肉眼でも確認できるほどの彗星の接近といえば、今や一大エンターテインメントともいえる大イベントです。近年では社会現象になるほどの目立った彗星はありませんでしたが、1986年の「ハレー彗星」ならば覚えているという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

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 しかし、科学的に正体が解明される前に観察された彗星は、夜空を脅かす“天変地異の前触れ”と捉えられていました。今回は、歴史の中で本当にあった「彗星デマ」を取り上げていきます。

●彗星は宝石をもってくる!?(1742年)

 モーペルチュイはフランスの数学・物理・天文学者です。「最小作用の原理」を提唱し物理学へ貢献した一方で、地球の形状測定のために隊長として極地へも赴き、軍人としても活動したパワフルな一面も持つ学者です。

 しかしそんなモーペルチュイも彗星に関しては「目もくらむような宝石の連なり」「彗星にはある種の人類が住んでいる」と考えていたようです。デマというよりは夢のような話ですが、当時としてはまだまだ真面目な考察だったのです。

●彗星で洪水が来る……なんて言ってないよ!?(1773年)

 フランスの天文学者ラランドは、1773年の4月に「地球への彗星の新しい接近の影響」という論文を提出しました(以前「ねこ座」を設定しようとした天文学者として紹介した、あのラランドさんです)。この論文自体は、数式ばかりで構成され、61個の彗星軌道と地球との位置関係に関する単純な表でした。もちろん、地球と衝突するような彗星もありません。

 しかしこの論文は誤解を生じるような題名だけがフランス中へ広がり、尾ひれが付いていく内に「彗星が1773年5月に地球を破壊する!」「大洪水が起きる」というデマに生まれ変わってしまいました。

 こうなるとメディアも市民も大パニック! ラランド本人も「私はそんなことは言っていない」と声明を出しても耳に届かず、40時間の祈祷式が企画されるなどの騒ぎとなってしまいました。

●彗星が来たらうまいワインが飲める!?(1811年)

 彗星のデマは地球の破滅などの災難ばかりではありません。ローマ時代から「大彗星が来ると気温が上昇し、良質なワインが作れるブドウができる」という迷信がありましたが、これはなんと19世紀まで信じられていました。

 1811年の大彗星の時にも、良質な“彗星ワイン”が高値で取り引きされ、大きな利益をもたらすこととなったのです。

●彗星が衝突する!?(1857年)

 1857年のロンドンの大ベストセラーが『大彗星がいま急速に近づき、地球と衝突する?』でした。

 ベッドフォードという著者の書いたこの怪文書では「病人の家から出る汚れ物や廃物は全て遠くへ捨てること、排水路を十分点検すること、古着は処分すること」など“生存戦略”がつづられています。街頭で販売されたパンフレットにもかかわらず、1万6千部があっという間に売れてしまいました。

 もちろん、予言された彗星は現れませんでしたが、翌年現れたドナチ彗星をみて慌てた人もいたそうです。

●彗星でみんな窒息する!?(1910年)

 彗星に関するデマは、20世紀初頭でも健在でした。それどころか1910年、前々回のハレー彗星での騒動は紹介しきれないほどあるのです。

 ハレー彗星の尾が地球を通過するときに、尾の猛毒により全生物が窒息死する、5分間息ができなくなる、磁力の変化で異常気象が起こるなどのうわさが広がりました。

ローマで発行された「贖罪券」を求める人が殺到し、小麦粉を丸めただけの「ハレー彗星の猛毒を防ぐ薬」を売る詐欺師も現れたのです。

●彗星が運ぶ病気を治します!?(1910年)

 前々回でのハレー彗星での混乱は、日本も例外ではありません。「彗星の尾に毒がある」と聞き、息を止める訓練をする人、自転車のチューブを買い占める人、自殺する人などが現れました。

 そして日本でも詐欺師の薬が輸入され、「彗星丸」と呼ばれる「彗星が運んでくる恐怖の病気をたちどころに治す」薬として販売されていたのです。

 次回のハレー彗星の接近は2061年。そのころには科学技術も進んで彗星のデマは生まれないはず? そうとも限りませんよ。

 科学がいくら進歩しても、科学を否定するうわさ話が好きな人や、扇情的なデマにだまされてしまう人がいなくなることはありません。あなたの身近な人が、そんなデマで混乱してしまったときどう対処するのかが、実は一番重要なのです。

===主要参考文献===

1.おはなし天文学4 斉田博

2.暦と星のお話 1910年のハレー彗星騒動

かなり立派な尾が見えた(らしい)1910年のハレー彗星