先日、キンチョーでおなじみの大日本除虫菊のゴキブリ用殺虫剤「コックローチ」のなかで、パッケージに「ゴキブリ」のイラストがなくなるバーションを販売したら、えらく好評だというニュースがあった。

【その他の画像】

 確かに、世の中には、ゴキブリの姿を見るだけで恐怖でパニックになる人も多くいる。そういう方たちからすると、ゴキブリ退治のための商品にゴキブリの絵を付けるなど言語道断だ。実際、ネット上には「ようやく気付いてくれたか」という意見も散見される。

 このニュースからも分かるように、最近のゴキブリ駆除のトレンドは、いかにして「ゴキブリ感」を消すかがキモとなっている。

 その代表が、業界最大手のアース製薬が2017年2月、「ゴキブリ退治の進化版」として発売してから人気となっている「ゴキプッシュプロ」だ。

 これは同社が実施した「印象調査」で、「ゴキブリは死骸であってもその姿を見たくない」という回答が多いことから発売されたもので、「すき間に潜むゴキブリ・トコジラミ 見ないで退治!」とパッケージにデカデカとうたわれていることからも分かるように、シュッとスプレーするだけで、ゴキブリ本体をまったく目にすることなく駆除できるというものだ。少し前にヒットしたフマキラーの「ゴキブリワンプッシュ」も同じ使い方だが、こちらは薬剤を浴びたゴキブリが興奮して、物陰からあらわれて死ぬという「追い出し効果」がある。それに対して「ゴキプッシュプロ」の場合、姿をあらわす間もなく物陰でそのまま死ぬのだ。

 「素晴らしい! メーカーさん、そういうのじゃんじゃん開発してよ」というゴキブリ嫌いの方たちからの拍手喝采が聞こえてきそうだが、個人的にはこのトレンドはかなりヤバいと危惧している。

 「ゴキブリの姿を見ずに駆除」と聞くと、AIスピーカーのように「面倒なことは進歩したテクノロジーが代わりにやってくれます」みたいな明るい未来を連想する人も多いだろうが、この件に関してはそうとも言い難い。このコンセプトの製品が主流になると、メーカー、消費者双方にとってもかなりマズい事態を招く恐れがあるからだ。

 理由としては2つある。

●1つめの理由「効果が分かりづらい」

 1つめの理由として「効果が分かりづらい」ことが挙げられる。

 「ゴキブリを見ないで退治」することは裏を返せば、ゴキブリの死骸が出ないので、本当に退治したかどうか確認のしようがないということだ。製品の品質やメーカーの技術力が疑わしいと言っているのではなく、消費者側に「殺した実感」がないので、効果に対して疑念を抱く恐れがあると申し上げているのだ。

 例えば、「見ないで殺す」とうたう製品を使用して現実にゴキブリを退治したとしよう。が、使用した者はゴキブリを見るのも嫌な人なので、死骸を確認しないし、するつもりない。そんななかで、もし新たなゴキブリが侵入してきてカサカサしているのを目撃したら――。

 自分の住まいの衛生問題を棚に挙げて、「この製品はインチキだ!」と怒りに震える方もいらっしゃるのではないだろうか。

 そんなの考えすぎだって、と思うかもしれないが、これまで長きにわたって繰り返されてきた「ゴキブリVS. テクノロジー」という戦いの歴史を振り返れば、そのような消費者トラブルも珍しくない。

 分かりやすいのが、東芝の「ゴキトール」だ。

 年配の方ならば覚えているかもしれないが、1968年5月、「ゴキブリ退治の新兵器登場」というふれこみで売り出された「乾電池式ゴキブリ取り器」である。

 野菜クズなどの餌で箱の中へゴキブリを誘い込み、乾電池の電流でシビレさせるというもので、いま聞くとバカらしいほど単純な構造だが、なにせ当時はまだ「ゴキブリホイホイ」も世になかった時代である。当時の価格で1700円とそれなりにしたが、ゴキブリに悩む消費者が飛びついた。

 が、ほどなくしてこの製品は販売中止へ追い込まれる。確かに、理論上はゴキブリをシビレさせて動きを止めることに成功したものの、購入者がその事実に気付く前に、ゴキブリが正気を取り戻して逃走してしまうので、「取れないぞ」という苦情が殺到したのである。

●2つめの理由は「ゴキブリの耐性」

 東芝側は「ゴキブリ退治ができて喜んでいる消費者も多い」(読売新聞 1970年9月19日)と反論したが、その必死の訴えも虚しく、こんな結末になってしまった。

 『ゴキブリ、東芝を“返り討ち” 「さっぱり取れない」取り器 公取委、回収を指示へ』(同紙)

 東芝ほどの大企業が満を持して世に放ったわけだから当然、ゴキブリを用いて何度も実証実験を繰り返したはずだ。にもかかわらず、このような事態を招いたのはひとえに、ゴキブリの死骸という「戦果」があまりにも少なかったからだ。つまり、「殺した実感」が乏しかったのだ。

 どんなに最新テクノロジーを駆使して、確かな機能がある製品であっても、ゴキブリの死骸という結果が目に見えないようであれば、ゴキトールと同じ事態を招く恐れがないとは言い切れないのである。

 これが単なる杞憂(きゆう)であったとしても、「見ないで殺す」というトレンドにはもうひとつ嫌な予感がつきまとう。それが2つめの理由である「ゴキブリの耐性」だ。

 経験のある人もいるだろうが、ゴキブリにも個体差があり、殺虫剤をかけてすぐ死ぬものもいれば、しばらくピクピクとマヒするもののすぐに蘇って動き出すものもいる。そのため、一度死にかけて復活すると殺虫剤がきかなくなる、なんて都市伝説もあるほどだ。

 そのあたりの耐性について『日刊SPA!』に質問された、アース製薬の殺虫剤カテゴリーのブランドマネージャー、渡辺優一氏はこう述べている。

 「殺虫剤が中途半端にかかったとき、もともと強かった個体は生き残り、弱い個体は死にます。強いものが生き残って子孫を残すので、必然的に耐性が強いものしかいなくなります。例えば、殺虫剤を頻繁に使う飲食店などで生き残っているゴキブリは、遺伝子としてより耐性が強いものである可能性はありますね」(日刊SPA! 2017年6月5日)

 ならば、「見ないで殺す」というコンセプトはかなりマズい気がしないか。

 すき間にスプレーした薬剤がどんなに効果があっても、すべてのゴキブリを100%即死させられるとは限らない。なかには、瀕死状態に陥るだけの個体もいるだろう。それが目に見えるところにあらわれれば当然、トドメを刺せるわけだが、「見ないで殺す」をうたう製品には「追い出し効果」がないので、生死の境をさまよったゴキブリも物陰に潜んだまま。つまり、耐性の強いゴキブリが復活する時間と、子孫を残すチャンスを与えてしまう恐れがあるのだ。

●「スーパーゴキブリ」が誕生する日

 そんなの考えすぎだと笑う人も多いかもしれない。確かに、各メーカーの製品はそのあたりの問題にもしっかりと向き合っており、例えば、ゴキプッシュプロでは効果が1週間継続するので、仮に生き延びた個体や巣があっても駆除できるという。だが、その一方で、ゴキブリは人類がまだ地球上に登場しない3億年前から今とほとんど変わらない姿でカサカサと動いていた「最強生物」という事実も忘れてはいけない。

 「地球上でいちばん昔から存在し、いちばん成功を収めた生物の部類」(『ゴキブリ大全』 著、デビット・ジョージ・ゴードン/青土社)に対して、「見ないで殺す」というのはあまりにも自分たちの力を過信しているように思えてならないのだ。

 少し前、アース製薬が「殺虫剤」という言葉を今後は使わないと宣言して、「虫ケア用品」という言葉を打ち出した。

 「殺」という響きは人体にも危険……。といった誤解を与えかねないし、実態としては「虫を殺さない商品も多い」ということで、いまの時代にそぐうイメージチェンジだとしたが、ネットではこの名称変更を茶化す人々も少なくなかった。

 「ヘアケア」などにならえば、「虫ケア」はゴキブリや蚊などの「害虫」を守り、育んでいるようになってしまっておかしいじゃないかというのだ。

 個人的には、こういう実態とかけ離れた「言い換え」というのは、いまの日本社会の現実逃避を象徴している、と思っている。

 我々の快適さは、虫を殺し、彼らの生息地を奪うことで成り立っているわけだが、そういう厳しい現実からはできる限り目をそらしたい。自分が不快になる存在は視界に入れず、それらがもがき苦しむ姿さえも見たくない。そういうご都合主義が「ケア」という言葉に凝縮されている気がしてならない。

 先の戦争でも、他国への介入を「八紘一宇(はっこういちう)」と言い換えるなどさまざまな御都合主義的な変換がなされた。そういう現実逃避は、必ず手痛いしっぺ返しをくらう。

 「見ないで殺す」と耳障りのいい言葉を掲げて、虫ケアにいそしむうち、日本ですさまじい耐性と繁殖力をもつ「スーパーゴキブリ」が誕生する日も近いかもしれない。

スーパーゴキブリが誕生する日