野村 しかし、政治家に立候補するなんて、こいつも金田さんと一緒で典型的なピッチャー気質ですよ。己を知れ、と。本当は政治のセの字も知らんだろう?

江本 いや、監督がご存じないだけで、僕は小学校5年生の頃から政治に目覚めてましたよ。

野村 何を言うてるんだ、ホンマかよ。

江本 そういうことをしゃべらないのもピッチャーのええところですから(笑)。だけど、関心はあったけど自分から議員になろうという気は全然なかったですよ。あれはアントニオ猪木さんに頼まれて、公示の前日まで悩んだあげく、最後の最後に決めたんですよ。「もういいか、野球なんか」と(笑)。

野村 よく言うよ(笑)。

──野村監督にも話が来たことはあるんじゃないですか?

野村 ああ、小沢一郎さんが家まで来た。

江本 サッチーが出たじゃないですか。

野村 「俺はとてもじゃないけど、そういうのはちょっとね」と言ったら、「じゃあ、私がやる」って。それはさておき、まあ、江本とのつきあいもだいぶ長くなったね。

江本 現役選手時代、20代の頃からですからね。もう50年近いです。

野村 東映フライヤーズで敗戦処理ばっかりやっとったな。

江本 まあ、1年目のドラフト外の投手でしたから。監督に南海に呼んでもらったから、10カ月しか東映にいなかったんですよ、僕。

野村 俺は「なんで、このピッチャー使わないんだろう?」って思ってたからね。それでたまたま東映の田宮監督からトレードの話が来たからどうしても欲しくてね。私もキャッチャーだったから、1年目だろうとなんだろうと、ある程度ストライクさえ投げられれば、なんとかする、というのがあったから。それが、まあ、大選手になっちゃって。

江本 また心にもないことを(笑)。

野村 私の恩師なんですよ。

江本 いやいやいや、何をおっしゃる。

野村 私の監督人生における「三悪人」。江本に、江夏豊、門田博光。南海ホークスで初めて監督をやった時にこの3人に鍛えられました。だからそのあと何球団か監督やったんだけれども、常にこの3人が頭にあるから屁でもない。

江本 ははははは。

野村 あいつらに比べたらなまやさしいもんだと。とにかく3人とも「右向け」っていうと左向くからね。やっぱり、苦しめられるっていうのも悪いことじゃない。私も35歳で若かったから経験もないしね。

江本 でも僕は、鶴岡監督時代の南海ホークスの初代三悪人は、野村、広瀬叔功、杉浦忠やと聞いてますよ。俺らは二代目ですから(笑)。

──それでは最後に、現在の球界にひと言物申していただけますか。

野村 とうとうキャッチャー受難の時代が来ましたよ。少年野球でもやりたがる子がいないし、キャッチャーに重点を置く監督もいない。

江本 それはそうですね。どの球団もキャッチャーを固定できていないですから。思うに、マスコミがキャッチャーに甘すぎるのもよくない。去年のWBC後の小林がそうだけど、持ち上げられた末にちょっと成績が悪いと、勝手に悩んでダメになったでしょ? 1、2試合リードがよかったからってホメてたらキリがないですよ。最近の捕手はバッティングもよくないしね。去年、規定打席に到達したのは、小林とヤクルトの中村だけ。「打つ捕手」の最後は古田くらいかな?

──近年では巨人の阿部でしょうか。

江本 ああ、おったか。でも、阿部は内野手みたいなもんだから(笑)。

野村 阿部は性格的にキャッチャー向きじゃないね。キャッチャーは守ってる時は監督以上の仕事をしなきゃいかん。結果的に0点に抑えれば「ナイスリード」と言われるけど、0点に抑えなくてもナイスリードはあるはずなの。それをみんなわかってないんですよ。捕手出身として、なんとかこの受難の時代を抜け出して優れたキャッチャーに出てきてほしいもんだね。

野村克也(のむら・かつや) プロ野球史上初の捕手三冠王にして、安打、打点、本塁打、出場試合数のいずれも歴代2位の記録を持つ。南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督を歴任し、球界随一の知将として輝かしい成績を残した。

江本孟紀(えもと・たけのり) 70年に東映フライヤーズに入団。翌年、南海に移籍すると野村監督に才能を見いだされ活躍。プロ通算113勝で81年に引退する。92年から参議院議員を2期12年務め、現在は独立リーグ・高知ファイティングドッグス総監督。

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