〈うたを忘れたカナリヤは/うしろの山にすてましよか/いえいえそれはなりませぬ〉

 井納翔一は、カナリヤだった。

 籠に入れられたカナリヤが、真っ暗な炭坑に一番先に入っていく。カナリヤは人間より敏感に有毒ガスを察知して、そのさえずりを止めるから。

 いつも井納は、炭坑のカナリヤのように、先の見えない真っ暗な試合に放り込まれていたと思う。数え上げればキリがない。2016年の開幕試合は、ケガをした山口の代わりに投げた。とにかくいつも相手チームのエースと投げ合った。菅野さん菅野さんひとつ抜かして菅野さんだ。2年連続“誰かの代役”としてオールスターにも出場した。調子の上がらない選手のために急遽ローテーションの入れ替えなんてのもざらだった。

 ベイスターズ初めてのCS進出のその初戦も、後のないファイナルステージ3戦目も投げた。誰もが今永だと思っていた2017年阪神とのCS初戦も先発した。ファイナルステージ第3戦なんて自ら打った1点を守り切って勝った。

 カナリヤは誰よりも先に炭坑に入り、道を拓いていった。

日本シリーズ初戦でKOされたカナリヤ

〈うたを忘れたカナリヤは/背戸の小藪に埋けましょか/いえいえそれはなりませぬ〉

 2017年の日本シリーズ。ふわっふわした頭のまま、なんの心の準備もできないまま、私はその初戦を取材先で迎えた。中継は見られずないから、握りしめたスマホの一球速報にチラチラ目をやって。起動するたびに、井納は静かに失点する。そしてテキストはこちらに何の配慮もなく、井納がランナーをためるだけためてマウンドを降りたことを告げていた。5回だった。その後ボッコボコに打ち込まれ、お化けフォークにクルックルされて、私は無言でiPhoneのホームボタンを押した。しょうがない。ベイスターズ選手にとっては全く経験のない大舞台。緊張でガチガチになるのはしょうがない。だって初戦だし、相手は千賀だし。負けてもともとだった。

 その時気づいてしまったのだ。「井納でよかった」と思っていた自分に。

 井納翔一は捉えどころのない選手で、大舞台で目の覚めるような投球を見せたかと思えば、びっくりするくらいあっさりKOされたりする。エースっぽくてエースじゃない、でもちょっとエース。そんなピッチャーな気がする。そしてそのムラッ気と、独特な言語センス、独自の生活ルールなどから、井納は「宇宙人」などと呼ばれている。ルーキーの時代にグローブをふたつ重ねて「バナナのたたき売り!!」と叫んだり、愛車の故障で借りた代車で4000km、つまり地球10分の1周分走行したり(※3週間で)、投げた球種は憶えていないし、ヒーローインタビューは事故る。キャンプではなぜか助っ人外国人チームに配置され、言語を超えたコミュニケーションを披露する。フードをかぶり紐を限界まで締め上げて同僚をビビらせ、三嶋の荷物を部屋から出しそこいらに吊るす謎の儀式を行い主に三嶋をビビらせる。チームメイトも、ファンたちも「井納は宇宙人だから」と目を細め、その言動を生温かく見守った。

中継ぎへの配置転換を命じられたカナリヤ

〈うたを忘れたカナリヤは/柳の鞭でぶちましょか/いえいえそれはかわいそう〉

「井納でよかった」と私はそのときはっきりと思っていたのだ。エースにぶつけられること、急遽ローテを変えられること、代理で投げさせられること、その後の流れのために、犠牲となること。メンタルが重要とされるプロの世界、その中でも特に繊細なピッチャーというポジションにおいて、ずっとカナリヤを担ってきたのが井納だった。エースになりきれない井納にイラ立ちをおぼえながらも、エースになりきれないからこそ都合よく使われ、その良心の呵責に対して「井納は宇宙人だから(大丈夫)」と、それこそ私が一番都合よく考えていた。

 そして、井納は今季から中継ぎへの配置転換を命じられた。

「うたを忘れたカナリヤ」は、その後どうされてしまったんだっけ。去年6勝10敗の成績だった井納。数字はウソをつかないけど、数字にあらわれないことはたくさんある。井納は勝ちを忘れたカナリヤなんかじゃない。今度は本人の期せぬ、中継ぎという、真っ暗な道の先導にするつもりなのだろうか。私は自分のことを棚に上げて、悲しかった。井納の心境を想像して、悔しかった。

 4月1日。7回のマウンドに井納は立っていた。先発のときと同じように、背中をかがめて地面に文字を書く。リリーフとしての最初の登板だから数字で「1」と。そしてこの上なくテンポよく、フォークやスライダーを嶺井のミットめがけて投げおろす。空振りで3つ目のアウトを取った瞬間、井納は歯を食いしばったまま吠え、ガッツポーズしていた。あんな顔、初めて見た。ベンチに戻り、篠原コーチに強めの頭ポンポンされて、筒香キャプテンにイジられて、ようやくいつもの井納の顔になっていた。

真っ暗な道を行くカナリヤ

『かなりや』の、最後はこうだった。

〈うたを忘れたカナリヤは/象牙の船に銀の櫂/月夜の海に浮べれば/忘れたうたをおもいだす〉

 試合の行方を占う、7回。それは先発だった今までとは種類の違う真っ暗な道。でも井納のあのガッツポーズと、その後のホッとした笑顔を見て、もしかしたら井納にとってリリーフが“月夜の海”なのかもしれないと思った。他の選手が経験したことのないような、キツイ場面で投げてきた井納だからこそ。そして今度こそ井納は思い出すのだ。自分の本当の強さを、勝つことを、エースであるということを。

 井納はカナリヤだ。7回のマウンドで私たちを勝利に導く、カナリヤ。

(童謡『かなりや』より 作詞:西條八十 作曲:成田為三)

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(西澤 千央)

今年5月で32歳になる井納 ©文藝春秋