人間は社会性の動物だ。言葉や表情でコミュニケーションをとることで自分の立ち位置を確認し、安心をする性質を持っている。逆にいえば、人はコミュニケーションに縛られてしまう動物ともいえる。

完全に孤立して生きることも不可能ではないが、社会人としてやっていくとなると、そういう生き方をすると何かとカドが立ってしまう。せいぜい、ニートぐらいにしかできない生き方だろう。(文:松本ミゾレ)

そういう人はそもそもつまらんヤツとしか出会ってないだけ

人と話しても楽しくないし……

先日、匿名掲示板の5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)に「人と会話しても楽しめないんやが」というスレッドが立った。スレ主は「全然笑えない」と書いている。会話が苦手で楽しくないようで、小学生の時以来、誰と会話しても楽しくないのだという。

世間には面白い人とつまらない人がいる。当然、圧倒的に多いのは後者なので、境遇によっては出会う人みんながつまらないという人生だってありうるだろう。そしてまた、つまらない人間と話をしたって面白くもないので、そうなれば自分も面白い話をすることができないまま、どんどん歳を重ねてしまう。

つまらない人間同士がつるめば世も末みたいな会話しか繰り広げることができない。そりゃあ全然笑えないとしても無理はない。「人と会話をしてもつまらない」とボヤく人というのは、自分もまたとびっきり会話がつまらない人間だということを強く自覚すべきだ。

投稿者は現在29歳。まだまだ若い。社会性がなく、彼女もいない実情に焦っている節もあるようだ。だけどネットだけやって恋人ができるわけもないし、社会性が養われるわけでもないんだから、個人的には「そりゃそうだよ」という気になる。

陰キャ同士で固まってもいいことはない! 自分から積極的に動こう!

前述の投稿者の場合、まだギリギリ20代。そんな若く、脳がいろんな情報をしっかりと吸収してくれる時期に、楽しい会話を経験しないというのは非常に、なんというかもったいないように思える。

大体、ネットの中には有益な情報もいくつもあるけど、それ以上に人をネガティブにさせる要因も無数にある。そういったものに日々触れつつ、しかも会話の楽しさも分からないなんてことになれば、人間の心はすぐに陰りを見せて欝々としてしまうだろう。

結局は個人の自由なんだけども、彼の場合は少なくともその現状から脱却しようという意思は見て取れる。書き込みを見ていくと「ワイだって女にモテたいんや」と熱望している様子だし。

まあでも世間はこういう、スタートラインにすら立てない者にはやけに厳しいので、結局のところネットでどうこう言っても、話を聞いてくれるのは同じ穴の狢。あんまり意味がないのだ。

それこそこういう悩みを、いっそリアルの世界で誰かに打ちかける方がよほど有意義。そしてそれをするには、自分から能動的に他人と話さないといけない。大体にして会話がつまらないと悩んでいる人は、なぜか自分と同じような会話レベルの人とばかり話をしてしまう。

が、それがもう既にダメなのだ。

陰キャ同士が固まっても、環境が激変するわけではない。ズルズルと沈むだけだ。でもそれじゃダメなのだ。ネットもいいけど、たまには心の濁りを取り除くためにも、外に出てみてはどうだろうか。そしてどうせ勇気を出して誰かに話しかけるなら、日陰者ではなく、陽気な連中に話しかけるべきだろう。日陰者としゃべっても、得るものはないんだし。