茨城県の県庁所在地・水戸市にある水戸芸術館が、ACM劇場プロデュース公演/未来サポートプロジェクトとして今年9月に『海辺の鉄道の話』を自主制作する。恩田陸の小説を原作にした音楽劇『夜のピクニック』(2016年/演出:深作健太、脚本:高橋知伽江)、戦後最大の誘拐事件と言われる「吉展ちゃん誘拐事件」の担当刑事の生き様を描いた『斜交 昭和40年のクロスロード』(2017年/演出:高橋正徳、脚本:古川健)に続き、地元に材を得た作品の新作だ。 

 『海辺の鉄道の話』は、水戸市に隣接するひたちなか市内を走るローカル鉄道「ひたちなか海浜鉄道」と、沿線に暮らす乗客たちの物語になるという。開業は1913年。湊鉄道という私鉄としてスタートし、茨城交通、ひたちなか海浜鉄道と経営が引き継がれて現在にいたる。ほんの10余年前に廃線の危機を乗り越え、「おらが湊鐡道応援団」や地域の人びとの応援を受けて再出発し、資金難や震災などの困難に立ち向かいながら走り続ける小さな鉄道。この日は、トコトコ走るディーゼル2両編成に揺られながら、のんびり制作発表が行われた。

マスコミが待ち合わせした勝田駅

マスコミが待ち合わせした勝田駅

地元メディアが集まった会見風景

地元メディアが集まった会見風景

 ルートは勝田駅から阿字ヶ浦駅までの10駅約40分。マスコミの集合地は“日立製作所の企業城下町”勝田駅。すこぶるうんまい!珈琲が飲めるサザコーヒーの本店の心地よさに、ゆっくりしすぎて電車に乗り遅れそうになってダッシュ‼︎  さあ、出発進行〜〜

 井上桂芸術監督は、かつて新国立劇場で制作業務を担当し、2005年から10年まで同劇場演劇研修所の運営を担った。さらに2012年より日本芸術文化振興会のプログラムオフィサー、芸術選奨推薦委員などを歴任し、2年前に、水戸芸術館の演劇部門芸術監督に就任している。

 「私は東京でずっと活動してきましたが、外から見た目で地域の宝物はないだろうか、演劇の題材になるものはないだろうかと探してきました。今回は若いスタッフの提案により、地域ならではの愛情に裏付けられた、とても素晴らしい鉄道会社さんがあることを知ることができました。なんらかの形で応援できればと考えたときに、ますます舞台化をしないわけにはいかないという思いになりました。それでこうした企画では定評のある劇作家の詩森ろばさん、演劇界の実力派俳優の松村武さんにお願いをしたわけですが、ご賛同いただけたということが題材の魅力なのだろうと思っています。また舞台化についてひたちなか海浜鉄道さんにご相談しましたところ快諾くださり、非常にふとっぱらな対応をしてくださっています。私たちは生まれた企画を多くの方に届けるのが仕事ですけれど、大手の旅行会社さんと提携して、観劇して、水戸に泊まって、湊鉄道にも乗って地域を楽しんでいただくという1日2泊のツアー企画も検討しています。お芝居を作るというのは劇場内に留まってしまうことが多いわけですが、地域に1歩でも2歩でも踏み出して、お芝居も地域のお役に立てるんだということが実証できたらいいなと考えています」

芸術監督の井上桂

芸術監督の井上桂

 作・演出は、詩森ろば。2016年に『残花』と『insider』で紀伊國屋演劇賞個人賞、2017年に『アンネの日』で芸術選奨・文部科学大臣新人賞を受賞するなどノッている存在だ。

 「お話をいただいたのは2年前。1も2もなくぜひやらせてください、誰にも譲らないでくださいとお願いしました。ずっと鉄道の話を書きたかったこともありますが、私は地域が元気になっていくことが日本にとってものすごく大切で、地域の可能性こそが日本の可能性そのものだと日ごろから考えているからです。だから地域を題材にした演劇を作れることはとてもうれしい。こちらに何度も取材に足を運ばせていただいておりますが、この沿線のことがどんどん好きになっています。この地域に住み、この鉄道に乗っている人びとが、自分の故郷はなんて素敵な場所なんだろうと再発見できるような演劇が作れればと思っています。美しい場所、美しい鉄道、そして人びとの力で残された鉄道だということが、やはり今の日本の可能性そのものだということを描いていきたいと思っています」

作・演出の詩森ろば

作・演出の詩森ろば

 駅は日工前、金上を過ぎたあたりで、車窓の向こうの風景は一気にひろがり、のどかになっていく。挨拶は、主演のカムカムミニキーナ・松村武に移る。

 「僕も地方、いろんな町に出かけて演劇を通じて町の方々と出会う活動を積極的にやっております。故郷の奈良県大和郡山市では、市民劇団のようなこともやっておりまして、地元にまつわる物語を掘り起こして演劇にするという活動を10年くらいやっています。どこかの町に行って、そこの物語を演劇にするということは大好きです。水戸市やひたちなか市を訪れるのは初めてですが、これからこの町のことをいろいろ知って、いくつめかの故郷になるかはわからないんですけど、深い縁ができることが楽しみで仕方ありません。鉄道おたくとまではいかないんですけど、各駅停車に乗って車窓を見ながら旅することが好きなので、今もわくわく落ち着かないんですけど、その芝居ができること、しかも実在の、現役の方……おそらく社長さんの役ですかね? その方が目の前にいるというのは初めての体験で、どういうお芝居になるのか、そこが一番楽しみです。面白い芝居にしていきます」

主演の松村武

主演の松村武

 このお芝居には、地元出身のフレッシュな俳優陣も出演する。その一人、杉山文乃が制作発表に駆けつけた。

 「私が芝居を始めるきっかけは、水戸芸術館でした。中学生のころ、水戸子供演劇アカデミーで演劇に触れました。その時に絶対に俳優になると決めて、高校へ進学してからも水戸芸術館での『この子たちの夏』という朗読劇に出演したり、ミュージカル『星の王子さま』にアンサンブルで参加させていただいたり、とてもお世話になっています。3月に舞台芸術学院を卒業しまして、初めてのお仕事がまた水戸芸術館での『海辺の鉄道の話』ということでうれしくもあり、楽しみでもあり、そしてとても緊張しています。ですが、その緊張にも負けないように、自分らしく、自分のモットーである猪突猛進を大切に、地元愛を持ってがんばります」

地元出身の杉山文乃

地元出身の杉山文乃

たくさんのアイデアで復活したローカル鉄道の雄

 そして、『海辺の鉄道の話』の題材になるひたちなか海浜鉄道の吉田千秋社長、おらが湊鐡道応援団の佐藤彦三郎団長も続いて挨拶。おらが湊鐡道応援団とは、ひたちなか海浜鉄道湊線の存続・発展、さらには湊線を核とした会員と地域住民の交流を通じた地域の活性化を目指して活動している市民団体。湊線の様子・魅力やイベント・応援団活動などなどを情報発信している。この日もメンバーの方がレポートをしにいらしていた。

 2005年12月、湊線経営母体だった茨城交通から2008年3月にも「湊鉄道線を廃止したい」との申し入れがあり、市と関係者による湊鉄道対策協議会にて湊鉄道線の維持存続対策・利用促進策・財政支援策の協議を開始したのを契機に、沿線住民も存続運動に立ち上がったのがおらが湊鐡道応援団の原点だそう。そして、ひたちなか海浜鉄道は、茨城交通の鉄道部門が第3セクターの新会社として分社化し、2008年4月から新たな一歩を踏み出した。学生定期券の大幅割引、列車でのイベント、5月のネモフィラと10月のコキアが名物の国営ひたち海浜公園など近隣観光地を駅と結ぶシャトルバスの運行などで乗客を増やしてきた。今では、2026年を目指し、ひたち海浜公園まで線路を延伸する計画もあるなど、ローカル線の多くが廃線の危機に直面するなか異例の躍進を続けている。

 全国公募で選ばれた吉田千秋社長は「私を演じる人がここにいるというのはどうも違和感があって、落ち着かないんですけども」と苦笑いしながらコメントした。

 「私どもの会社が立ち上がってこの4月で10年になります。ぶっちゃけて言いますと、周りの皆さんに一生懸命支えていただいてここまで来ました。年間70万人だったお客様の数も100万人を超えるところまで増えたのですが、正直、正直、会社が何もしていないのに、周りが一生懸命に盛り立ててくださってこういうことになっています。私はぼうっとしているだけ。まちづくりを含めて鉄道の活性化をやってきた皆さんのこと、周りの方々のご協力とアイデアでがんばれていることを描いていただければと楽しみにしています。お好きに料理してくださいと申し上げているんですけど、どうなるのか私も楽しみです」

ひたち海浜鉄道の吉田千秋社長

ひたち海浜鉄道の吉田千秋社長

 応援団長の佐藤さんは「100年続いてきた鉄道は地域にとってとても大切なもの。廃線のうわさが出たときに、鉄道がなくなったらもっともっと町は衰退してしまう(という危機感から立ち上がりました)。まちづくりには湊線が絶対なくてはダメだという考えで、じゃあ残すためにはどうするか(を話し合ってきました)。廃線阻止はできたわけですが、今度は社長さんを全国から募集するということになりました。吉田さんが富山から来るということで、他所からきた方が地域でがんばるのは大変だということで応援団を結成しました。今年で11年になります。われわれがやってきたことが演劇になるということで、私も楽しみに待っております」

おらが湊鐵道応援団の佐藤彦三郎さん

おらが湊鐵道応援団の佐藤彦三郎さん

それぞれの駅で、ひたちなか海浜鉄道の10年と沿線の方々の人生が交差する物語

 さて、『海辺の鉄道の話』はどんな作品になるのか。詩森が語った。

 「ひたちなか海浜鉄道は、吉田社長さんが公募でいらしてからも震災があり、復興があり、そして延伸を目指すところまで来たというこの10年の大枠を描くなかで、沿線の方々の人生、列車を利用する人びとの人生みたいなものが、駅を軸にして交差するような物語になる予定です。構想自体はだいぶ決まっていて、今はエピソードであるとかディテールを詰めているところです。吉田さん、佐藤さん、ひたちなか市の市長さんにお話をうかがったり、あと会議に参加させてもらったり、沿線の風景やネモフィラを見にいったりとか、というようなことをやっています。これから職員さんや沿線の方に話しを聞かせていただいて、脚本の執筆に取り掛かりたいなという段階。鉄道といえば恋かなとかいろいろアイデアを考えていますよ。そうそう、ひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅に住む駅猫の「おさむ」と「ミニさむ」も出てきます」

駅猫のおさむ。僕が語り部をやるにゃ〜ん

駅猫のおさむ。僕が語り部をやるにゃ〜ん

 質疑応答が一通り終わったところで、終点の阿字ヶ浦駅に到着。ほんの小さな旅が終わった。ひたちなか海浜鉄道の延伸が実現すれば「国の鉄道交通政策にも大きな影響を与える出来事」と語った吉田社長の言葉が印象的だった。この後、詩森さんはひたちなか市の市長を訪問し、松村さんと杉山さんは、ひたち海浜公園を見学に。今はチューリップとネモフィラがこれから満開という時期でしたが、『海辺の立つ同の話』が上演されるころに真っ赤に紅葉したコキアが一面に広がっている風景が見られるそう。そうなると高速道路の入口はものすごく混雑するようなので、のんびり鉄道の旅で『海辺の立つ同の話』の観劇とともに水戸市、ひたちなか市を楽しんでみるのはいかがだろう。

コキアが広がる、ひたちなか海浜公園の風景 写真AC

コキアが広がる、ひたちなか海浜公園の風景 写真AC

取材・文:いまいこういち