.11」を迎え、IOCが運営する五輪専門サイト「オリンピックチャンネル」の公式インスタグラムは、“ユヅル・ハニュウと3.11”にスポットを当てている。

 平昌のスケートリンクで、両手を掲げ天を見つめる羽生。この少し物憂げにも見える表情の真意は……。胸中にあるのは7年前への思いだろうか。

 絶対王者が生涯忘れることのない「3.11」を迎えた。羽生は練習拠点を失い、代わりに各地のアイスショーを転々とした。当時の状況を、「オリンピックチャンネル」の公式インスタグラムでは、1枚の写真と共に、こう説明している。

「2011年の日本の仙台での大震災から今日で7年が経ちました。当時16歳だったフィギュアスケーターのユヅル・ハニュウは地震発生時は地元仙台のリンクで練習中で、崩壊するリンクをスケート靴をつけたまま去らねばなりませんでした」

「1万5000人以上の人々が犠牲となり、6000人以上が災害で負傷しました。今や2度のオリンピック王者である羽生は、平昌のフィギュアスケート会場で被災者に対し情緒的なスケートの贈り物をしました」

 震災を乗り越えて、2度の五輪王者に輝いた羽生を称賛すると共に、そのスケーティングが被災地に勇気を与えている、ともしている。

写真には羽生の震災に対する思いも

 そして写真には、羽生自身の震災に対する思いも載せられている。自身や家、家族といった存在が当たり前のものとして捉えられなくなり、震災は自分の価値観を完全に変えてしまった、という思いだ。

 羽生はのちに仙台を離れ、カナダ・トロントに練習拠点を移すことになったが、地元への思いは変わらない。「3.11」の記憶、そして被災地への思いを胸に、羽生はこれからも滑り続ける。(THE ANSWER編集部)

羽生結弦【写真:Getty Images】